芝草

Open App
7/16/2023, 3:54:31 AM

『終わりにしよう』



終わりにしよう。そうしよう。
そう言ったのは、学校のチャイム。
もうブランコ遊びはおしまいだよ。
早く教室にお入りなさい。

終わりにしよう。そうしよう
そう言ったのは、ぼくのママ。
何をぼんやりしているの。
もう寝る時間だよ。おやすみなさい。

終わりにしよう。そうしよう。
そう言ったのは近所のあの子。
昨日、ブランコを取り合って、そのままだったっけ。
昨日はごめん。ケンカはもうたくさんなんだ。

終わりにしよう。そうしよう。
そう言ったのは、ぼく。
あの子に片手を差し出した。
ぼくもごめんね。これ、仲直りの握手だよ。

6/25/2023, 1:22:39 PM

『繊細な花』



あたたかくて、やわらかい春風にも
ハラハラと散っていく
桜の花

できたての綿菓子を
小さくちぎったみたいな
かすみ草

春に粉雪が積ったみたいな
ユキヤナギ

みんなきれいで、優美でしょう?

だけども私は思うのよ

幼いあの日に私らが
花輪作りや占いで遊ぶときに摘んでいた
野原に咲いてる名も知らぬ花たちこそが

実は私の知る中で、
いちばん繊細な花なんじゃないだろかって

私、今頃になって思うのよ

6/23/2023, 5:31:58 AM

『日常』

いつか、どこかの道端に
小さな祠がありました。

朝日が祠を照らすころ、
犬を連れたおじさんが、祠の前を通ります。
「早く帰って朝飯にしよう」
犬もおじさんも、早足で帰ります。

夕日が祠を照らすころ、
カバンを背負った子供達が、列をなして通ります。
「今日の夕飯なんだろな」
黄色い帽子の子は、早足で帰ります。

月が祠を照らすころ、
スーツ姿のお姉さんが、通ります。
「今日は頑張ったから、おつまみも奮発しちゃおう」
ヒールのお姉さんは、早足で帰ります。


祠の中の神様は、
誰も言葉にしなかった
日々に溶けてる願い事を
どれほど聞き届けてくれたのだろう。

6/22/2023, 4:18:17 AM

『好きな色』



ちょっと歪んだ紺色のちょうちょ。
端が少し破けた紙で組んである灰色と白色の手裏剣。
しわしわのシッポの茶色の鶴。

「ソレ。今日、あの子が家で作ってみせてくれたの。保育園で作り方を教えてもらったんだって」
眠る娘に配慮したのだろう。
テレビ台に並んだ沢山の折り紙の作品を眺めるボクに、夕飯の支度をしながら、妻が小声で説明した。

「なんか、地味な色紙ばっかりだな」
ボクはスーツのジャケットを脱ぎながら言う。
「あの子、こんなシックな色が好みだっけ?」

「好きな色とか、かわいい色の紙は、使うのがもったいないんだって」
妻が苦笑いした。
「あの子の色紙のケースを見てごらん。ほら」

促されるままに、娘の色紙のケースの蓋を開けて、ボクは納得した。

目に飛び込んできたのは、鮮やかな赤にオレンジ色。柔らかいピンク色や淡い水色の折り紙もある。
どの折り紙もシワひとつない。きっちりとケースの中に仕舞われていた。

「あれ? 黄色が無いな」
ボクは折り紙の束をパラパラめくりながら言う。
「あの子が一番好きな色だろう?」

「それは、ホラ。ここに」
妻が食卓を指差した。
「父の日だもんね? あの子、『今まで黄色の色紙を貯めててよかった』って言ってたよ」

食卓のボクの席には、温めなおされた夕飯。
それと、黄色い色紙で作ってある、少しヨレヨレの花束があった。

6/19/2023, 1:54:43 PM

『相合傘』



わ、びっくりした!
突然教室の戸が開くもんだから……全く、ノックくらいしてよね。

……え? まぁ確かにね。自分のクラスの教室の戸をノックするヤツはいないわね。
アタシ、テンパってるのかも。アハハハ、ゴメンゴメン。

それにしても、なんでキミはこんな朝早くに登校してるの?
……なるほど、部活の朝練。野球部、もうすぐ大会だもんね。

アタシ?
決まってるでしょ。今日の日直、アタシなんだ。
ほら、黒板の日付を変えたり、学級日誌を準備したり。朝から面倒だよねぇ。
ま、キミは部活がんばってね。

……え? アタシがどうして黒板に張り付いているかって?
別に。特に理由はないわよ。

アタシの背中が黒板に当たってるって?
……なるほど、制服がチョークの粉まみれになる。確かに。
でも、大丈夫。それくらい、アタシが自分で払うから。

え? キミが払ってくれるって?
あー、大丈夫大丈夫。自分で……
ってうわ!
いきなり手を引っ張ったら……

……あー……

……キミも見ちゃった? その小さな落書き。
全く、誰が描いたのかしらね。勝手にアタシ達の名前を書かないで欲しいわよね!

アタシの声がうわずってる?
そ、そうかな? いいから、キミは早く部活行きなってば!

Next