終花

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10/18/2023, 12:44:10 PM

『秋晴れ』

東雲の薄い空に見えるは、きらり光る金星。
青い空に見えるは、すーっと伸びる飛行機雲。
黄味掛かった空に見えるは、更に黄色い銀杏の葉。
濃紺の空に見えるは、それでも明るい白い眉月。

雲一つ無い青空。
肺を満たす澄んだ空気。
頬を舐む軽い風。
からりと音を立てる紅葉。

秋に恋するあたしだった。

10/17/2023, 10:55:44 AM

『忘れたくても忘れられない』

まるで蒲公英の様な、朝顔の様な、銀杏の様な、椿の様な。そんな人です。
まるで蝶の様な、金魚の様な、鈴虫の様な、鶴の様な。そんな人です。

花の如く可憐な人です。
風鈴の様に凛とした人です。
夕陽みたいに儚い人です。
猫と同じ気まぐれな人です。

貴女の気まぐれによく振り回されましたね。
貴女、ここまで狂わせておいて、去って行くのですね。
貴女は最後まで美しいのですね。

嗚呼、視界が歪む。

忘れたくても忘れらないのは、そうだ、
貴女が存在していた事。



それだけです。

10/16/2023, 2:19:52 PM

『やわらかな光』

私は散り行く萎れた花。
私は枯れ行く褐色の葉。
私は沈み行く腐った実。

✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼

春の光は、依然やわらかでした。朝起きれば、天からの誘いと見紛う程に。多少安堵してしまう程に。それはそれは優しい物でした。

「光が優しいわ」

 口元が緩む。窓辺で白い太陽に手をかざし、暖かさを胸にしまい込む。この光もあと何回見られるのでしょう。もう、両手で数えられる程かしら。

 ちろちろと流るる透明な水路の水を見下す。
 あと少しで満開になる桜と同じ目線に立つ。
 可愛らしい紫の色をした菫の花に恋をする。

 花への愛を口遊む。貴女は私の憧れですと。貴女さえ居れば良い。囁く様に口遊む。心からの愛の言葉。他の誰でも無い、花々だけへの言葉です。
 明日も生きているのでしょうか。もう、糸を切って下さっても良いのですよ。満開の桜を愛でたら、私はもう良いのです。

「神様仏様。私なんかより、生きたいと希う者達を生かしてやって下さい。……私はもう、良いのですよ」

 口が滑る。
 こんな物、夫には聞かせられないわ。小さな笑いが溢れる。こんな言葉を聞いたら、泣いて懇願されるでしょう。「死なないでくれ」と。
 毎夜々々聞き飽きたわ。もう軽くさえ聞こえてしまう。貴方はそうでは無いんでしょうけどね。ごめんなさい。冷ややかな妻で。

 烏の飛び行く茜色の空を眺む。
 小雨の降る小夜中に涙を流す。
 雫の弾ける音を聴き夢に沈む。

「あら、満ちた」

 そよ風と光に起こされ、開けられた窓枠の向こうに、見えるは、霞む空と良く似合う、可愛い、桜。
 呼吸の仕方を忘れてしまう。涙が溢れる。嗚呼、もう、そろそろ。

「嗚呼、楽しかった」

 掠れ声。
 紋白蝶が迷い込んで来た。早くお帰り。声にならぬ声を掛ける。やわらかな光に包まれる。これは空想無しの現実。神様は優しいのよ。

 来世は春の景色になりたいわ。

 蝶や、私の最後の願いと共に飛んでおくれ。
 ふわり窓辺から飛び立つのです。
 春の光はやわらかでした。天からの光はやわらかでした。眠りへ誘う光はやわらかでした。そして私は舞うのです。

 

