《誰よりも、ずっと》
天は二物を与えずというけれど、僕はそれに懐疑的だった。
——僕には数多の才能があるからだ。
『本当に、凄いよ』
勉強はどの教科も誰よりもできる。
『将来が楽しみだな』
運動だって大の得意だ。
『足が速いんだなぁ』
手先は器用だし、細かい作業も好きだ。
『よくそんなに上手くできるな』
料理に洗濯、掃除など家事もこなせる。
『助かるよ』
誰かの為に動けることは嬉しい。
『ありがとうな』
初対面の人とでも楽しく話せる。
『困ったことは無いか、そうか』
学校では誰でも声を掛けてくれる。
『みんなと楽しめてるのか』
部活もバイトも勉強もできる。
『無理してないか』
いわゆる文武両道で、完全無欠の天才だ。
『お前は本当に、』
誰よりも、ずっと、僕は優秀だ。
『可哀想な子だ』
だから、父さんは僕が引っ張ってあげられる。
『こんな家に生まれなかったら、無理なんて……』
気にしないでいいと、そう言える。
『絶対にさせなかったのに』
だから、父さんは心配なんか要らないよ。
『ごめんな』
僕という天才に任せて、ね?
『病気なんてものに、父さんは負けたんだ』
それに僕は、誰よりも、ずっと、幸せなんだから。
『お前の幸せを、誰よりも、ずっと願っているよ』
《これからも、ずっと》
「物語を紡げる人で在りたい。
誰かに“自分自身”を伝えられる人で在りたい。
言葉と誰かを繋ぐ縁のような人で在りたい。
思いを言葉で言い表せるような、人で在りたい。」
それが『読者』にとっての僕で在りたい。
《星空の下で》
人工的な光の下では、その輝きは見えにくくなる。
だから、久しぶりにここに立つと。
「——っはぁ……ッ」
魅せられる。
息の詰まるほどに敷き詰められた星々は、決して美しいとは呼べないかも知れない。
小さく、呼吸のように点滅を繰り返す星々は、意思のある大きな流れを持って成されているかのようだ。
僅かに差のある、色とりどりの輝きが空を満たす。
星の光は何光年も前の輝きというが、どうしようもなく不安定なものではないだろうか。
時折輝き、それを失うもの。
されどまた、充ちて輝くもの。
その刹那の光に魅せられる。
この筆舌に尽くし難い光景は、まだ見慣れない。
「……あぁ、」
また、一つ、星が消えたように見える。
また、一つ、星が増えたように見える。
夜空を、星空に染め上げる輝き。
「……人の命というのは、短いモノだな」
そう言って、星空の下で臨界したナニカは去った。
それは少女のようで、老爺のようで、青年のようで、老婆のようで、少年であった。
いつぞやの、誰かであった。
《エイプリルフール》
あの人が会いに来てくれた。
忙しいと言っていたのに。
ずっと、ずっと待っていた人が。
来たくないと、来たくても来れないと言っていた人が来てくれた。
だから、今日に感謝を。
名を偽って、現れた、あの人に。
あの人との繋がりを保ち続けてくれた、彼に。
《安らかな瞳》
辺りに炎が揺らめく中、独り剣を抜く。
その剣に迷いはないが、終わりは見えていた。
殿を務めることに後悔はいないけれど。
「はぁあああああああああッ!!」
国に尽くし死ぬことは最高の、騎士の役目を果たした証だと思うけれど。
——人生の後悔なんて、幾らでも浮かぶ。
ああ、もっと上手くやればよかった。
最初からやらなければ良かった。
先にこうしていれば良かったのに。
もっと、もっと強ければ。
どうして諦めてしまったんだろう。
やりたかったのに。
素直に言えていれば変わった筈なのに。
もっと頑張りたかった。
どうして上手くいかないんだろう。
上手くいかないまま、満足なんてしないまま終わってしまうのか。
嫌だ、なんて言葉ではもう何も変わらない。
だけど。
「それがどうしたっ……!! こんなものか!」
返り血ごと切り捨て、手を止めない。
今此処には敵が何万といるだけで、それが救いとなることも味方となることもないのだから。
大好きな両親はきっとこれからも、幸せに過ごしてくれる筈だ。
近所に住んでいた猫も、きっと飼い主は見つかる。
仲のいい友達は、褒めてくれるだろうか。或いは怒るだろうか。
陛下はきっと、多分、褒めて下さる。
だから、後はどれだけ剣を振りたいかだ。
「まだ、足りないんだよッ!」
剣の道に終わりはあるか。
答えは、ない、だ。
ここで潰えるのならば。
矢だろうが。剣だろうが。槍だろうが。斧だろうが。
それら総てが煩わしいだけの、塵以下でしかなくなる。
盾だろうが。鎧だろうが。
そんな芥、意に介する必要もない。ただ、少し引っ掛かるだけだ。
そんなものに、絶たれる道ではない。
「……まだ…………終わりたくは、ない……ッ」
そう言いたかった。
けれど、血が流れて、肌が焦がされて、刺さって、斬られて、穿たれて、燃えて。
それでも立っているのがやっとで。
「……あぁ、そうか。もう、成すべき、役目は果たしたん……だな……」
炎の中、まだ向かってくる敵の影を認めて何とか剣を構える。
幾つもの仲間の亡骸を越えて現れたそれは、敵国で英雄と呼ばれている者だった。
指揮を執っていると聞いたそれを、この場まで引き摺り出せた。
それこそが目的であり、完遂の証。
「強者との立ち合いは……これで、最期ッ……!」
剣を交えて、刹那、地面が近くなった。
衝撃に耐え切れず相手の剣に斃れる前に、自分から倒れたのだ。
そんな、勿体ないことをしたくはない。
それでも、今の剣が最期だったのだろう、体は少しも動かない。
「…………言い遺すことはあるか」
英雄の慈悲か、矜恃か。
抵抗のできない敵を一方的に殺したくないのだろう。
「……お前にとって俺は、そんなにも弱者か」
生憎と甘えるつもりはない。
「……悪かった、言葉を間違えたな。……名を教えてはくれないか」
剣が振り下ろされる様を妙に長く感じながら、声を絞り出す。
「——アイシャ」
きっと、騎士らしくもない、誰かに覚えていて欲しいと願う男の声だったのだろうが。
それでも、英雄と呼ばれている者は。
「いい、名前だ」
そんな一言に声を残してくれた。
それが餞で、最期に聞いた音だった。
アイシャ——意味『生きている』。