君と僕
独立して開業したばかりの僕の店にふらりと現れたのは、国民的人気を誇るアイドルグループのメンバーだった。
「お兄さんの作る唐揚げカレー気に入りました!また来てもいいですか?」
これは、国民的アイドルグループのエースの君と小さなレストランの料理人の僕のちょっと奇妙な友情の始まりだった。
涙
最近、街では記憶に問題が発生している人が増えた。
噂によると、出かけてくると言ってしばらく経ってから
周りと話が噛み合わないことに気づく人が増えたそうだ。
話が噛み合わない、記憶が飛んでるだけならまだマシな方だ。酷い人の場合自分がどこの誰なのかわからずな人もいた。
「おじさんだあれ?」
そう聞かれた捜査員もいた。子どもではなくそれなりの大人の年代の人だった。
話によると話を詳しく聞こうとしても、わからないわからないと涙を流すだけであったのだ。
一体この街で何が起こっているのか…。
小さな幸せ
小さな幸せとは、家で好物のスイーツを作ることだ。
例えばブラウニーはどうだろう?
小さく切り分けたかわいい形とチョコレートの美味しさをこれでもかと詰め込んだデザートである。
細かく刻んだチョコレートにこれまた小さく切ったバターをボウルに入れて湯せんにかけてじっくり溶かす。
溶かしている間に小麦粉とココアパウダーを計量したり卵と砂糖を泡立てたりする。
この工程を書いているだけでチョコレートの香りが漂ってくる気がする。
生地を混ぜ合わせ、オーブンに入れる。
焼き時間も、チョコレートの甘い香りが部屋いっぱいに広がりまるで楽園にいる気分を味わえる。
焼き上がって粗熱が冷めたのちに、好きなサイズに切り分ける。口にすると、外はサクサク中はしっとりとさした食感とチョコレートの濃厚な美味しさが身に染みていく。あぁ、幸せだ。
記憶
私は、間違っていたのだろうか。
魔法学生時代に家族との過去で苦しむ同級生と話したことが最初だった。
彼の苦しみをなくしたい、どうすればいいのだろうと。
だから、記憶を回収し削除する魔法の研究を始めたのだ。人々から辛くて悲しい記憶がなくなれば、心穏やかに生きていけると思っていたのだ。
だが、現実は甘くなかった。
最初こそ、感謝されていたものの、記憶がなくなったことで今度は周囲との話が噛み合わなくなり、人間関係の軋轢が生じた者がいたのだ。
「なんでうちの子の記憶を消したの⁉︎」
記憶を消した人間の家族に詰められたこともあった。
すれ違いによって関係が拗れていたところだったのだ。
こんなことは望んでいなかった。
そんなある日、魔法警察に私は捕らえられた。
一緒に暮らしていた女性は戸惑っていた。
彼女は私が助けた最後の人間だった。
「悪いのは全部私だ。その人間は悪くない。私の実験台になってもらうために連れてきたのさ。」
彼女を庇い、全ての業を背負うことにした。
「君だけは逃げるんだ…!」
逃した女性には、転移魔法と共に私と過ごした日々を忘れる呪いをかけた。こんなやつのことなど忘れて幸せになってほしいと。
囚われた牢の最奥で、かつての日々を思い出す。
私が人間たちを救おうとした手段は、エゴでしかなかったのだろうか。もう答えはわからない。
手を繋いで
また同じ夢から醒めた。
見知らぬ青年に手を繋ぎ、歩く夢を見た。
君は逃げろと言われた時とは違う、温かくて優しくて
でも、もうきっと二度と戻れない悲しい夢。
「大丈夫?あなた誰って叫んでいたよ」
同じ部屋で寝る仲間に話しかけられた。
「また夢を見たの。見知らぬ青年と手を繋いで春の道を歩いていて。温かいのに、とても悲しくなる夢を見た。」
息を整えて夢を見た話をした。
「前に話した人?」
たぶんと小さく呟いた。
そんな私の手を、彼女はそっと繋いでくれた。夢で見た手とは違う、白くて柔らかな手。
「何回も同じ夢を見ると不安になるよね。まだ起きる時間じゃないから私と手を繋いで寝よう?」
目の前にいる彼女は、もう家族に近い。おかあさんやおねえさんがいたらこんな感じなのかなってなんだか温かい気持ちになった。
「ありがとう」
彼女と手を繋ぎ、布団にもう一度潜る。
「おやすみなさい。よい夢を」
互いに幸せな夢を見られるよう祈りながら、再び眠りの中に旅立っていった。