いつまでも捨てられない物。
子供の頃、幼稚園や小学生の時、
将来の夢を聞かれた。
ヒーローになりたかったり、
スポーツ選手だったり、
皆夢があった。
僕は小学生の時、友達が欲しかったから
一番人気のある子を見ていた。
その子は器用で、特に絵を描くのが上手かった。
だから僕も絵を描きだしたんだ、
やがてそれは夢になった。
皆から認められ、
皆と友達になる為に。
29歳の夏。
僕はまた出版社に持ち込みをした。
ズタボロに言われ、悔しくて泣きそうになった。
年齢的にラストにしようと書き上げた作品は、
自分の中では最高傑作だったが、
3ページも読んだら結末まで見えるぐらいに
ありきたりだと酷評された。
成る程、いやしかし、王道とは
そう言うことでは?
そう言い返すと、溜息を吐かれ、
だから無駄に歳とったヤツはダメだと
怒られた。
前回。
斬新な作品を持ち込んだ時は、
意味不明だ何だと怒られ、
いい歳なんだし才能無いんだから
もっと王道の作品を、と言われたのに。
僕にどうしろって言うんだ。
家に帰り、
コンビニで買ってきたビールを煽る。
やめちまおうか。
何度も考えた。
来年には30歳。
今更何が出来るのか。
僕の人生にはもう、王道なんてないのに、
夢にしがみつかないで生きていける程
聞き分けが良いなら最初から夢なんて見ないさ。
今更捨てられないんだ。
明日からまた新しい作品を描こう。
次が最後。
次が最後。
次が最後。
次が。
次が。
次。
次。
。
遅咲きの漫画家は、そんなに多くないだろう。
其処に行くまでに諦めてしまうからだ。
しかし、それも正しい人生。
どうしても捨てられない物を
捨てられた事は、勇気ある行動だ。
それでも、諦めずしがみつく事でしか
手に入らない物がある、いやあった。
僕は漫画家だ。
WEBでの掲載になるが
世間では先生と呼ばれる。
だけどまだ、僕は夢の途中だ。
捨てられない物を宝物みたいに、
心に抱き、今日もペンを握る。
夢みたいな、王道の人生だろ?
誇らしさ。
人に誇れる人生を送れ。
小さい頃から親に言い聞かせられてきた
呪いの様な言葉。
嘘を付くな、勉学に励め、人に優しく
自分に厳しく、道を逸れず生きろ。
僕は守れなかった。
怒られるのが嫌われるのが怖くて嘘をついた。
頑張り方がわからなくて授業についていけなかった
自分の事で精一杯だった、だからサボることもした
僕は、親の期待に添えなかった。
それでも、できる限りで生きてきた。
誇らしい気持ちになれた事なんて無い。
それでも、なるべく人並みに生きようとした。
結婚して、子供が出来て、産まれて。
少し大きくなった子供が僕に、
お父さんなんでも知ってて出来て凄い!
と、言った。
僕は初めて誇らしくなった。
だから子供に言った。
人に誇れる人生を送れ。
夜の海。
遠くで、漁火が見える。
防波堤に打ち付ける波の音が
僕の鼓膜を揺らし
ぼやけた水平線を歪ませた。
入水。
苦しい死に方の一つだと言う。
しかし、上手く行けば片付ける必要もない
自然に帰る事のできる死に方。
僕が一歩踏み出せば、何もかも
沈める事が出来る。
さよならは残してきた。
何時でもいける準備は終えている。
波に身を委ね、数分苦しめば
ここ数十年の地獄から開放される。
わかっている。
それで楽になれる。
しかし、足は震え
悲しい気持ちで一杯になる。
何故、こんな事に。
そんな気持ちが溢れていく。
遠くで犬が吠えている。
野犬は危険だなと
車に戻る。
そこで一服。
遠くに漁火が見える。
波の音は聞こえなくなった。
夜の海。
その誘いは、僕にはまだ勇気が足りないみたいだ。
冬になったら、また来よう。
自転車に乗って。
坂の多い町に生まれた。
極端な所だと、数キロに渡って下り坂の場所もある
そこから見下ろす海と橋は、中々に良い眺めだ。
夏休み、友達と旅をする事にした、
とは言っても、学生らしく自転車で。
同じ県内の島に、長い橋を渡って行く。
正直、楽しい理由の見出だせない旅だと思った。
日が出るのが早い季節、それでもまだ少し暗い時間
暑くなる前に、目的地に着くために出発した。
橋までくれば風はひんやりとしている。
寧ろ少し肌寒いぐらいだ、それをかき消すように
スピードを上げていく。
海と森と友達と、何となく、
それさえあれば充分だと思えるぐらい
気分が良かった。
海水浴場に着き、水着になって
ひとしきりはしゃいだあと、
座りながら皆で将来の話をした。
大人になってもまた来たいよな、
その時は、車かな?
