最後の声
最後の声、その声は届かなかった。直後の大きな破裂音にかき消されたのだ。あたりには静寂が漂った。
その姿を目にした時、手を大きく伸ばしたがうまいこと動かないことに気づいて、ふと見ると自分の手のひらは真っ赤に染まっていた。
全部が上手いこと動かないことに気づいて、よく見ると自分の身体中あちこちと血が滲んでいた。痛みなんてもうとうに感じなくなっていた。なのに、頭はぼんやりとしてきて目の前が黒く塗り潰されていく感覚に、必死に両目をこじ開けようとするも意思に反して閉じていく。
届かない手を伸ばす。
君は最後何を伝えたかったのだろう。
小さな愛
夕ご飯を食べ、片付けを終わらせてソファに座る。今日は先に仕事が終わっていた彼が夕食を作ってくれていたため、ここは公平にと俺が片付けを済ませた。
「お疲れ。はいこれ」
先に一息ついていた彼は、俺に向かって何かを差し出した。それは俺が食べたいと言っていた新商品のお菓子だった。ありがとうと受け取ると封を開けて一つ口に放り込む。最近流行りのチョコミントが口の中で溶けていった。
「一個いる?」
「俺はチョコミント苦手だからいらないよ」
そ?とまた一つ口に放り込んだ。
「俺が食べたいのよく覚えてたね」
「そりゃ恋人の好きなものですから」
「…自分は苦手なのに?」
「俺が食べるわけじゃないからね」
全部食べたらいいよと優しく頭を撫でられる。
この人はチョコミントというよりも、そもそも甘いものが苦手だから、お菓子コーナーを覗くことがないはずなのに、それでもコンビニに寄ったら俺が好きそうなものを買ってきてくれるのだ。
そんな優しさがたまらなく幸せに感じてしまうのだった。
空はこんなにも
梅雨時期のこの季節に晴れ間が見えている。天気予報では雨だと言っていたのに、裏切られた気持ちで雨傘を手に持ったまま帰路に着く。少しの晴れ間に、黒く澱んだ心が澄むということはなく、いっそ雨が降ってこの気持ちも綺麗に流して欲しいと思わずにはいられなかった。
地面には、昨日までの雨で出来たであろう水溜まりがあちこちに出来ていて、少し覗き込むと冴えない顔をした自分が映っていた。
子供の頃の夢
子供の頃の夢はなんだっただろう。遠い昔のことでもう朧気であるが、およめさんとか保育園のせんせいなんて、元気に言っていたような気がするし、それを周りも笑って受け止めてくれていたような記憶がある。
そんな幼い頃の私は今の私を見てどう思うだろうか。
朝の通勤ラッシュの中、職場へと向かうため渋滞に揉まれながら車の運転をする私の顔に笑顔はない。
今日も職場に行って、やりたくもない仕事をして、笑いたくもないのに愛想笑いをして仕事をこなすのだ。この世の中にそんな社会人は五万といるだろう、その中の1人に私は成り下がったのだった。
夢なんて響きのいいもの、今の私に夢見る力は残っていない。
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いつからか将来の夢が看護師になり、その職業についている私です。今の夢は何かな、およめさんかな。
どこにも行かないで
「どこにも行かないで」
呟かれた言葉は小さく掠れていて、普段の快活な彼から発された言葉だとは信じられないほど弱々しい。
俺の服の裾を掴む手も少し震えていた。俯いた表情は見えないけれど、苦しそうに歪んでいるのだろうか。
普段からもっとお互いの話をしていればよかった。そうすれば、彼にこんなことを言わせることもなかったのだろうか。
なんだか遠回りをしていたようだなと、震える手を握り込むとびくりと体を強張らせた彼はこちらを見上げた。瞳に溜まった涙が今にも溢れ出しそうで、場違いながらも綺麗だと思った。
「俺はどこにも行かないよ」
それを聞いた彼の瞳から涙がひとつ溢れた。