《流れ星に願いを》
午後の仕事が始まる5分前。
休憩室の片隅で彼女が難しい顔をしてスマホを凝視してる。
チラリと見えた画面にはずらりと並んだ雨マーク。
アプリで天気予報を見てるらしい。
「どうしたの?」
「うん……夜までに天気回復しないかなって思って」
でもこれじゃ無理かな、と微かに漏れた声は諦め混じり。
確かに朝の天気予報でも明日の朝まで雨だって言ってたな。
「今夜、何かあんの?」
あくまで何気ない風を装って探りを入れる自分のチキンさに呆れる。
デートの予定か何かだろうか。
こんなに可愛いんだから、そりゃあ彼氏がいたっておかしくないよな。
でも女友達との予定かもしれないし。
「予定っていうか……今日、流星群の日だって言ってたでしょ」
彼女は画面に目を向けたままだったけど、小さな声で答えてくれた。
そういえば何日か前にそんな話題になったっけ。
些細な雑談を覚えていてくれたことが少し嬉しい。
……いや、嘘ついた。かなり、嬉しい。
確かに今日は流星群の活動が極大になる。
ピークの時間は真夜中から夜明けだけど、予報通りなら今夜の観測は絶望的だろう。
「流星群、そんなに見たかったんだ」
「うん。流星群ってくらいだから、いっぱい流れ星があるんでしょ。私の願いごと1つくらい叶えてくれるかなって」
照れくさそうに笑う顔。
冗談めかしてるけどその瞳にはどこか必死さも透けて見えて。
ほんのり染まった頬と耳から、その願いがどんなものだか窺えて。
ああ、これは失恋決定かな。
流れ星に願いをかけなくたって、彼女ならきっと恋を叶えられるだろう。
彼女のことを狙ってる男は多い。
このバイトの職場でも、学校でも。
でも、彼女がそんな迷信にも縋りたいって言うなら。
こんな風にがっかりしてる顔なんて見たくないから。
「流星群の極大は今日だけど、今日じゃなきゃ見れないってわけじゃないよ」
「えっ?」
「今日がピークってだけで、数は少なくなるけど前後何日かは一応見れるから。根気は必要だけど」
どこのどいつか知らないけど、恋敵に塩を送るようで馬鹿みたいだとおもうけど。
それでも彼女の顔が曇るより、晴れやかな笑顔が見たいから。
だから。
「願いごと、きっと叶うよ」
流れ星と一緒に背中を押そう。
告白もできないヘタレな同僚だけど、この一言が君の勇気の助けになればいい。
うまく笑えているだろうか。
たぶん大丈夫だと思いたい。
だって、彼女が恥ずかしそうに、でも嬉しそうに笑ってくれたから。
「ヤバい尊いもう叶っちゃったよ効果絶大すぎだよ流星群まじ感謝」
ものすごく小さな声で彼女が何ごとか呟く。
聞き返したけど「何でもない」と言うばかりで教えてはもらえなかった。
《ルール》
告白して、OKしてもらって、大好きな彼とつきあえることになった。
「ルールを決めよう」
「ルール? たとえばどんな?」
「約束はなるべく守る」
「絶対じゃないんだ」
「守るつもりでも守れない時とかあるじゃん」
待ち合わせの時間に電車の遅延で間に合わなかったり。
デートの予定が体調悪くなって駄目になったり。
一緒に帰る約束してたのに、急に先生から居残りさせられることになったり。
「いや、最後のはどうなん? そんなことある?」
「ある。昨日とかレポートの提出忘れて終わるまで居残りさせられた」
言われて思い出した。うちのクラスもそんな宿題出てた。
明日は絶対忘れないようにしないと。
「あと、なるべく嘘はつかないこととか」
「それもなるべくなんだ」
「できれば嘘なんかつきたくないけど、絶対とは言い切れないじゃん」
「そうかもしれないけど、なるべくなら嘘はつかれたくないしつきたくもないな」
「うん、だからなるべく。絶対、って縛ったら窮屈になるし」
言いたいことは分かる気がする。
でも、それなら最初からルールなんか決めなきゃ済むのでは?
