貝をください。
集めてます。
酒をください。
家をください。
愛をください。
ありがとうございます。
まだ、お願いしてもいいですか。
目をください。
耳をください。
舌をください。
手をください。
足をください。
脳をください。
全部無いんです。
無いものは皆から貰うことになっています。
よろしくおねがいしますね。
このお茶は嫌いだ。甘ったるい匂いがするから。
この菓子も嫌いだ。中のドライフルーツが甘すぎるから。
趣味の合わないインテリアも、手元ばかり明るい照明も、何もかも嫌いだ。趣味が合わない。
それなのにここから動けない。
目の前でニコニコと笑うこの人の笑顔を見ているとそれだけで幸せで。悲しみに歪むところなど見たくないから何も言えずにいる。
それに、笑顔に見守られながら飲むお茶の温度は心地よくて、甘い香りが思考を溶かしてくる。蕩けたフルーツの風味が舌に絡みついて喉に落ちていく感覚が気持ちいい。
何もかも好きじゃないはずなのに、きっとこの味も景色も幸せに紐付いて消えないだろう。
好きじゃなかったけど、明日には好きになってしまっているだろう。
この人の笑顔に連なるものは、私の中で全部好きなものになってしまう。
雨に濡れた姿が好きでした。
濡れたあなたの姿に心を奪われたから、もう一度見れば、心と共に取り戻してしまった正気もまた失えると思いました。
《山沿いの地域は、ところにより雨が降るでしょう》
用意周到なあなたでしたが、ここは山沿いではないので油断しましたね。傘を持っていなかった私とあなたは突然降り始めた生温かい雨に濡れることになった。
淡いグレーの陰に包まれた街を、真っ直ぐ落ちてくる雨粒を蹴りながら走っていた時。期待で私の胸は高鳴っていました。前を行くシャツの張り付いた背中の向こう側には、あの日見た美しいあなたが変わらずあると思っていました。
置いていかれても、またあの姿を見ればもう一度好きになれると思っていました。
嘘。本当はなんとなくわかっていたんです。
やはりダメですね。
思い出が美化され過ぎてしまっていたのかも。
飛び込んだ地下鉄に降りる階段のところで、「ちっ」て聞こえたでしょう?
私を待つあなたを見た時に、思わず舌打ちしちゃったんですよ。
あはは。
思ってたより、全然ダメで。
私が変わっちゃったのかなあ。
ごめんなさい。
失敗だらけだ。みっともない。
的から外れたボールの後が壁を汚している。コンクリートに落ちた汗の染みが夥しい。照りつける太陽が、体から水分を搾り取っていく。
ふらふらと日陰に置いた飲み物に寄っていって、拾い上げようとしたところでペットボトルを蹴って倒してしまった。緩くなっていた蓋が外れて、中身が地面に溢れ広がった。
「ああ〜……」
声だけ出ても体は動かず。追いかける気力がない。
まぬけな声をあげながらダークグレーの水たまりを眺めていると、背後から声がかかった。
「大丈夫か」
振り返れば彼がいる。逆光になって顔は見えなかったが優しい口元をしていた。手には私が投げたボールを拾い集めたカゴが握られていた。
彼がそうして集めたということは、まだ今日の練習は終わらないのだろう。
眩しい太陽から目を背ける。
もうやめよう。向いてない。ふらふらだし。
そう言いたくても、彼が脇に挟んだボトルを差し出して、「もう一セット頑張ろう」と言えば私は受け取ってしまう。言われた通りもう一セット頑張ってしまう。
バカみたいだと思う。
でも、こんなにふらふらでも、的に当たらなくても、それでも私はやれると彼は笑顔で言いきってくれた。
そうやってバカみたいに信じきってくれるから、私もバカみたいな努力をし続けていた。