ある春の日、桜が空に満ちた日、花の香りの飽和する風に、白く暖かくやわらかな光に、花弁が綻んだ。

10/14/2023, 12:46:37 PM

『高く高く』

高く高く、紙飛行機は飛んで行く。
しゅーっと空を切り裂き、白い軌道を描いた。
見えなくなるまで見つめたかったが、地面を滑った。

高く高く、風船は飛んで行く。
カラフルな風船は、人々の手を離れて浮かんでいった。
見えなくなるまで幸せを願っていたが、一つだけ割れてしまった。


高く高く、晴天は突き抜く。
空晴るる丘の上、新緑の草花の香りに酔う。
季節は変わるなと希うが、自然とは無情である。
はらり舞う花弁に思いを寄せた。

高く高く、一輪の花は昇って行く。
風に靡いたまま、どこか遠くへ霞んでしまう。
部屋に染付く甘い匂いだけは、何時までも憶えている。
声はもう、忘れてしまった。



貴女の可憐な姿は、高く高く、
どこ迄でも続く柔らかな蒼天に散って行く。

10/12/2023, 1:42:44 PM

『放課後』

放課後は青春だなんてよく言われる。
ただ、それはどうやら『今』気付けないらしい。
幾年か経ち、ふと思い出し、気付くらしい。
『放課後』はそんなものらしい。

 図書室に入り浸っている私は、そんな放課後の青春を何ページも見てきた。それはどれも瑞々しくて、青々しくて、ステンドグラスの様に鮮やかで綺麗なものだった。


 何日も続いたとある放課後。互いに教え合い、共に勉強をする恋人達の姿を見た。

 雨の降るとある放課後。憧れの人を待つ為に待ちぼうけをする女の子を見かけた。
 
 雷雨のとある放課後。騒いで叱られていた男子達に多少の笑みを溢した。

 桜の花が散ったとある放課後。地域探求の為資料を探す二年の彼らを手伝った。

 何度もやってくるとある放課後。本棚を整理する図書委員達を密かに応援した。

 寒くなって来たとある放課後。本棚を探ている気になる人を目で追う彼女に気付いた。

 気が裸になったとある放課後。好きな子が読んでいた本を探す青い彼に「気付いて」そう心の中で叫んだ。

 桜が満開になったとある放課後。中庭、教師と友達の様に話す男子二人に祝福を囁きたかった。


 放課後なのに人の居ない、寂しげな図書室で一人辺りを見回す。薄暗い図書室には数々の物語と記録が詰まっている。そして、それに染み付いているのは、数多の記憶だ。

「暇だな〜」

 言葉は古い床に吸われて行った。
 お気に入りの席に着く。ありもしない妄想に手を伸ばす。青春の一ページになる筈の妄想だ。

 入口が少々騒がしい。そちらに目線を送った。そこに立っているのは、小さな花を胸元に付けた男子二人。中庭に居た彼らだ。

「居るのか?」
「流石に居るだろ」

 夢では無い。そう確信したのは頬をつねったから。まだ少し痛みの残る頬をさすりながら口を開く。しかし声は出なかった。
 彼らは私の座っている席にどんどん近付いて来る。あぁ、こんな間近で見たのはいつぶりだろうか。懐かしさに花が咲く。

「卒業おめでとう」

 優しい言葉と共に目の前に置かれたのは、卒業証書とアルバム。それと白詰草の花かんむり。

「粋な事してくれるじゃん」

 届かない声を必死に発する。
 数年前、三人で花かんむりを作った事をふと思い出す。今も変わらず不器用な彼らだ。少々不格好だけれど、被りたいと切に願った。

「おめでとうな、――」
「そんな事言わないでよ。嬉しくなっちゃうじゃん。泣いちゃうじゃん。」

 忘れかけていた自分の名前。久しぶりのその響きに何もかもが崩れていく。

「二人もね。卒業おめでとう。あと、ありがと」

 必死に叫ぶ。届けと必死に願う。今すぐ二人に抱き着いていつまででも泣き腫らしたいものだ。
 でも、そんな夢は叶わない。
 でも、会えて良かった。


 放課後は青春だなんてよく言われる。


 とある放課後。涙で視界が溶ける。
 どうやら私にも青春はあったらしい。

 とある放課後。記憶は青く彩られていく。
 祝福と感謝を届けたい。

 とある放課後。身体が硝子の様に透ける。
 エピローグは、残り一ページ。

 とある放課後。白い光に包まれる。
 あと七文字。



 今日の放課後。

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