『いつまでも捨てられないもの』
人は忘れる事で前に進む生き物だ、と誰かが言っていた
ならば私はきっと、不完全で不出来な失敗作だ
鮮やかに彩られた過去の一幕に捕らわれ、
先の見えない真っ暗な未来の手招きから目を反らし、
温かで優しい思い出にすがり付く
決して忘れてたまるものかと、己の心と身体に刻み付ける
これまでも、これからも、何時までも何時までも、
何処まで行ったって私には捨てられない
『目が覚めるまでに』
規則正しい呼吸の音が室内へと満ちてゆく
カーテンの隙間から差し込む月明かりが照らす貴方の横顔
何処までも無防備な寝顔にどうしようもない程、感情が揺れ動く
私は貴方の事が好きだった
なのに貴方は突然私に別れを告げた
冗談であって欲しかった
夢であって欲しかった
けれど、これは現実だった
どうしようもなく、絶望的であったとしても
バッドエンドへの序曲、或いは都合のいい妄想の終末
これは私に残された最後のチャンスだ
暖かな幻想に溺れる哀れな愚者と成り下がるか、
はたまた冷たき現実を知った脱け殻と成り果てるか
或いはこのままひと夏の淡くも苦い記録と為るか
『だから、一人でいたい。』
得難いものもあったのだろう、成し得ぬものもあったのだろう
その関係に感謝こそあれど、恨む事など有りはしない
けれど、私は失う事を知ってしまった
心を引き裂かれ、感情は凍り付き、後悔と懺悔に苦しむ日々
長い月日を掛けて尚、深く残る傷跡
それは、二度と誰の手も取る事をしないと誓った
己に課する孤独の証
二度と悲劇を味わいたく無い
あの地獄のような日々を繰り返したくは無い
だから、誰も私に近付かないで
『今一番欲しいもの』
欲しいもの、それも一番となれば一つしかない
痛くも苦しくも無い、この辛さから解放してくれるもの
誰の迷惑にもならない、そんな私の憂いを晴らしてくれるもの
誰の記憶にも留まらない、貴方達の願いを叶えてくれるもの
そんな『死』が今一番欲しい、かな
『目が覚めると』
誰かが言っていた
朝は新しい物語が始まる合図なのだ、と
輝かしい未来、煌めく青春
甘酸っぱい恋模様、ほろ苦い別離
数えきれない偶然と必然が絡み合い、
誰のものでもない一人一人の為に存在している、と
成る程、確かにそうかもしれない
自分の物語は自分のものだ
けれど、自分の物語だからと言っても、
決して自分が主人公なのだと自惚れてはならない
目が覚めて一日が始まる度、この世界に思い知らされる
物語の主人公はお前なんかではないのだ、と
寝て起きてを繰り返し、十数年
ありきたりな毎日を焼き増しただけの日常をなぞる
灰色ですらない、振り返っても何があったかすら分からない
そんな無色透明な自分の物語
誰にも知らず、自分すら覚えている事が敵わず、
その物語は塵芥へと成り果てる
行き場を失ったこの感情すら、
明日また目を覚ませば消えてしまうのだろうか