一尾(いっぽ)in 仮住まい

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8/12/2024, 3:43:21 PM

→センス・オブ・ワンダー
           (改稿 2024.8.13)

君のピアノ演奏は、私とは全然違う。
同じピアノを使っているとは思えない音色。
同じ楽譜を読んでいるとは思えない表現力。
私のはただのピアノ曲。
君の奏でる音楽は、変幻自在。

君の奏でる音楽に風景を観る。
例えば、光。それは木陰を作る。それは蝋燭の灯。
例えば、風。それは草を渡る。それは雲を引っ張る。

君の音楽に感情を揺さぶられる。
例えば、喜び。大切な人の笑顔。謳歌する人生。
例えば、切なさ。夕暮れの一瞬。愛する人の背中。

聴衆は君のピアノに自身を投影する。
例えば、思い出。放課後の教室。テーブルの花束。
例えば、希望。小さな命の誕生。夢を叶える力。

君と私、同じ教室で同じ日にレッスンを始めたことを、君は覚えているかな?
人にそれを話すとき、私は得意げに自慢話。
独りで思い出すとき、私は悔しさに歯噛みする。

それでもね、
私は君のピアノに心を鷲掴みにされてしまう。
もっと聴いていたい。
もっと心の琴線を乱してほしい。
狂おしいほど憧れる。

私は君の奏でる音楽の虜。

テーマ; 君の奏でる音楽

8/11/2024, 4:48:23 PM

→短編・
  僕と会う日、彼女は左薬指の指輪を外す。
             (改稿 2024.8.12)

崖の上から、僕は下を覗き込む。
崖下に当たった白い波が、泡を立てて砕けた。何度も打ち返す。この崖も少しずつ侵食されているのだろう。
波間に麦わら帽子を見つけた。海に飲まれることなく浮かんでいる。
為す術なく揺れる麦わら帽子を見ていると、思わず体が海に引っ張られそうになる。僕はよろけながら崖から少し下がった。

あの麦わら帽子、彼女のによく似ていたな。麦わら帽子にワンピースは彼女の夏の定番スタイル。
若い頃に買った物なの。ごめんなさいね、古臭いわね。
そんなことを言って、彼女は目を細めた。目尻のシワが深くなる。僕の好きな顔。
彼女の手が僕の頬を優しく撫でる。少し骨張った手のカサカサと乾燥した感触に、僕は彼女の人生を思う。彼女の生活が刻まれた手は、とても優雅な動きをする。僕の周りに彼女ほど美しい所作をする人はいない。
彼女との出会いは一つの奇跡だ。
僕は彼女との静謐な愛情は、何物にも代えがたい宝物だ。
それを守るためなら、僕はなんだってできるよ。

何でも美味しそうに食べるわね、と彼女は食事のたびに、僕がたくさん食べるのを喜んだ。
昔よりもすっかり食が細くなってしまったわ。何事においても、定量を超えると胸焼けしてしまうのよ。
自嘲的に鼻を鳴らした彼女の目に、僕の間抜けな顔が映っている。
そんな風に笑わないでよ、と僕は懇願した。
背徳の蜜は、私には甘すぎるのかもしれないわね、と彼女は遠くを見た。

繋いだ手のひら。
いつもはない違和感が何度も僕の手を刺激する。
どうしてそんなものを嵌めてるのと聞いても、彼女は答えなかった。
だから僕は……。

あぁ、考え込んでしまっていたな。夏の太陽に照らされた全身から汗が噴き出している。
服の背中が濡れるほどの汗。
おかしいな、頭がズキズキする。
熱中症かもしれない。
崖を離れようと彼女の手を引こうとして、僕は慌てる
さっきまでいたはずの彼女がいない。

波の砕ける音に混じって、サイレンの音が聞こえくる。
僕の肩が乱暴に掴まれた。

振り向くと僕の背後には、数名の警察官の真剣な面持ちが並んでいた。
「8月12日、14時02分、殺人の容疑で現行犯逮捕します」

……。
そうか……、そうだった。
僕は自分の両手に目をやった。
赤く染まった手と、同じ色をしたこぶし大の石。
僕の願いは彼女にあの指輪を外してほしい、ただそれだけだった。
ただそれだけだったのに、どうしてあんなに抵抗したの?
あの取り乱し方は君らしくなかったな。
僕たちの穏やかな愛にそぐわないなものは、何一つ要らないんだよ。
僕は前からそう伝えていたよね?

