『元気かよ』
ポツリとひとり、奴がよく訪れていた公園の丘から星々が煌めく夜空を眺めて、心の中で奴へと語りかける。
――数年前。自称宇宙人だった男は、突然、故郷の星とやらに帰っていった。
“地球人を幸せにする”
それが自分の贖罪なんだと嫌になるほど聞かされては、適当に受け流していたが、いざそれが叶ったとき。あいつはようやく罪が許されたというのに、嬉しそうな顔をせず、ただ寂しそうに眉を下げて笑っていた。
数年も前の事なのに、今でもはっきりとあの時の奴の顔が思い出される。
あんな顔をするならば、故郷の星とやらに帰らなければ良かっただろ。
夢の中に時々出てくるあいつは、かつての日々と同じように、宇宙の話や星座の話、どうでもいい話を続けては、ふとした瞬間にこちらに微笑みかけ、キスをする。
俺と奴は、常にひとりで、それなのに、気がつけば傍に居た。
周りからはよく恋人なのかと勘違いされていたが、俺と奴の間にあったのは、ただの情だ。
愛情、とはまた違う。近いものもあったような気がするが、今となってはもう分からない。
――そっと、目を閉じる。
瞼の裏に、過ぎ去った日々が次々と過ぎっていく。
今も、この世のどこかで生きているだろうあいつに、時々こうして想いを馳せる。
あいつが居る空間は、居心地が良かった。出来れば、手離したくないと思っていた。
だが、奴の意思で俺の傍から離れると決めたのなら。俺はもうそれを止めやしない。
奴が居なくなっても、俺は何も変わらない。
今も昔も、ただ歌うだけだ。
※二次創作
いつも、キラキラと輝いている一等星の君。
オレはたくさんの地球人を幸せにしなきゃ、故郷の星には帰れないけど、その地球人の中には君も含まれているんだよ。
君の幸せは何だろう? オレがそばに居ることを許してくれているのは、少しでも君を幸せに出来ているってことで良いのかな?
君が楽しそうに日々を過ごし、笑っているところを、他の誰よりも近くで眺めていたい。
この先、オレがずっと君のそばに居るとは限らないけれど。君が許してくれている限り、オレはずっとそばに居るよ。
大好きな君に、幸せを。
※二次創作
大きくなった自分の腹に手を当てる。
すると、しばらくしないうちに胎動がして、そこに確かな生命が宿っていることを知り、心底不思議なことだと思う。
まさか自分が、こんな風に誰かを愛し、また逆のそれを受け入れ、身篭ることになるなどとは思ってもみなかったのだ。
誰かを愛することなど自分には出来ないと思っていた故に、今更ながらに今の状況が偶然がいくつも重なり合って出来た奇跡なのだと実感する。
腹の中に居るこの子どもは、間違いなく、自分と、己が愛した彼の遺伝子を持って生まれてくるのだろう。
――子どもが欲しいと口にしたのは、意外にも自分の方だった。はっきりとそう言った訳では無いけれど、情事中にそれと違わぬ意味の言葉を零せば、彼はとても嬉しそうに顔をくしゃりと崩した。
男という生き物は、自分のメスを孕ませたいという本能を持ち合わせているというのに、彼は一言もそんなことを言わなかった。けれど、それは全て自分のことを考えくれている故に黙っていたのだと思う。
昼間にふたりで散歩をしているとき、彼は時折、公園で見かける家族連れへ羨望の眼差しを向けていた。子どもが欲しいのだろうかと考えて、自分が身ごもることを想像して、少し怖くなって。それでも、曖昧なまま日々は過ぎていく。
そして、幾度目かの行為の際に、彼のことを愛おしいと感じたその瞬間、衝動的ではあるが、彼の子どもを身ごもりたいと確かに思った。
自分の中の“愛しい”という感情が、こんなにも深く根付いていたのだとそのときは心底驚いたものだ。
――その時の子どもが、今この腹の中に居る。彼は毎日嬉しそうに、愛おしそうに腹を撫でてくれる。それはもう、砂糖を吐くのではないかと思うほど甘い声で、甘い笑顔で語りかけてくるのだ。
羞恥心のあまり、やめろと突き放すこともあるが、それすらも嬉しそうにするのだからどうしようも無い。
そんな甘い一日を重ねる毎、彼が居ない日常を想像するのが怖くなるほど、ずっとそばに居て欲しいという想いが強くなっていく。それと同時に、腹の中の小さな命に対する愛しさが止まなくて、その度に、はやく会いたいと願わずには居られない。
「どうしたの?」
伝えたいことが上手く言葉に出来ずに居ると、この男はいつもこうして俺の顔を覗き込んでくる。それから、自分の一回りほども大きな身体の中に閉じ込められるように、ぎゅうと優しく抱き締められ、ふわりと目が細められたかと思えば、甘えているような穏やかな声で名前を呼ばれた。
その瞬間。ああ、俺はこの男に好意を抱いて居るんだと自覚させられるのだ。
ちゅっ
すると、軽くリップ音を立てながら触れるだけのキスをされた。久方ぶりのくちびるの感触に、思考がふわふわと蕩けてしまう。
ココ最近、ずっと眠れていなかったせいか、そのくちびるが触れる心地良さにまぶたが少し重くなってくる。
「……ん、もしかして、さみしかった?」
そう言いながら、何度もくちびるをふにっと押し付けてくるこの男に、幾度となく触れてくるやわらかい感触を受け入れつつ、心の中では『さみしかった』という問いに対して、『ちげえ』と否定の言葉を並べる。
さみしかったわけじゃない。ただ、ほんの少しだけ、ベッドの中が寒く、背中が冷たい気がして、寝づらかっただけの話だ。
「別に……。ただ……眠れなかっただけだ」
「うん、そっか。じゃあ、今日はここで一緒に寝る?」
そこで『一緒に寝たい』と素直に言えたなら、そもそも俺はお前の部屋には来ていないというのに。
言葉で伝えられたなら、どんなに楽だったか。
返事の代わりに、今度は俺の方からキスを仕掛ける。それに驚いたのか、少し目を丸くした目の前の男に気分が良くなった。しかしながら、触れるだけのバードキスでこの男が満足するはずもなく、いつの間にかスイッチの入った目の前のケモノに、あっという間にくちびるを奪われてしまえば、いつか言葉でこの気持ちを伝えてみたいと思わずには居られなかった。
お互いのことを分かりあっているように見える二人だが、実際には何も分かりやしない。分かるようで、分からない二人。ただ、似ているだけ。
静かな空間で、そんな二人の手が重なる。やさしく肌を撫ぜるその手に安堵して、部屋に響く時計の針の音と重なって、とくとくと胸が高鳴っていく。
時間が過ぎれば過ぎるほど、身体に熱が篭っていく。