: 揺れる木陰
とある真夏の日曜日、照りつける太陽は
朝から上機嫌に笑っている
娘夫婦が久しぶりに遊びに来るらしい
妻は嬉しそうに台所に立っていた
私にできることはと考えていたら
うん、アレだなと思い、家を出た
じりじりと弱音を吐く麦わら帽子が
少し不憫に思えてきた
首筋を流れ落ちる汗が、頼むから
なんとかしてと叫んでいる
お気に入りの大きな桜の木を覆い隠すような
まだ柔らかい青葉が太陽と奮闘している
私も辛抱しきれず枝の下に隠れ込む
すまないが、少しお邪魔するよ
挨拶がてら、上を仰ぎ見る
微かな風に揺れる木陰が
私に安らぎを与えてくれる
麦わら帽子も助かったとばかり
シャキッと張りを取り戻す
申し訳なさそうに蝉が鳴き出した
きっと、涼を喜んでいるのだろう
さて、そろそろ行くか
家族の好物の丸いスイカを持ち上げ
桜の木にありがとうを告げる
なんてことはないさと
木陰が静かに揺れた
ぶつくさ言う麦わら帽子を連れて
私を優しく見送る桜の木を後にした
桜月夜
: 夏
「いやぁ~今日も暑いねぇ~」
そう言いながら、ニカッと笑う太陽の下で
入道雲が、暑さにくじけそうになりながらも
笑顔を返す
「本当に、今日も暑いですね…」
地上では、必死に体を起こす木に
これまた必死にしがみつく蝉の鳴き声が
なんだか痛々しく響いている
道行く人の足元からも熱が立ちのぼり
幻覚を見るように道路が歪む
「入道雲さん、太陽さんに言ってよ
あんまりニカニカ笑わないようにって
笑えば笑うほど、暑くなるからって」
半分溶けかけた友たちの
振り絞る期待の目が
入道雲に向けられる
「わ、わかったよ、言ってみるよ…」
もう少し太陽に近付こうと、もくもくすると
「いやぁ~入道雲さん
今日も元気に、もくってるねぇ~
ぼくももっと見習わなくっちゃ!」
そう言うと、これでもかと笑顔を向ける
限界に達した入道雲が、静かに縮む
「やっぱり、無理だったようだね…」
この夏は…まだまだ…つづく…
桜月夜
: 風鈴の音
コバルト色の夏空に
もっちり白い入道雲
元気な緑が集うなか
揺蕩う優しい木漏れ日が
翳(かざ)した手から零れだす
粋に着こなした浴衣の首筋に
色香を忍ばせた後れ毛が
ふわりと風を纏(まと)わせる
涼しげな器に盛られた
色取り取りのかき氷
チリンと笑う風鈴の音に
カランと響く下駄の音が
暑さをコロンと和らげる
残しておいた線香花火
黄赤の光を舞い散らせ
寄り添うように丸くなり
儚く溶ける火の玉は
笑顔とともにいなくなる
桜月夜