終花

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『放課後』

放課後は青春だなんてよく言われる。
ただ、それはどうやら『今』気付けないらしい。
幾年か経ち、ふと思い出し、気付くらしい。
『放課後』はそんなものらしい。

 図書室に入り浸っている私は、そんな放課後の青春を何ページも見てきた。それはどれも瑞々しくて、青々しくて、ステンドグラスの様に鮮やかで綺麗なものだった。


 何日も続いたとある放課後。互いに教え合い、共に勉強をする恋人達の姿を見た。

 雨の降るとある放課後。憧れの人を待つ為に待ちぼうけをする女の子を見かけた。
 
 雷雨のとある放課後。騒いで叱られていた男子達に多少の笑みを溢した。

 桜の花が散ったとある放課後。地域探求の為資料を探す二年の彼らを手伝った。

 何度もやってくるとある放課後。本棚を整理する図書委員達を密かに応援した。

 寒くなって来たとある放課後。本棚を探ている気になる人を目で追う彼女に気付いた。

 気が裸になったとある放課後。好きな子が読んでいた本を探す青い彼に「気付いて」そう心の中で叫んだ。

 桜が満開になったとある放課後。中庭、教師と友達の様に話す男子二人に祝福を囁きたかった。


 放課後なのに人の居ない、寂しげな図書室で一人辺りを見回す。薄暗い図書室には数々の物語と記録が詰まっている。そして、それに染み付いているのは、数多の記憶だ。

「暇だな〜」

 言葉は古い床に吸われて行った。
 お気に入りの席に着く。ありもしない妄想に手を伸ばす。青春の一ページになる筈の妄想だ。

 入口が少々騒がしい。そちらに目線を送った。そこに立っているのは、小さな花を胸元に付けた男子二人。中庭に居た彼らだ。

「居るのか?」
「流石に居るだろ」

 夢では無い。そう確信したのは頬をつねったから。まだ少し痛みの残る頬をさすりながら口を開く。しかし声は出なかった。
 彼らは私の座っている席にどんどん近付いて来る。あぁ、こんな間近で見たのはいつぶりだろうか。懐かしさに花が咲く。

「卒業おめでとう」

 優しい言葉と共に目の前に置かれたのは、卒業証書とアルバム。それと白詰草の花かんむり。

「粋な事してくれるじゃん」

 届かない声を必死に発する。
 数年前、三人で花かんむりを作った事をふと思い出す。今も変わらず不器用な彼らだ。少々不格好だけれど、被りたいと切に願った。

「おめでとうな、――」
「そんな事言わないでよ。嬉しくなっちゃうじゃん。泣いちゃうじゃん。」

 忘れかけていた自分の名前。久しぶりのその響きに何もかもが崩れていく。

「二人もね。卒業おめでとう。あと、ありがと」

 必死に叫ぶ。届けと必死に願う。今すぐ二人に抱き着いていつまででも泣き腫らしたいものだ。
 でも、そんな夢は叶わない。
 でも、会えて良かった。


 放課後は青春だなんてよく言われる。


 とある放課後。涙で視界が溶ける。
 どうやら私にも青春はあったらしい。

 とある放課後。記憶は青く彩られていく。
 祝福と感謝を届けたい。

 とある放課後。身体が硝子の様に透ける。
 エピローグは、残り一ページ。

 とある放課後。白い光に包まれる。
 あと七文字。



 今日の放課後。

10/12/2023, 1:42:44 PM