望月

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4/9/2024, 1:38:58 PM

《誰よりも、ずっと》

 天は二物を与えずというけれど、僕はそれに懐疑的だった。
 ——僕には数多の才能があるからだ。
『本当に、凄いよ』
 勉強はどの教科も誰よりもできる。
『将来が楽しみだな』
 運動だって大の得意だ。
『足が速いんだなぁ』
 手先は器用だし、細かい作業も好きだ。
『よくそんなに上手くできるな』
 料理に洗濯、掃除など家事もこなせる。
『助かるよ』
 誰かの為に動けることは嬉しい。
『ありがとうな』
 初対面の人とでも楽しく話せる。
『困ったことは無いか、そうか』
 学校では誰でも声を掛けてくれる。
『みんなと楽しめてるのか』
 部活もバイトも勉強もできる。
『無理してないか』
 いわゆる文武両道で、完全無欠の天才だ。
『お前は本当に、』
 誰よりも、ずっと、僕は優秀だ。
『可哀想な子だ』
 だから、父さんは僕が引っ張ってあげられる。
『こんな家に生まれなかったら、無理なんて……』
 気にしないでいいと、そう言える。
『絶対にさせなかったのに』
 だから、父さんは心配なんか要らないよ。
『ごめんな』
 僕という天才に任せて、ね?
『病気なんてものに、父さんは負けたんだ』
 それに僕は、誰よりも、ずっと、幸せなんだから。
『お前の幸せを、誰よりも、ずっと願っているよ』

4/9/2024, 9:45:54 AM

《これからも、ずっと》

「物語を紡げる人で在りたい。
 誰かに“自分自身”を伝えられる人で在りたい。
 言葉と誰かを繋ぐ縁のような人で在りたい。
 思いを言葉で言い表せるような、人で在りたい。」

 それが『読者』にとっての僕で在りたい。

4/5/2024, 3:19:49 PM

《星空の下で》

 人工的な光の下では、その輝きは見えにくくなる。
 だから、久しぶりにここに立つと。
「——っはぁ……ッ」
 魅せられる。

 息の詰まるほどに敷き詰められた星々は、決して美しいとは呼べないかも知れない。
 小さく、呼吸のように点滅を繰り返す星々は、意思のある大きな流れを持って成されているかのようだ。
 僅かに差のある、色とりどりの輝きが空を満たす。
 星の光は何光年も前の輝きというが、どうしようもなく不安定なものではないだろうか。
 時折輝き、それを失うもの。
 されどまた、充ちて輝くもの。
 その刹那の光に魅せられる。

 この筆舌に尽くし難い光景は、まだ見慣れない。
「……あぁ、」
 また、一つ、星が消えたように見える。
 また、一つ、星が増えたように見える。

 夜空を、星空に染め上げる輝き。

「……人の命というのは、短いモノだな」

 そう言って、星空の下で臨界したナニカは去った。
 それは少女のようで、老爺のようで、青年のようで、老婆のようで、少年であった。
 いつぞやの、誰かであった。

4/2/2024, 12:04:13 AM

《エイプリルフール》

 あの人が会いに来てくれた。
 忙しいと言っていたのに。
 ずっと、ずっと待っていた人が。
 来たくないと、来たくても来れないと言っていた人が来てくれた。
 だから、今日に感謝を。
 名を偽って、現れた、あの人に。
 あの人との繋がりを保ち続けてくれた、彼に。

3/15/2024, 9:23:40 AM

《安らかな瞳》

 辺りに炎が揺らめく中、独り剣を抜く。
 その剣に迷いはないが、終わりは見えていた。
 殿を務めることに後悔はいないけれど。
「はぁあああああああああッ!!」
 国に尽くし死ぬことは最高の、騎士の役目を果たした証だと思うけれど。

——人生の後悔なんて、幾らでも浮かぶ。
 
 ああ、もっと上手くやればよかった。
 最初からやらなければ良かった。
 先にこうしていれば良かったのに。
 もっと、もっと強ければ。
 どうして諦めてしまったんだろう。
 やりたかったのに。
 素直に言えていれば変わった筈なのに。
 もっと頑張りたかった。
 どうして上手くいかないんだろう。
 上手くいかないまま、満足なんてしないまま終わってしまうのか。
 嫌だ、なんて言葉ではもう何も変わらない。
 だけど。
「それがどうしたっ……!! こんなものか!」
 返り血ごと切り捨て、手を止めない。
 今此処には敵が何万といるだけで、それが救いとなることも味方となることもないのだから。
 大好きな両親はきっとこれからも、幸せに過ごしてくれる筈だ。
 近所に住んでいた猫も、きっと飼い主は見つかる。
 仲のいい友達は、褒めてくれるだろうか。或いは怒るだろうか。
 陛下はきっと、多分、褒めて下さる。
 だから、後はどれだけ剣を振りたいかだ。
「まだ、足りないんだよッ!」
 剣の道に終わりはあるか。
 答えは、ない、だ。
 ここで潰えるのならば。
 矢だろうが。剣だろうが。槍だろうが。斧だろうが。
 それら総てが煩わしいだけの、塵以下でしかなくなる。
 盾だろうが。鎧だろうが。
 そんな芥、意に介する必要もない。ただ、少し引っ掛かるだけだ。
 そんなものに、絶たれる道ではない。
「……まだ…………終わりたくは、ない……ッ」
 そう言いたかった。
 けれど、血が流れて、肌が焦がされて、刺さって、斬られて、穿たれて、燃えて。
 それでも立っているのがやっとで。
「……あぁ、そうか。もう、成すべき、役目は果たしたん……だな……」
 炎の中、まだ向かってくる敵の影を認めて何とか剣を構える。
 幾つもの仲間の亡骸を越えて現れたそれは、敵国で英雄と呼ばれている者だった。
 指揮を執っていると聞いたそれを、この場まで引き摺り出せた。
 それこそが目的であり、完遂の証。
「強者との立ち合いは……これで、最期ッ……!」
 剣を交えて、刹那、地面が近くなった。
 衝撃に耐え切れず相手の剣に斃れる前に、自分から倒れたのだ。
 そんな、勿体ないことをしたくはない。
 それでも、今の剣が最期だったのだろう、体は少しも動かない。
「…………言い遺すことはあるか」
 英雄の慈悲か、矜恃か。
 抵抗のできない敵を一方的に殺したくないのだろう。
「……お前にとって俺は、そんなにも弱者か」
 生憎と甘えるつもりはない。
「……悪かった、言葉を間違えたな。……名を教えてはくれないか」
 剣が振り下ろされる様を妙に長く感じながら、声を絞り出す。
「——アイシャ」
 きっと、騎士らしくもない、誰かに覚えていて欲しいと願う男の声だったのだろうが。
 それでも、英雄と呼ばれている者は。
「いい、名前だ」
 そんな一言に声を残してくれた。
 それが餞で、最期に聞いた音だった。

 アイシャ——意味『生きている』。

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