『さよならは言わないで』
さよならは言わないで欲しかった。
まだ、出会って間もないというのに。
アタシはガックリとうつむいていた。
ランチタイムの公園の地面は、昨日の大雨で、すっかりぬかるんでいる。
「いやぁ、……それはもう無理でしょ」
公園のベンチに並んで座る友人が、気の毒そうにアタシに言う。
「残念だけどさ……仕方ないよ。それはバイバイしよう」
友人の言葉に、アタシがキュッと唇を噛んだ。
と、その時。
未練がましく、アタシのお腹がぐうぅっと鳴った。
友人は「ほら、私のを半分あげるから」と、それを差し出した。
「熱いから気をつけなよ。もう落とさないようにね」
小さくお礼を言うアタシの足元には、水たまりに浸かった大きな肉まんがプカリと浮いていた。
『光の闇の狭間で』
本当はいけないことだって、わかっているの。
もう、良い子はベッドで夢を見てる時間だもの。
でも、わたし、見ちゃったの。
母さんが「小学生は寝る時間よ」って言いながら、わたしを寝室に追いやった後のことよ。
わたしは、真っ暗闇の寝室を背に、まぶしい光が漏れ出ている戸の狭間をそおっと覗いたの。
目に飛び込んできたのは、明るいリビング。
そのテーブルの上にあるのはーー。
間違いない。夕飯前に冷蔵庫で見つけた、アレだわ! 2つしか無かったから、おかしいと思ってたの!
「ズルい!」
思わず叫んだわたしの声に、リビングにいた父さんと母さんがビクッと飛び上がった。
「わたしも食べたいよ! そのプリン!」
『鏡』
もしも、おとぎ話のように僕が喋れたら
毎朝顔を合わせるお嬢さんに教えてあげたい。
毎朝、毎朝、僕の前で
「今日も寝癖が直らない」ってイラついたり、
「制服のネクタイの流行りの締め方がわからない」って頭を抱えたり、
「またニキビができちゃった」って嘆いたりしてるけどね。
僕は思うんだよ。
毎朝最後に「まぁ、いっか」ってニコッて笑うその顔が
1番キレイに映っているんだよって。
『空を見上げて心に浮かんだこと』
じっとりと背中に張り付くTシャツをバタバタさせて
耳の中を溢れてしまいそうなくらいに蝉の鳴き声で満たして
胸いっぱいに、もわりと暑く薫る空気を吸い込み
まぶしく輝く入道雲がむくむく広がる空を見て思うこと
近くにコンビニ無いかなぁ
アイスクリームが食べたいよ
『終わりにしよう』
終わりにしよう。そうしよう。
そう言ったのは、学校のチャイム。
もうブランコ遊びはおしまいだよ。
早く教室にお入りなさい。
終わりにしよう。そうしよう
そう言ったのは、ぼくのママ。
何をぼんやりしているの。
もう寝る時間だよ。おやすみなさい。
終わりにしよう。そうしよう。
そう言ったのは近所のあの子。
昨日、ブランコを取り合って、そのままだったっけ。
昨日はごめん。ケンカはもうたくさんなんだ。
終わりにしよう。そうしよう。
そう言ったのは、ぼく。
あの子に片手を差し出した。
ぼくもごめんね。これ、仲直りの握手だよ。