→短編・終点広場
ここは終点広場だ。
動けなくなった奴らの吹き溜まり。
あぁ、とうとうこんなところまで来てしまったのか。
さっきまで別のところにいたはずなんだがな。
広場は静まり返っている。敷石は割れ、中央の噴水は枯れている。花壇は手入れされず雑草すら生えない。さらに空には分厚い雲が低く垂れ込め、気分を鬱々させる。
ここでは誰もが口を閉じ、自分の殻に閉じこもる。
苔むした自意識が身体中にまとわりつく。
度を越して根腐れした承認欲求の腐臭。
方々で人を蹂躙する見猿、聞か猿、言わ猿轡。
つむじ風さながらの他人風に力なく漂泊する情緒。
俺も何処かに腰を下ろして、この広場の不特定多数となろう。
手短なベンチに座る。ベンチが低すぎて落ち着かない。
何も無い花壇で胡座をかく。湿気た土が気持ち悪い。
そこらに横たわる奴らに倣う。……誰かに踏まれたら最悪だ。
喉が渇く。コーヒーの苦味が欲しい。
尻の据わる場所を探し歩く俺の耳にくすくす笑い声が聞こえた。
「あなたはここに似合わないわね」
笑い声の主は、羽のもげた白鳥の彫刻に寄りかかる女だ。彼女の下半身はセメント的不信感で固められ、その濁った瞳には鬱屈が滲んでいる。
「ここは終わりの場所。動けない人の住処よ」
「知ってるよ。ここにたどり着いたってことは、俺も終わりだってことだ」
「じゃあ、それは何?」と、彼女は右手で俺の前を指差した。その白い指先を目で追った俺の前に、さっきまでなかったガラスの自動ドアが現れていた。
「これは……」
俺は、このドアを知っている。
「不満を抱く元気があるなら、ここの住人になるのはまだ早いわ」
突如現れた自動ドアの向こうには、昼間の喧騒と往来を行き交う人々。明らかに異質だ。それでも広場の景色と対照的な明るさに目が吸い寄せられ、離せない。
「早く行きなさい。消えちゃうわよ」
彼女の言う通り自動ドアが消え始めていた。ガラス向こうの風景も薄くなる。
背中にゾクリとしたものが駆け上がった。
嫌だ! あの景色を失いたくない! その一心で俺はドアに飛び込んだ。
背後から彼女の声がかすかに追ってきた。その声の中に羨望を感じたのは、気のせいだろうか?
「終点はね、人によっては起点にもなり得るの」
「あ、すみません」
往来に飛び出した男は、ぶつかりそうになった人に小さな声で謝罪した。
彼はその場で頭をひねった。なぜだか少し意識が飛んでいたような気がする。
その背後でテナントビルの自動ドアがゆっくりと閉まった。フロア案内板には事務所や歯医者、心療内科の名前が書かれている。
男は顔を下げてトボトボと歩き出した。心療内科の帰りはいつもそうだ。人と関わるのが億劫になる。
毎回エレベーターホールから出るところで躊躇してしまう。往来の風景に孤独感と焦燥感が募る。日々の生活を営む余裕のないことへの自己嫌悪。クリニックで湧き立った万能感は消え、他人への恐怖に支配される。
今日は特に足が竦んだ。今日こそ終わりだと思った。誰にも会いたくないと叫びそうになった。それでも往来に出ることができたのは、少しは改善に向かっている、と信じてもいいのだろうか?
帰路、彼は酷く喉が渇いていることに気がついた。自動販売機でコーヒーを買おうとしたが、ふとその手を止めた。
隣は喫茶店だ。自動販売機と喫茶店に何度も目を往復させる。
逡巡の後、彼は一つの勇気を奮い立たせた。
恐る恐る彼は喫茶店のドアを開けた。
テーマ; 終点
8/10/2024, 6:36:00 PM