『カーテン』
白いレースカーテンの隙間から、まるで水彩画の様な淡い空がチラと顔を覗かせる。霞が掛かるのは、正しく春の空。薄い雲と風にはためくカーテンが重なる。
それを見て、気付けば私は心の中でカーテンを引いていた。
春は好き、秋は好き。夏と冬は嫌い。
カーテンを引く。そして『嫌い』は見えなくする。
散歩をした。睡眠はしていない。
カーテンを引く。そして『していない』を隠す。
これは出来る。あれは出来ない。
カーテンを引く。そして『出来ない』は排除する。
諦める。努力する。
カーテンを引く。そして『努力』から目を逸らす。
心の中にカーテンレールを敷き詰め、分別し、見なかったフリをした。事柄の分別は心を守る為のもの。どんな事でも隠せば見えなくなる。そしていつか忘れる。だからカーテンを引く。
「ね、空綺麗だよ?」
カーテンを引く。開け放たれた窓からは、白に近い水色が顔を出す。暖かなそよ風に頬を撫でられ、ふと笑みが溢れた。
桜の花弁がゆらり。紋黄蝶がふわり。花の甘い香りと共に漂うそれに、心のカーテンが開けられる。閉じたいのに閉じられない、問題児と名の付けたカーテン。
貴女との甘い恋。誰かからの避難の声。
カーテンを引く。そして『反対』をかき消す。
貴女は消えてしまった。いや、どこかに居る筈。
カーテンを引く。そして『奇跡』は無いと割り切る。
貴女の為に生きる。貴女の所へ行く為に死に急ぐ。
カーテンを引く。そして『死に逃げ』を塗り潰す。
私は生きなければならない。
何度も辿り着いた思考。
カーテンを引き、空と室内を遮る。少々暗くなった部屋、花瓶に挿されたチューリップを見つめた。現実ではこうも簡単に出来るのに。そう心の中でぼやく。
心にカーテンを引きたい。
もう前を向きたい。
遮ってしまいたい。
割り切りたい。
そんな心を遮光カーテンで隠す。
そんな思考を遮る。
ただ、貴女の笑顔だけは遮れないまま。
10/11/2023, 1:30:14 PM