俺の親父の軽トラで来るか、
乗れへんやないか、
荷台があるやろ、
捕まるぞ。
帰り道、
本当に、こんな日々が続けば良いのになって
思った。
自転車に乗って、
けれども何処にも行きたくない、
不思議な気分になった夏休み。
心の健康。
何となく、本当に何となくだけど
鬱病チェックみたいなのやってみた事あるのよ。
毎日が楽しくないとか
食欲ないとか
眠れないとか
それでお察しの通り、鬱病だから
病院に行きましょうって案内されたの
でもさ?
こんなのほとんどの人が鬱病って
言われるんじゃないかって思ったの。
毎日楽しくて
毎日食欲あって
毎日快眠
そんな人いるの?
まぁ調子良い日もあるし
楽しいと思うこともあるわよ
でも、それが毎日って
逆に病気か、もしくは危ない薬してるんじゃ
って思うわ。
え?薬?
無いわよ、そんなの
あっ、でも向精神薬みたいなの
気分を高めてくれるやつって
結構危ないわよね。
MDMAだっけ?
アレも元々そういう薬だったんでしょ?
今禁止されてない薬でも
オーバードーズしたら近い状態に
なれるかもね。
ていうかさ、私思ったのよ
鬱病チェックの話ね
アレ全員鬱病って診断されるんじゃってヤツ。
もしかしたらね、実は、この国自体が
病んでる可能性もあるよね。
そう思ったらさ
私が感じてる、色々な負の感情も
普通のことなんだって受け入れられたの。
なら、普通の事なら
別に隠さなくても良いよね?
だから私は、アイツを
何回も何回も刺したの。
自分の手首切るよりも
遥かにスッキリしたわ!
血って温かいのよ。
え?いやだから
病んでるから、仕方ないじゃない。
なによ、私だけじゃないわよ
この国全員が病気なの!
おかしくないでしょ!
なによ!私だけおかしいって!
みんな気付いてないのよ
後はそれだけなの!
いつでもスイッチを押せるだけの
理由がこの国にはあるんだから!!
貴方も!貴方も!!貴方も!!!
みんなみんなみんなみんな!!!
心なんてとっくに壊れてるのよっ!!
‥‥‥以上の理由を持ちまして。
加害者は重度の精神疾患を患っておりますので
責任能力は、明確に無いと思われます。
速報です、一家惨殺事件の犯人◯◯
精神疾患により無罪判決が下されました。
これね、良くないですよ
心の健康?そんなあやふやなものでね
殺される方はたまったもんじゃないですよ。
専門家の先生?彼らにも責任が
あるんじゃないですか?
適当に話聞いて処方してるだけでしょ?
危ないやつは直ぐに然るべきところへ
閉じ込めておけば良いんですよ。
‥誰だね?君は、何
本日午後、テレビ局に侵入した
不審者に番組レポーターの◯◯が刺殺されました
犯行の動機は未だ不明で
皆の代弁者としてやった、等と
供述している模様です。
次のニュースです‥‥‥。