→短編・ウッフッフ夫婦
「だからね! 夕方に近所の橋を渡る時に後ろを振り向いちゃダメなんだよ! お母さん、わかった!?」
娘は小学校から帰るなり、真新しいランドセルを下ろしもせず、私にまとわりついて早口に言った。彼女が語ったのはよくある学校怪談の類だ。
「了解、青い橋のところだね」
娘はホッとした様子で肩を落としたが、まだ疑心暗鬼らしい。
「お母さん、お仕事で使うでしょ? 帰るのが遅くなる時は本当に気をつけてね!」
真剣な顔で私を見上げている幼い顔。私はその頬をそっと撫でた。
「うん、青い橋では前しか見ない」
ようやく娘は安心したようで、よかったぁと私に抱きついた。
「で? 何が現れるって?」
プシュッと夫の開けるビール缶の音がキッキンに響く。子どもたちとの嵐のような時間が過ぎ去り、大人ののんびりタイムだ。
私は、夫がグラスにビールを注ぎ分ける様子を見守りながら答えた。
「ウッフッフ夫婦」
「そいつらが夕方の青い橋に現れる、と」
夫の物言いは、どこか呆れたような調子を含んでいる。私は夫から受け取ったビールを飲んだ。冷たく苦い喉越しが心地よい。
「橋の中央で振り向いたら、ね」
お互い、無言になった。
よく見ると夫の肩が震えている。そして私も……。もちろん、それは恐怖ではない。
「そ、その夫婦がウッフッフって笑いながら後を追ってくる……って、それ、何だよ……。しかも、オチ無いし……」
「私にもわかんないよ。でも、あの子、この世で一番恐ろしい話みたいに話すし、笑っちゃいけないって堪えるの必死すぎて、それ以上はもう………!」
娘の小さな世界の脅威をあからさまに笑うのは忍びないと、私たち夫婦はウッフッフと笑いを殺して肩を揺らした。
後日、小学校高学年の長男に話を補完してもらったのだが、ウッフッフ夫婦は笑いながら追いかけてくるが、それ以上の悪さはしないそうだ。ウッフッフ夫婦が学校怪談に分類されるかどうかは学年と話術技量による、と冷静に締めくくられた。
つまり、私の家族にウッフッフ夫婦を怪談話に昇格させる話術の持ち主はいないようだ。
テーマ; 夫婦
11/23/2024, 8:37:27 AM