【踊りませんか】
会社の先輩に連れてこられたショーパブ。
正直全然興味がない。
前のステージでは露出の高い衣装をきた女性たちが男を誘惑するような腰使いのダンスを披露している。
しばらく続いた音楽が止み、拍手が響く。
次の演目が始まると一際大きな歓声が上がった。
なんだと顔を上げる。
ステージの真ん中で、たった1人が踊っていた。
その人は露出も控えめで目元もヘッドドレスのレースで隠されている。それでも、長い手足をしなやかに使って踊る姿は今までの誰よりも艶やかで、魅力的だった。
拍手と歓声にハッとする。気づいたら演目が終わっていた。
俺は拍手もせずにただステージを見つ続けた。
もう一度あのしなやかながらも強さがあるダンスが見たい。
誘惑なんて生ぬるいものじゃない。惹き付けて離さない。そんな踊りだった。
久しぶりに長くダンスをやっていた自分の血が騒ぐのを感じる。
あの人の色んな踊りが見てみたい。
ダボッとしたスウェットを着て、目深にキャップを被って踊っている姿を見てみたい。
何より、あの人と一緒に踊ってみたい。
だから、どうか俺と
(4 お題:踊りませんか)
【あの奇跡をもう一度】
「──、おはよ。」
声が聞こえた気がして振り返っても、俺に視線を向けてる人はいなかった。
ため息をついて端っこの席に座る。
大学2年の春。初の春休みを謳歌した同級生達が浮き足立つ中、俺は相も変わらず一人でため息ばかりついている。
──別に、俺かて初めからひとりやった訳やないし。
誰かに聞かせるわけでもない言い訳を何度繰り返しただろうか。
少し視線を左にズラしても、目に入るのは机だけ。
スラスラとシャーペンを操って落書きをする右手も、自分で作ったという独特なスマホケースも存在しない。
オリエンテーションでたまたま隣だった“あいつ”は、たまたま俺と同じアニメにハマっていて、たまたま昼を一緒に食う奴がいなくて、たまたま波長があって、気づいたら仲良くなっていた。
そこから半年、授業も飯も遊びも全部あいつと一緒だった。
俺が左利きなのを知っていてわざと左側に座るから、互いの腕がぶつかって字が歪んだり、
あまり量を食べないあいつの飯を貰ったり、
あいつとの記憶はそんな些細な事で溢れている。
俺の大学生活は、間違いなくあいつに彩られていた。
でも、夏休みを境にあいつは学校に来なくなった。
電話も出ない、メッセージも返ってこない、SNSに至ってはアカウントが消えていた。
次の日、午後の授業を切ってあいつの最寄り駅に行ったがいくら探しても見当たらなかった。
思えば、これが初めてのズル休みだったかもしれない。
時間を見つけてはあいつを探しに行ったが、いつまで経っても見つからなかった。
それからずっと、俺の隣には誰も座らない。座らせる気もない。
どうせ教室のキャパに対して半分位の人数しかいないんだ。このくらい許されるだろう。
でもどんなに面倒でも授業は出てるし、ちゃんと飯も食べている。なんなら死ぬほど苦手だった料理も一通りのものは作れるまでに上達した。
朝方までゲームをするのも程々にしている。
──なぁ、俺ちゃんと約束守っとるよ。
だから、どうか
(お題3:奇跡をもう一度)
「なーに、見てんのっ」
ドアの方へ目をやると、ぴょこぴょこと効果音がつきそうな足取りであいつが入ってきた。
その手には大きめのトートバッグと小ぶりな紙袋が提げられている。
「別に、なんも。」
視線を窓へ戻して素っ気なく答えると、またまたぁと笑いながらトートバッグの中身をチェストへとしまっていく。
それが終わると紙袋を持ってベッド脇の椅子に腰を降ろした。
さして座り心地の良くないその椅子に、どうしてこんなにも座りにくるのか。
撮影に練習に、お前は俺と違って暇じゃないだろうに。俺なんかに時間を使ってる場合じゃないだろう。
でもそれを言うと怒るから、俺はただ空を見つめていた。
「カーテン、開けてもらったの?」
「うん。」
「なんで?眩しいって言っていつも開けないじゃん。」
「……気分。」
