cloudy
「これは、勿忘草…?どうしてこんな時期に…」
曇り空の日に起きたその失踪事件は、違和感があった。
今は10月、春じゃないのにその部屋の床は勿忘草の花で満たされていたのだ。鑑識係も大変だろうに。
「花屋でこんなに扱っているわけないのに、ここまで用意できるのかね?」
机には、1枚の紙が残されていた。
___ Meril・Myosotis
「先輩、これなんですかね?何かの呪い?人名?」
軽そうに言うが、声に恐怖が隠せていない。
かくいう私もだが。
鍵のかかった部屋、閉まっている窓、床一面の勿忘草、残された財布にスマートフォン…
「彼女は…どこへ?」
大家の男性も呟く。
「昨日の朝挨拶した時には、彼女特に変わった様子はなかったんですけれどね…」
血の痕跡も見当たらない、指紋もない。
この事件、何かがおかしい。
不可解さに頭を抱える私の後ろで、えぇっ!と叫ぶ後輩。
「先輩…!紙に新しい文字が…」
「はあ?文字だと⁉︎」
大家と後輩と3人で紙を覗くと、羽ペンで描かれたような文字が浮かび上がっていた。
___ 愛と狂気は、表裏一体である
やはりこの事件、普通ではない。
普通の事件などないが。
仲間になれなくて
私_孤独の魔女ソリトゥーディニスが、仲間外れに苦しみ孤独を感じる老若男女(こどもたち)たちを終わらない楽園へと導いて救いを与える活動をして数百年が経った。
昔も孤独を抱えた人はいた。
でも、21世紀になってから異様に増えた。
「1世紀の間に何が起きてるの…?」
それでも私のやることは変わらない。今日も導かねばならない。人間の老若男女(こどもたち)を救うために。
自分自身の2度と埋まることのない寂しさと,誰の仲間にもなれない孤独には気づかないふりをして。
8月31日、午後5時
まだまだ暑くても、夏休みは終わる
まだまだ暑くても、秋の音は迫る
「明日から学校かー、やだな」
気だるげな独り言は、鈴虫の鳴き声と共に響いた
心の中の風景は
勿忘草や青い薔薇が一面に咲き誇る高台に満天の星と月。あの世界の月は、人間界よりずっと大きかったと思う。
「ここの高台の花畑は、俺のお気に入りの場所なんだ。君にも絶対見せたくて」
言葉は覚えているはずなのに、優しく語る声も眼差しも手の温もりも1秒ごとに幻になっていくのだ。
私は、彼がいないだけの元の日常に帰ってしまった。
だけど心の中の風景と、あの言葉は、彼といた証拠で。いつだって私の胸を焦がし忘れさせてくれないのだ。
夏草
夏が来ると必ず思い出す
青々と輝く草原を走り回りながら遊ぶあの子を
私の名を呼びこっちを見て笑う姿を
目を閉じるといつだって思い出す
何十年、何百年経ってもこの心に
あの子の成長を見守り支えた日々が積もっていく
でも、人間と私の一族は寿命が違ったから
別れは避けられなかった
私_ソリトゥーディニスが孤独の魔女と呼ばれるようになるずっと昔の話である。