一尾(いっぽ)in 仮住まい

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9/22/2024, 8:31:55 PM

→短編・やまびこ山の独り言

 今日も声が聞こえる。
「ヤッホー!」
 はいはい。
―ヤッホー、ヤッホー、ヤッホー……
 私のモノマネに皆さんは大満足。
「おーい!」
―おーい、おーい、おーい……
 あっ、もしかして皆さん? やまびこって声の反響だと思ってます?
 いやいやいやいや! アレ、私たち山のオウム返し技術の賜物なんですよ。
 だからね、稀に、ごくごく稀に、こんなイタズラもするんです。
「山登りサイコー!」
―また来てねー

「な、何か違う声が聞こえなかった??」
 やまびこポイントと言われる山間の山に登頂した女性は、友人と顔を見合わせた。
 二人はどちらともなくスマートフォンを取り出した。阿吽の呼吸で一人が動画撮影を始め、もう一人が山に向かって叫ぶ。
「ヤッホー!?」
―ヤッホー、ヤッホー、ヤッホー……
「山登りサイコー!」
―山登りサイコー、山登りサイコー、山登りサイコー……
 しかし何度も試しても、やまびこは彼女らの言葉を山々に反復させるだけだった。
 
テーマ; 声が聞こえる

9/22/2024, 7:14:00 AM

→短編・名前知らず

 秋の恋は苦手。その人が好きとか関係なく、冬を前にして人肌恋しいだけかも、と気持ちにブレーキをかけてしまうから。つまり秋の恋のイメージは……――「冬籠りする動物の本能と一緒」
 恋のイメージを訊かれて、思わず語ってしまった。変なヤツだと思われたかな? まぁいいや。どうせワンナイトだ。
「好き系の答え」
 呆れもせず、レンは頷いた。彼のレンという名は、多分本名ではない。如何にもマッチングアプリ用の偽名。
「ここは巣。明日の朝までプチ冬眠しようよ」
 そう言って、彼はベッドのシーツを大きくはためかせた。
 降り掛かったシーツが私たちを頭からすっぽりと覆い隠す。
「レンにとって、恋ってどんな感じ?」
 シーツに二人分の熱。シーツの下、彼は微笑んだ。
 あれ? 彼ってこんな顔してたかな? 妙に可愛く見えるし、彼の体温に安心感を覚える。あー、これ、ヤバいかも。 
 レンは私と額を合わせて囁いた。
「今みたいな感じ」
 ズルいな、私のイメージに乗っかったんでしょ、と私は口にしなかった。だって、私も彼の答えに乗っかろうとしてる。
 明日の朝、本名を訊いてみよう、かな?

テーマ; 秋恋

9/20/2024, 3:32:19 PM

→短編・大事にしたい

半地下の階段を登ったところで、何か書かれた紙を拾った。
「あなたの大事にしたいことは何?」
私の答えは決まっている。
それは、誰かの心。
あるときは、鋭い氷の杭となって突き刺す。
またあるときは、眩い太陽となって印を焼き付ける。
価値観を一変させるほどに強く、誰かの感情を揺さぶりたい。
足りない技術は熱量でカバーだ!
チケットノルマ、ギリギリだったけど今日も達成できた。
二人羽織のように背中にくっつく相棒のベースよ、明日も頑張ろうな。

雑踏に踏み出す。私はまだ無名。
でもね、いつか必ず! 
相棒と一緒に私の歌で、みんなの心をオオゴトにするのだ!

テーマ; 大事(オオゴト)にしたい

9/20/2024, 6:53:36 AM

→短編・時間漬け

 アレはいつの話だったか……?
 確か小学校低学年生くらいだったと思う。図工の授業中、誰かが水入れのバケツをこぼした。
「時間よ止まれって、ホントに止まったらどうなるのかな? 時間の影響下にある物質のすべてが停止するんだよね? 原子も、すべからく。空気中の酸素だって例外じゃない。すべてがフリーズ。
――時間を使ってホルマリン漬けみたいにできないかなぁ? 時間漬け!」 
 大騒ぎするクラスメイトをよそ目に、目を輝かせてそんな話を大人びた口調で語る同級生がいた。
「ムダ口は話はいいから、片付けるのを手伝って!」 
 余裕のない新任の担任教諭に怒られて、しょんぼり背中を丸めて雑巾を取りに行く彼の背中。
 
 彼の好奇心は、あれからどうなっただろうか? しょんぼり小さくなった背中のように萎びてしまったか、それとも逆境上等と背筋を伸ばして奮起しただろうか?
 毎年ノーベル賞発表時期になると、私は彼を思い出す。


