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7/17/2025, 5:18:22 PM

   : 揺れる木陰


 とある真夏の日曜日、照りつける太陽は
 朝から上機嫌に笑っている

 娘夫婦が久しぶりに遊びに来るらしい
 妻は嬉しそうに台所に立っていた

 私にできることはと考えていたら
 うん、アレだなと思い、家を出た

 じりじりと弱音を吐く麦わら帽子が
 少し不憫に思えてきた
 首筋を流れ落ちる汗が、頼むから
 なんとかしてと叫んでいる

 お気に入りの大きな桜の木を覆い隠すような
 まだ柔らかい青葉が太陽と奮闘している

 私も辛抱しきれず枝の下に隠れ込む
 すまないが、少しお邪魔するよ
 挨拶がてら、上を仰ぎ見る

 微かな風に揺れる木陰が
 私に安らぎを与えてくれる

 麦わら帽子も助かったとばかり
 シャキッと張りを取り戻す

 申し訳なさそうに蝉が鳴き出した
 きっと、涼を喜んでいるのだろう

 さて、そろそろ行くか

 家族の好物の丸いスイカを持ち上げ
 桜の木にありがとうを告げる

 なんてことはないさと
 木陰が静かに揺れた

 ぶつくさ言う麦わら帽子を連れて
 私を優しく見送る桜の木を後にした


                  桜月夜

7/14/2025, 4:28:50 PM

   : 夏


 「いやぁ~今日も暑いねぇ~」

 そう言いながら、ニカッと笑う太陽の下で
 入道雲が、暑さにくじけそうになりながらも
 笑顔を返す

 「本当に、今日も暑いですね…」

 地上では、必死に体を起こす木に
 これまた必死にしがみつく蝉の鳴き声が
 なんだか痛々しく響いている

 道行く人の足元からも熱が立ちのぼり
 幻覚を見るように道路が歪む

 「入道雲さん、太陽さんに言ってよ
  あんまりニカニカ笑わないようにって
  笑えば笑うほど、暑くなるからって」

 半分溶けかけた友たちの
 振り絞る期待の目が
 入道雲に向けられる

 「わ、わかったよ、言ってみるよ…」

 もう少し太陽に近付こうと、もくもくすると

 「いやぁ~入道雲さん
  今日も元気に、もくってるねぇ~
  ぼくももっと見習わなくっちゃ!」

 そう言うと、これでもかと笑顔を向ける

 限界に達した入道雲が、静かに縮む

 「やっぱり、無理だったようだね…」

 この夏は…まだまだ…つづく…


                   桜月夜

7/12/2025, 5:54:46 PM

   : 風鈴の音


 コバルト色の夏空に
 もっちり白い入道雲

 元気な緑が集うなか
 揺蕩う優しい木漏れ日が
 翳(かざ)した手から零れだす

 粋に着こなした浴衣の首筋に
 色香を忍ばせた後れ毛が
 ふわりと風を纏(まと)わせる

 涼しげな器に盛られた
 色取り取りのかき氷

 チリンと笑う風鈴の音に
 カランと響く下駄の音が
 暑さをコロンと和らげる

 残しておいた線香花火
 黄赤の光を舞い散らせ
 寄り添うように丸くなり
 儚く溶ける火の玉は
 笑顔とともにいなくなる


                  桜月夜