一尾(いっぽ)in 仮住まい

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→短編・拳とキャッチボール

 僕はリビングのソファーから立ち上がった。
「オヤスミ」
「……」
 いつもなら明るく応えてくれる彼女は、背中を向けて黙ったままだ。
 寝る前のちょっとした言い合いが、ケンカになって尾を引いている。
 頑なに意見を押し付ける彼女と、正誤関係なく反論を繰り返す僕。アグレッシブな言い争いに疲れて、僕たちはなし崩しに言葉の拳を下ろした。
 寝室に入るとシングルのベッドが2つ並んでいる。ダブルベッドにするかを2人で悩んた末、お互いの寝相の悪さからシングルにした。こういう日にも役に立つとはね、と僕はベッドに潜り込んだ。隣の彼女はまだ来ない。
 初冬の寒さ。毛布にくるまって僕は何度も寝返りを打った。上掛け布団がズレてきた。少し寒い。掛け直さなきゃなぁ、でもメンドクサイなぁ……、今日、眠れるかな?

 朝、スマートフォンの目覚ましに起こされる。眠れるか心配していたが、ぐっすり眠っていたようだ。何なら、彼女と温泉に行く夢を見た。
「あっ……」
 上掛け布団がキチンと掛かっている。
 経験上、ソレが自分でないことを知っている。つまり、彼女だ。
 ベッドにその姿はない。部屋の何処にも気配を感じない。朝イチで出勤するって言ってたっけ。
 僕はスマートフォンで彼女にメッセージを送信した。
「布団、ありがとう。2人で温泉に行く夢を見たんだ。これ、正夢にしない?」
 即レス。
「あなたの奢りなら!」
 猫がハートを浮かべて手を合わせたイラスト付き。
「じゃあ、食べ歩きの分はよろしく!」と僕。
「ok」……
 拳ではないキャッチボールなやりとりは、もうしばらく続いた。

テーマ; 愛情

11/28/2024, 2:34:01 AM