『束の間の休息』
コーヒーを飲む。
本を読む。
鼻歌を歌う。
妻子を思う。
それが心の安寧だ。生きている。それが分かることだ。
夜景が目に入る。
東雲の空を見る。
射し込む光に目を細める。
西日に照らされる。
また夜景を見る。
ずっと繰り返される光景だ。生きている。それが分からない。
コーヒーを飲む。
本を読む。
鼻歌を歌う。
妻子を思う。
それが出来れば、生きてた。
『優しくしないで』
縋ってしまうから。
『カラフル』
上から見る、カラフルな傘が好きだった。
花が咲いてるみたいで。アスファルトと言う夜空の上に、花火が咲いてるみたいで。大好きだった。雨が降っている。それでも気分が上がった。
ピンク色の小さな傘の下。
双子の様に並ぶ黄色の傘の下。
猫があしらわれた傘の下。
黒色の広い傘の下。
そこにはどんな子が居るんだろう。
何が好きなんだろう。
どんな毎日を送ってるのかな。
そうやって考えるのも好きだった。
私もあの花畑の一員になりたかった。でもね、
幽霊となった今では叶わないの。
『楽園』
あの柵の向こうがそれだ。
あの手摺の向こうがそれだ。
あの輪の向こうがそれだ。
それは警告音の鳴る線路。
それは遠目に見えるアスファルト。
それはぶら下がる縄。
楽園は、そこにあるのだと思う時がある。
少し越えてしまった向こう側。
うっかり足を滑らせてしまった向こう側。
望んでしまった向こう側。
そう思ってしまう時がある。
楽園は、なんだろうか。
例えば、自由なのだろうか。
例えば、癒しなのだろうか。
楽園は、どこにあるのだろうか。
形の見えないものだから。
あの空の向こうに、憧れてしまう事がある。
『風に乗って』
風に乗って行く。
風に乗って散って行く。
風に乗って舞い散って行く。
春が終わった。
遅咲きの桜のせいで、今か今かと胸騒ぎの絶えない春が。
白んだ空の下、いっぱいの淡い色彩達に胸が高鳴る春が。
窓辺に可愛らしい花弁が居座って、胸が満たされる春が。
春が終わった。
小夜中、打ち付ける大雨にやめてくれ、と懇願する春が。
晴れた朝、お嬢様気分で桜の絨毯を歩き笑顔になる春が。
あっという間に緑の混じった木に、寂しさを覚える春が。
風に乗って、花が散った。それが春の終わりだった。
風に乗って、爽やかな香りが漂う。それが合図だった。
風に乗って、夏へのバトンが渡された。それが始まり。
始まりは風。
終わりは風。
季節は風。
風に乗って、巡って行く。
風に乗って、季節の欠片が咲き散って行く。
風に乗って、硝子細工の様な美が紡がれて行く。