終花

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10/11/2023, 1:30:14 PM

『カーテン』

 白いレースカーテンの隙間から、まるで水彩画の様な淡い空がチラと顔を覗かせる。霞が掛かるのは、正しく春の空。薄い雲と風にはためくカーテンが重なる。
 それを見て、気付けば私は心の中でカーテンを引いていた。


春は好き、秋は好き。夏と冬は嫌い。
カーテンを引く。そして『嫌い』は見えなくする。

散歩をした。睡眠はしていない。
カーテンを引く。そして『していない』を隠す。

これは出来る。あれは出来ない。
カーテンを引く。そして『出来ない』は排除する。

諦める。努力する。
カーテンを引く。そして『努力』から目を逸らす。


 心の中にカーテンレールを敷き詰め、分別し、見なかったフリをした。事柄の分別は心を守る為のもの。どんな事でも隠せば見えなくなる。そしていつか忘れる。だからカーテンを引く。

「ね、空綺麗だよ?」

 カーテンを引く。開け放たれた窓からは、白に近い水色が顔を出す。暖かなそよ風に頬を撫でられ、ふと笑みが溢れた。
 桜の花弁がゆらり。紋黄蝶がふわり。花の甘い香りと共に漂うそれに、心のカーテンが開けられる。閉じたいのに閉じられない、問題児と名の付けたカーテン。


貴女との甘い恋。誰かからの避難の声。
カーテンを引く。そして『反対』をかき消す。

貴女は消えてしまった。いや、どこかに居る筈。
カーテンを引く。そして『奇跡』は無いと割り切る。

貴女の為に生きる。貴女の所へ行く為に死に急ぐ。
カーテンを引く。そして『死に逃げ』を塗り潰す。

私は生きなければならない。
何度も辿り着いた思考。


 カーテンを引き、空と室内を遮る。少々暗くなった部屋、花瓶に挿されたチューリップを見つめた。現実ではこうも簡単に出来るのに。そう心の中でぼやく。


心にカーテンを引きたい。
もう前を向きたい。
遮ってしまいたい。
割り切りたい。

そんな心を遮光カーテンで隠す。
そんな思考を遮る。



ただ、貴女の笑顔だけは遮れないまま。

10/10/2023, 12:30:36 PM

『涙の理由』

涙の理由は、夏が消え去ったから。
涙の理由は、枯草が音を立て始めたから。
涙の理由は、桜の葉が色付き始めたから。
涙の理由は、空にフィルターが掛かったから。


私の夏は、泣いてしまう程に美しいものだった。

例えば水草の揺らぐ水面を眺め歩いたあの日。
つーっと頬を伝う汗を拭い、ふと上を向き陽の光に目を細める。石塊を蹴飛ばし、アスファルトの上、小気味良い音と共に行く先を見守った。

例えば緊張と絆がブレンドされた空気を吸ったあの日。
熱気を放つ白い光の下、視界いっぱいに広がる観客の目線に高揚感。一心不乱に動く指、息遣いと共に流れ行く音に自然と顔が綻んだ。

例えば窓枠の向こうに茜から東雲を見たあの日。
麦茶を一口飲み込み、蝉と風の声、葉の騒めきなどを聴きながら一人言葉を紡ぐ。美しい言葉に絆され、夕陽と朝陽に捕らわれた。


私の夏は、笑ってしまう程に不粋な終わりを迎えた。

病葉。


涙の理由は、夏が消え去ったから。
涙の理由は、瑞々しさの終わりが見えたから。
涙の理由は、秋が見られないから。
涙の理由は、死にたくないと願うから。