―ニュース速報―
 ノーベル物理学賞は…………
 熱力学の第二法則を覆す、氏の研究結果は時間を液体化し……

テーマ; 時間よ止まれ

9/18/2024, 11:06:52 PM

→『彼らの時間』跋文

 ごきげんよう。
 どんなに手入れしても無くならないアホ毛のような誤字脱字たちが、いっそのこと愛おしい。一尾(いっぽ)でございます。
 えー、終わりましたね、『彼らの時間』。ストーリーをコンパクトにまとめようと試みた結果、文字数詰めすぎ、色々と問題据え置きなのは御愛嬌で。昴晴と父親との関係や、昴晴と尋斗のペアグッズ問題、尋斗のこれから、などなど。
 ある程度、キャラクターに勝手をさせていたら、まぁこんな感じ。尋斗は昴晴に頭をぶん殴られてネジ飛んだかな? いきなりのプロポーズは驚きました。そして、昴晴の耳を舐めただけの当て馬・司の小物感よ……。結局なんだったんだろうね、彼。
 最終話の杏奈ちゃんは無理矢理感がありましたが入れてしまいました。彼女がいると華やかで楽しいです。
 一つの話が終わると、キャラクターたちに「ありがとね」と声かけします。よく動いてくれました。
 そして、最大の感謝を伝えたいのはもちろん、ここまでお付き合いくださった方々です。本当にありがとうございます。皆様の忍耐強さ、天晴でございます。
 書きたい内容はまだあるので、再び彼らの時間が動き出すようなら、生温い目で見守っていただけると幸いでございますです。

・小話 〜広報部長・八田さん〜
 ベランダから望む夜景は、湾岸の高層階マンションのということもあり、とてもきらびやかだ。
 しかし八田聡史はその景色に目もくれず、スマホの画面を食い入るように見入っていた。
 写真ホルダーには彼の上司・綿貫昴晴のコスプレ写真が並んでいる。スーツは言うに及ばず、学ラン、ブレザー、パジャマ姿の頭にぬいぐるみヘアバンド、羽織袴まで……。写真の昴晴はどれも微妙な顔でこちらに笑いかけている。引きつった笑顔が何ともいい味だなぁ、と八田は顔をニヤつかせた。
 八田の横に女性が並んだ。彼のスマホを覗き込む。
「また見てるんですか?」
 呆れた声ながらも、彼女もまたスマホに釘付けだ。ツイっと指で写真をスクロールする。
「そんなこと言って山崎さんだって見てるじゃないですか」
「まぁ、そうなんですけど、見ずにはいられませんよ。あー、今日ほど自分が広告会社に勤めていて良かったと思ったことはありません」
 午後、八田はプレス用素材が必要と昴晴を説き伏せ、前職の伝手を辿って撮影会を強行した。その手筈を整えてくれたのが山崎である。
 仕事で使う写真もそこそこに、レンタルスタジオの使用時間ギリギリまで衣装を取っ替え引っ替え。慣れない撮影に応えようとする反面、「何か変だ」と警戒しながらも口に出せない昴晴の愛らしさは尊さを突き抜けて神棚行きである。
 感極まる八田の横で「逸材ですね」と山崎が口にしたことから、二人は一気に意気投合した。あれほど熱い握手を交わしたのは初めてだ、と後に八田は語ったとか語らなかったとか。
 とにかく、初めての推し友を得た八田は滅多と人を呼ばない部屋へ山崎を迎え入れた。もちろん綿貫昴晴を熱く語るためだ。
「それにしても期待ハズレです。壁一面写真とか、彼の使用品のコレクションとかあると思ってたのに」
「そりゃストーカーっすよ」
 そうですね、と山崎はコロコロ笑った。
「八田さんのイチオシってどの写真ですか?」
「コレ」と、八田は迷わず一枚をタップした。
「やっぱりこれですよねぇ」
 その写真の昴晴は私服で照れながらも自然に笑っている。
 撮影が終わって撮影スタッフに挨拶に回っていたときのことだ。誰かが昴晴に問いかけた。「ステキなペアリングですね。彼女さんの趣味ですか?」なかなか突っ込んだ質問に場が凍りついた。しかし当の昴晴は「彼氏です」と訂正し、「センスいいって言ってもらったって伝えておきますね、ありがとうございます」と穏やかに笑った。その際に八田が思わずシャッターを切った一枚である。
 少し前まで、昴晴は彼氏の話を全く口にしなかった。何かが変わったんだな、それも良い方に、と八田は胸を熱くした。
「飲み直しません?」
「いいですねぇ」
 間髪入れずの山崎の返事を最後に、2人の姿はベランダから消えた。

テーマ; 夜景

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