月夜
「こんばんは、吸血鬼さん」
夜になると、私の部屋の前に彼は現れた。
私の声にふわりと微笑み、優雅なお辞儀で返した。
現代社会では見慣れない貴族のような衣服
風になびく真っ黒なマント
ふわふわとした白髪に美しい目鼻立ち。
側から見れば人間と変わらない。
だが明確に違うのは牙があることだ。
闇に紛れて生きる吸血鬼。そんな彼は私の恋人である。
初めて会ったのは1年前の満月が美しい夜だった。
最初に血を吸われた時は驚いたけれど、数を重ねていくと献血に似たものだと思えば怖くなかった。
吸血後にふらついた時に抱き止めてくれたこともあった。大丈夫かと聞くように私を見た瞳は優しさに溢れていた。今思えば、その時から彼に恋に堕ちて囚われていたのだろう。
そんな事を考えていると、今の自分だけを見ろと言うように指を絡められた。
繋いだ手に温もりはないはずなのに、温かく感じるのはそれほど彼に愛しさを感じてしまったからなのだろう。
好きと伝えるように見つめると、どちらからともなく口付けを交わした。
彼といられる夜がいつまでも続けばいいのに。
赤い月だけが、私たちを見つめていた。
たまには
夜になり、家族におやすみと告げて自室に向かった。
部屋の窓を開けて月を眺めながらお気に入りの小説を読む。
静かな夜を味わうのもたまにはいいものだ。
ひなまつり
ひなまつりと言えば、雛人形が最初に思い浮かぶ。
以前百貨店の雛人形売り場に行ったら、パステルカラーのお着物を着た雛人形やちりめんでできた可愛いサイズの雛人形、お内裏様とお雛様が立っているものを見かけた。
今は色々な雛人形があってどれも美しいなと思いながら見たのを思い出した。
お雛様たちは、いつまでも成長を見守ってくれていると思うと温かい気持ちになる。
お雛様たちに想いを馳せ蛤のお吸い物とちらし寿司を楽しみながら、ひなまつりの夜は過ぎていった。
たった1つの希望
朝起きて職場に行き、仕事をした後は家に帰る。
昨日と同じ時間が流れる今日。
色々夢見ていた子ども時代は過ぎて、いつの間にか
現実と自分の将来に向き合うようになってしまった自分に気づいた。
それでも、時々思うのだ。
いつか素晴らしい誰かとまた逢える、そんな予感がするのだ。
誰なのかはわからない。
遠い昔や閉ざされた記憶の中で約束したのかもしれない
その誰かと再会できるのを楽しみに生きる
私のたった1つの希望なのだ。
欲望
「じゃあまた来るね、神様」
そう告げて、彼女は自分の街へ帰っていった
彼女のいない屋敷は、嘘のように静かになった
「帰ってしまったな…」
夜になって1人になるとたまに不安になる。
もし彼女が人間の男性や違う妖と一緒になってしまったら?もし彼女がもうここに来なくなってしまったら?
嫌だ、誰にも渡したくない
でも私と彼女では種族が違うから添い遂げることは許されない
それでも彼女と一緒にいたい
これは、私の勝手でしかないのに
理性と欲望の狭間で私は揺れ動いていた。