爽やかな朝の日差しも、さんさんと照らす昼の日差しも、ポツポツと灯る夜の暖かな光も、どれも俺には眩しすぎる。だから、カーテンは開けない。俺の世界はこの真っ白な部屋だけでいい。
ただ、この窓からこいつの姿が見えるんじゃないかなんて思い立って開けてみたのだ。
結局見えなかったけど。
珍しく開いているから気になるのか、さっきからじっと窓の向こうを見つめている。
そして泣きそうな笑顔で「夕焼け、きれいだね。」と呟いた。
「なんで、泣きそうなん。」
言葉が少しつっかえる。
「いやぁ、綺麗だなと思いまして。」
おどけた口調で言ってるけど、やっぱり泣きそうな顔をしている。
この場面で泣くのはどっちかというと俺やろ。と心の中でツッコんだ。
「なぁ、」
何気なく呼んだ名前。こちらに向けられる双眸。
そこに反射する光がひどく綺麗で、手を伸ばす。
中途半端に伸ばされた手をしっかりと握ってくれた。
あぁ、俺はこの目を
「後、何回見れるんやろ。」
気づいたら声に出ていた。
違う。こんな事言うつもりなかったのに。
こいつの表情に引っ張られた。
今更何を思おうと、結末は変わらないのに。
「何回だって、見れるよ。見せてあげるから、」
オレンジ色の雫が、俺の手の甲に落ちた。
(2 たそがれ)
【そうやって、無邪気に笑うのだろう】
サイレンが鳴り響く街を駆け抜ける。
今日の依頼は少々骨が折れた。
1ヶ月前、“コイツを死んだように見せて欲しい”という一風変わった依頼を持ち込んだ奴がいた。
「ウチは始末屋だぞ。断れ。」と言ってもバカが「金になるよ?」と引き受けやがった。
引き受けてしまったものは仕方ない。
初めは身代わりの死体をバラバラにしてドラム缶に詰めて海に捨てようかと思ったが、依頼人がやたら慎重で身代わりを燃やす事になった。しかもしっかり炭化させるために内蔵を全部抜いてだ。おかげで中に着てる服は血だらけだし、匂いもついている。なにより気分がよろしくない。
極めつけはこのサイレン。しっかり燃やすにはそれなりの火力が必要且つ直ぐに消されてはいけないから派手にやる必要があった。なんとか時間差で発火するようにしたが、如何せん色々と慣れていない。
慣れていない事をすれば疲れるのは自然の摂理。
せめてもう1人いればマシだったが、表の仕事が佳境らしく暫く動けないらしい。
アイツも後でシバいたる…。
サイレンの音に急かされながら防犯カメラの無い裏路地を選んで仲間の待つ場所へと向かう。
早くしないと夜が明けてしまう。海人が起きる前に帰らなければ。こんな姿は見せたくない。
「お疲れ。」
車に乗り込むと運転席に座っていたバカがタブレットから顔を上げ、ミラー越しに俺を見た。
「もうこんな依頼は受けるなよ。」
「条件次第だな。」
静かに車が発進する。やたらと運転が上手いのもなんだか腹が立つ。
早くと急かしても家に着く頃には空が白み始めていた。
音を立てないように扉を開ける。
寝室を覗くと同居人はいつも通り口を開けて眠っていて、ホッと息を吐く。
手早くシャワーを浴びて隣に潜り込むと、気配を感じたのか手がこちらへ伸びてきた。
起きたのかと思ったが、そういうわけではないようで俺は眠っている同居人の腕の中に収められる。
その温もりに大きな欠伸がこぼれた。
俺と同じ施設で育ち、何故か俺だけに懐いた変わり者。自分は表で生きながら、俺が裏社会で生きていく事を決めても離れなかった狂ったやつ。
はじめは弱点になるから捨てようと思った。
でも、できなかった。そのくらいこいつは綺麗で脆くて強かった。
俺の言うことは全肯定だったこいつが唯一拒否したのが俺の引っ越しだった。こちらが困るくらいに欲がなかったのに、始めて俺に懇願してきたのだ。
離れないで。置いていかないで。いないとヤダ。
その言葉を聞いた衝撃は今でも忘れられない。
そんな少し狂ったこいつの温かさに何度助けられただろう。
俺がどれだけ人の命を奪っても、俺がどれだけ血塗れで帰っても、「おかえり」と向日葵みたいな笑顔を俺に向けてくる。
今日も、数時間後にはその笑顔で「おはよう」と言うのだろう。
だから、きっと明日もその先もお前は
(1 きっと明日も)