疑問が顔に出ていたらしい。
彼はちょっとだけ困ったように笑う。
「せっかくつきあうんだし、どうせなら長続きしたいじゃん。それにはお互いを尊重するために分かりやすく最低限のルールを決めた方がいいんじゃないかと思って」
「長続き、したいと思ってくれてるんだ」
ずっと片想いだった。
一方的に気持ちを向けてるだけだった。
告白してもOKもらえるなんて思ってなくて玉砕覚悟だった。
だから、そんな風に思ってもらえるなんて考えてもみなくて。
その気持ちだけで拝んでしまいたくなるくらい。
なのに。
「そんな当たり前だよ。だって、俺だってずっと好きだったんだから」
「えっ」
「本当は俺から告白したかったんだけど、チキンでグズグズしてる間に先越されちゃって」
「えっ……えっ!?」
「だから、ずっと一緒にいられるように、無理しないで思ったことはなるべく伝え合うようにしよう。これが最後のルール。いい?」
照れくさそうな笑顔に撃ち抜かれて、私は首がもげるくらい何度も何度も頷いた。
お互いを尊重し合って、なるべく正直に、なるべく無理をしないで。
そうして私達はずっとずっと結婚するまで……結婚してからも、末永く仲睦まじく過ごしたのでした。
《今日の心模様》
空を見上げると細い三日月。
目を凝らせば幾つかの星も点在している。
街の灯りに邪魔されて故郷の空のようにはいかないけど、夜空は綺麗に晴れていた。
今日は10年に一度の冷え込みらしく、空気は春らしくなく冷たい。
ビュウっと吹いた風に身をすくめ、スウェット地のパーカーの前をかき合わせる。
気温だけ見れば冬に逆戻りしたかのよう。
でも、空気の冷たさは冬とはやっぱり全然違う。
寒いけど、これはれっきとした春の寒さ。
かじかみそうな指で暇潰しの定番のSNSの投稿を見るともなく追う。
今日は朝からバイトだって言っていたから彼の投稿はなかった。
一緒に見た夕焼けの空。
一緒に食べたカフェのワンプレートランチ。
一緒に遊びにいった場所。
一緒に飲んだり食べたりしたあれやこれや。
画面の上で指を滑らせ、2人の思い出を辿っていく。
春になって、生活が変わって、会う時間はぐっと減った。
先月までは当たり前に隣にいられたのに。
昨日、大学の近くで、彼が可愛い女の子と歩いているのを見かけた。
遠慮なく小突きあって、そうかと思えばゲラゲラ笑って。
その距離は、とても「ただの友達」のものとは思えないくらい近いもの。
クラスの男子達とふざけあってたときみたいな、気の置けない相手にしか見せない顔。
……私にはまだ一度も見せてくれない顔。
今日は久しぶりのデートで、昨日まではあんなに楽しみで仕方なかったのに、今は会うのがこわくてたまらない。
だってもしかしたら別れを切り出されるのかもしれない。
「他に好きな子ができたんだ」
「お前より可愛くて気が合うし」
「だからもう会えない」
そんな幻聴がぐるぐる回る。
聞き慣れたあの声でリアルに頭の中で再現されて泣きそうになる。
スワイプしていた手が止まる。
画面には、絡めあった2人の指が映っていて。
空はこんなに晴れてるのに。
月も星もこんなに綺麗なのに。
私の心模様はどんよりした曇り空のよう。
今にも雨が降り出しそうに重くて暗い雲が立ち込めてる。
息を切らせて走ってきてくれた彼と話をして、昨日のことが誤解だって分かるのは、1時間ほど先のこと。
今日の私の心模様を天気予報風に言葉にするなら
曇りときどき雨、のち、からりとした晴天が続くでしょう。