【そうやって、無邪気に笑うのだろう】
サイレンが鳴り響く街を駆け抜ける。
今日の依頼は少々骨が折れた。
1ヶ月前、“コイツを死んだように見せて欲しい”という一風変わった依頼を持ち込んだ奴がいた。
「ウチは始末屋だぞ。断れ。」と言ってもバカが「金になるよ?」と引き受けやがった。
引き受けてしまったものは仕方ない。
初めは身代わりの死体をバラバラにしてドラム缶に詰めて海に捨てようかと思ったが、依頼人がやたら慎重で身代わりを燃やす事になった。しかもしっかり炭化させるために内蔵を全部抜いてだ。おかげで中に着てる服は血だらけだし、匂いもついている。なにより気分がよろしくない。
極めつけはこのサイレン。しっかり燃やすにはそれなりの火力が必要且つ直ぐに消されてはいけないから派手にやる必要があった。なんとか時間差で発火するようにしたが、如何せん色々と慣れていない。
慣れていない事をすれば疲れるのは自然の摂理。
せめてもう1人いればマシだったが、表の仕事が佳境らしく暫く動けないらしい。
アイツも後でシバいたる…。
サイレンの音に急かされながら防犯カメラの無い裏路地を選んで仲間の待つ場所へと向かう。
早くしないと夜が明けてしまう。海人が起きる前に帰らなければ。こんな姿は見せたくない。
「お疲れ。」
車に乗り込むと運転席に座っていたバカがタブレットから顔を上げ、ミラー越しに俺を見た。
「もうこんな依頼は受けるなよ。」
「条件次第だな。」
静かに車が発進する。やたらと運転が上手いのもなんだか腹が立つ。
早くと急かしても家に着く頃には空が白み始めていた。
音を立てないように扉を開ける。
寝室を覗くと同居人はいつも通り口を開けて眠っていて、ホッと息を吐く。
手早くシャワーを浴びて隣に潜り込むと、気配を感じたのか手がこちらへ伸びてきた。
起きたのかと思ったが、そういうわけではないようで俺は眠っている同居人の腕の中に収められる。
その温もりに大きな欠伸がこぼれた。
俺と同じ施設で育ち、何故か俺だけに懐いた変わり者。自分は表で生きながら、俺が裏社会で生きていく事を決めても離れなかった狂ったやつ。
はじめは弱点になるから捨てようと思った。
でも、できなかった。そのくらいこいつは綺麗で脆くて強かった。
俺の言うことは全肯定だったこいつが唯一拒否したのが俺の引っ越しだった。こちらが困るくらいに欲がなかったのに、始めて俺に懇願してきたのだ。
離れないで。置いていかないで。いないとヤダ。
その言葉を聞いた衝撃は今でも忘れられない。
そんな少し狂ったこいつの温かさに何度助けられただろう。
俺がどれだけ人の命を奪っても、俺がどれだけ血塗れで帰っても、「おかえり」と向日葵みたいな笑顔を俺に向けてくる。
今日も、数時間後にはその笑顔で「おはよう」と言うのだろう。
だから、きっと明日もその先もお前は
(1 きっと明日も)
9/30/2023, 1:19:45 PM