『やわらかな光』
私は散り行く萎れた花。
私は枯れ行く褐色の葉。
私は沈み行く腐った実。
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春の光は、依然やわらかでした。朝起きれば、天からの誘いと見紛う程に。多少安堵してしまう程に。それはそれは優しい物でした。
「光が優しいわ」
口元が緩む。窓辺で白い太陽に手をかざし、暖かさを胸にしまい込む。この光もあと何回見られるのでしょう。もう、両手で数えられる程かしら。
ちろちろと流るる透明な水路の水を見下す。
あと少しで満開になる桜と同じ目線に立つ。
可愛らしい紫の色をした菫の花に恋をする。
花への愛を口遊む。貴女は私の憧れですと。貴女さえ居れば良い。囁く様に口遊む。心からの愛の言葉。他の誰でも無い、花々だけへの言葉です。
明日も生きているのでしょうか。もう、糸を切って下さっても良いのですよ。満開の桜を愛でたら、私はもう良いのです。
「神様仏様。私なんかより、生きたいと希う者達を生かしてやって下さい。……私はもう、良いのですよ」
口が滑る。
こんな物、夫には聞かせられないわ。小さな笑いが溢れる。こんな言葉を聞いたら、泣いて懇願されるでしょう。「死なないでくれ」と。
毎夜々々聞き飽きたわ。もう軽くさえ聞こえてしまう。貴方はそうでは無いんでしょうけどね。ごめんなさい。冷ややかな妻で。
烏の飛び行く茜色の空を眺む。
小雨の降る小夜中に涙を流す。
雫の弾ける音を聴き夢に沈む。
「あら、満ちた」
そよ風と光に起こされ、開けられた窓枠の向こうに、見えるは、霞む空と良く似合う、可愛い、桜。
呼吸の仕方を忘れてしまう。涙が溢れる。嗚呼、もう、そろそろ。
「嗚呼、楽しかった」
掠れ声。
紋白蝶が迷い込んで来た。早くお帰り。声にならぬ声を掛ける。やわらかな光に包まれる。これは空想無しの現実。神様は優しいのよ。
来世は春の景色になりたいわ。
蝶や、私の最後の願いと共に飛んでおくれ。
ふわり窓辺から飛び立つのです。
春の光はやわらかでした。天からの光はやわらかでした。眠りへ誘う光はやわらかでした。そして私は舞うのです。
ある春の日、桜が空に満ちた日、花の香りの飽和する風に、白く暖かくやわらかな光に、花弁が綻んだ。
10/16/2023, 2:19:52 PM