朱堂悠

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9/23/2024, 4:18:56 PM

私は子供の頃、ジャングルジムが大好きだった。
一方、他の遊具はあんまり好きではなかった。
鉄棒も雲梯も登り棒も、好奇心を掻き立てることはなかった。
腕や足を思いっきり使う遊具の中で、
何故かジャングルジムだけ楽しかったのである。

それは、遊び方の多彩さが大きかった気がする。
外側から山登りのように遊ぶも良し、
内側から洞窟探検のようにくぐり抜けるも良し。
一番下の層に入口みたいな穴があって、
中が迷路になっていたり。
鬼ごっこや隠れんぼでは、
ジャングルジムの中で待機することで
時間稼ぎの罠に見立てたり。
他の遊具ではこんなにバリエーションは無い。

近年は、老朽化や事故の危険性から
その姿をめっきり減らしたと思う。
だが、ジャングルジムからもらったあのワクワクは
いくつになっても消えることは無い。

9/22/2024, 3:05:33 PM

声が聞こえる。
私の頭の中で、しっかりと。

けれどそれは、耳を通して響くものではなく。
「疲れた」「寝たい」「優しくされたい」
「…あの時にああすればよかった」
「何故もっと頑張れなかったのか」
「そうすれば」「きっと」
「私はまだ夢を追いかけ続けることができた」

夢路を諦めて早7年。もう7年も経つのに。
気づけば聞こえてくる自分の本当の心の声。

そもそもこんな心の声が聞こえてくるのは、
その夢路の代わりとなる人生の拠所を見つけることが
できていないからに他ならない。
若き自分が、「当たり前の幸せ」と呼ばれるものを、
それが得られる資格を全て捨てる覚悟をした上で
望んだ未来だった。
そう簡単に代わりが見つかるはずもない。

いつかこの挫折も笑い話にできる日が来るのだろうか。
そう思いながら、頭の中に響く声を抑えつけて
今日も私は生きていく。

9/21/2024, 4:02:52 PM

秋恋、秋に恋する。

私は恋愛にとても疎いので、
相変わらず斜に構えた、求められている内容とは
かなり離れたことを書くだろう。ご了承願いたい。
それでも許されるここの存在はありがたい。

さて、秋のメリットは多種に及ぶ。
やっと灼熱から解放された気候面。
紅葉やコスモス、彼岸花などが見頃となる行楽面。
そして、「食欲の秋」である。

今年はサンマが豊漁と聞く。
ここ数年、「もう漁獲量が戻らないのでは」と
絶望が囁かれるほどだったことを考えれば
とても嬉しいニュースと言えるだろう。
正直なところ、スーパーで従来の2、3倍もの
値段が付いている状況を見るのは辛かった。
言うほど好きな魚ではないのだが、
今年は素直に焼いて楽しみたい気分である。

そう考えている自分を見つけると、
私も無意識に「秋恋」しているのかもしれない。

9/19/2024, 4:18:30 PM

近年の春秋に必ず思うこと、
それが「時間よ止まれ」である。
理由は既にお察しであろう。夏が暑すぎる。
活動のコスパが悪化の一途である。

私が子供の頃も暑くなかった訳ではない。
最高気温が35℃ある日はそこそこあった。
しかし近年の実家周辺は40℃弱が普通だ。
毎日、だいぶ年老いた両親の疲弊の声が聞こえる。

一応、今週末には最高気温も30℃を切り、
比較的楽に過ごせる秋が来る予定である。
熱中症にならないように気を配ったり、
寒さで体調を崩さないよう服を着込んだりすることはない。
身軽で、体力の浪費も少ないから、
毎年どこかへ出掛けたくなる。

故に思う。気候だけでも「時間よ止まれ」。

9/18/2024, 4:12:22 PM

素晴らしい夜景が語られる時、その対象は
市街地から発せられる光で成立したものが多いような気がする。
「100万ドルの夜景」なんて言葉があるように、
無数の建物や街灯の光で銀河のように輝く
市街地の夜景は称賛に値する美しさだ。

だが、光で構成された夜景とは真逆のものも当然存在する。
家もまばらで街灯は全く無く、山と田畑が広がり、
一寸先も見えないほどの「闇」で構成された辺境地。
これもまた夜の風景には違いない。
身の安全の確保で神経を尖らせ続けるスリルの連続だが。

そしてどうにかして安心できる場所にたどり着いたら、空を見上げてみる。
市街地では街の光で隠されてしまっている
星々や星座が肉眼ではっきりと確認できる。

市街地では地に銀河が存在し、
辺境地では空に銀河が広がっている。

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