「ところで、お巡りさん。
彼女の麦わら帽子は、もう波間に消えてしまいましたか?」

テーマ; 麦わら帽子

8/10/2024, 6:36:00 PM

→短編・終点広場

ここは終点広場だ。
動けなくなった奴らの吹き溜まり。
あぁ、とうとうこんなところまで来てしまったのか。
さっきまで別のところにいたはずなんだがな。
広場は静まり返っている。敷石は割れ、中央の噴水は枯れている。花壇は手入れされず雑草すら生えない。さらに空には分厚い雲が低く垂れ込め、気分を鬱々させる。
ここでは誰もが口を閉じ、自分の殻に閉じこもる。
苔むした自意識が身体中にまとわりつく。
度を越して根腐れした承認欲求の腐臭。
方々で人を蹂躙する見猿、聞か猿、言わ猿轡。
つむじ風さながらの他人風に力なく漂泊する情緒。
俺も何処かに腰を下ろして、この広場の不特定多数となろう。
手短なベンチに座る。ベンチが低すぎて落ち着かない。
何も無い花壇で胡座をかく。湿気た土が気持ち悪い。
そこらに横たわる奴らに倣う。……誰かに踏まれたら最悪だ。
喉が渇く。コーヒーの苦味が欲しい。
尻の据わる場所を探し歩く俺の耳にくすくす笑い声が聞こえた。
「あなたはここに似合わないわね」
 笑い声の主は、羽のもげた白鳥の彫刻に寄りかかる女だ。彼女の下半身はセメント的不信感で固められ、その濁った瞳には鬱屈が滲んでいる。
「ここは終わりの場所。動けない人の住処よ」
「知ってるよ。ここにたどり着いたってことは、俺も終わりだってことだ」
「じゃあ、それは何?」と、彼女は右手で俺の前を指差した。その白い指先を目で追った俺の前に、さっきまでなかったガラスの自動ドアが現れていた。
「これは……」
俺は、このドアを知っている。
「不満を抱く元気があるなら、ここの住人になるのはまだ早いわ」
突如現れた自動ドアの向こうには、昼間の喧騒と往来を行き交う人々。明らかに異質だ。それでも広場の景色と対照的な明るさに目が吸い寄せられ、離せない。
「早く行きなさい。消えちゃうわよ」
彼女の言う通り自動ドアが消え始めていた。ガラス向こうの風景も薄くなる。
背中にゾクリとしたものが駆け上がった。
嫌だ! あの景色を失いたくない! その一心で俺はドアに飛び込んだ。
背後から彼女の声がかすかに追ってきた。その声の中に羨望を感じたのは、気のせいだろうか?
「終点はね、人によっては起点にもなり得るの」

「あ、すみません」
往来に飛び出した男は、ぶつかりそうになった人に小さな声で謝罪した。
彼はその場で頭をひねった。なぜだか少し意識が飛んでいたような気がする。
その背後でテナントビルの自動ドアがゆっくりと閉まった。フロア案内板には事務所や歯医者、心療内科の名前が書かれている。
男は顔を下げてトボトボと歩き出した。心療内科の帰りはいつもそうだ。人と関わるのが億劫になる。
毎回エレベーターホールから出るところで躊躇してしまう。往来の風景に孤独感と焦燥感が募る。日々の生活を営む余裕のないことへの自己嫌悪。クリニックで湧き立った万能感は消え、他人への恐怖に支配される。
今日は特に足が竦んだ。今日こそ終わりだと思った。誰にも会いたくないと叫びそうになった。それでも往来に出ることができたのは、少しは改善に向かっている、と信じてもいいのだろうか?
帰路、彼は酷く喉が渇いていることに気がついた。自動販売機でコーヒーを買おうとしたが、ふとその手を止めた。
隣は喫茶店だ。自動販売機と喫茶店に何度も目を往復させる。
逡巡の後、彼は一つの勇気を奮い立たせた。
恐る恐る彼は喫茶店のドアを開けた。

テーマ; 終点

8/9/2024, 4:42:06 PM

→呟き・上手くいかなくたってイイよね。

ごきげんよう。
アカウントの家出で右往左往しております一尾(いっぽ)と申します。
現状をつらつらと書き綴ったところ、多くの方々からのハートを頂戴しました。もう泣けてきましたよ、マジで。ありがとうございます。
実はちょっと落ち込んだりしてましたが、皆様の1ページと1ハートに励ましてもらいました。
うん、上手くいかなくたってイイよね。人生の醍醐味というスパイスですよね。
依然としてアカウント行方不明ですので、とりあえず名前に仮住まいと付けておくことにしました。
仮住まいが本住まいになるか、元の鞘に収まるかは決まり次第、名前に表記しようと考えております。
次回からは平常通りの下手の横好き短編や短文を書こうと思います。

重ね重ねになりますが、読んでくださった皆様方、素敵な作品を読ませてくださる皆様方、本当にありがとうございます。

(※追記)
前回の呟きに「カウンター凍結」と書きましたが現在も継続中です。
但し、カウンターをタップすると出るふきだしの「あなたの作品が〜」の上部に出る数字がカウントを反映しているようです。状況説明不足をお詫び申し上げます。

テーマ; 上手くいかなくたっていい

8/9/2024, 1:18:31 AM

→呟き・あれ、どうしたのかな?

はじめまして
と、
いつも読んでくださってありがとうございます。
一尾(いっぽ)と申します。

昨日の夜に、8月8日のテーマ『蝶よ花よ』
(タイトル; 名作探訪 第56回 〜寝具メーカー『蜃気楼閣(株)』の夢眠布団『蝶よ花よ』)
―をアップしたあとにアカウントが消えてしまいました。
私に黙ってどこに行ったのか……。
「蝶々よ、お花よ」と野原を駆け回っているのか、皆様からいただいたハートを浮き輪にデータの海へ海水浴に出かけたのか。
いずれにせよ、根無し草気質は私由来なので戻ってくる可能性は低いかな?
一番残念なのは、お気に入りが消えたことです。うぅっ、一方的な片思いだけで学校卒業したような切なさ。

運営さまに連絡はさせていただきましたが、とりあえず新しくアカウントを作ってみました。さすがに同じ内容(名作探訪)をアップするわけにもいかんので、タイトルのみを記載しました。これ位ならいいよね?

これからどうなるかわかりませんが、今後ともよろしくお願いします。

(追記)
 この文章をアップしてみたところ、作品数1、お気に入りなし、ハートのみ復活(しかし新たなハートはカウントされずハート凍結)、という状態になりました。おぉう、どうなるんだろうなぁ。

テーマ; 蝶よ花よ

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