【誰かのためになるならば】
もう、足はない。右腕もない。眼球も取り出され、内蔵もあちこちない。残った内蔵は薬剤漬けだ。皮膚もだいぶ取られている。
腕や眼球や皮膚は移植のため。残った部分は薬や治療の実験のため。
そのために、自分は生かされている。
「しかし、こんなになって生きてるって、どんな気分なんでしょうね」
「そういうことを言うものじゃないけどね。でも、彼に限って言えば」
「言えば?」
「幸せそうだよ」
そう。
誰かのためになるならば、こんなに幸せなことはない。
ほぼ、動かない頬の筋肉を使って、ほほえんでみた。
【友情】
もう、このまま動きたくなかった。
泣くことも叫ぶことも、自分で終わりにすることも、出来ないまま、ただうずくまる。
全てが恨めしかった。
蒸し暑い。窓の外はあまりに強い光が満ちていて、でも部屋の中は薄暗い。布団に横たわって、携帯で時間を見る。辛うじてまだ午前、しかし朝というには遅すぎる。空腹を感じたので、部屋を出よう。家人が多分何か、食べるものは残してくれているだろう。そう思って、上半身を起こす。と、手にした携帯が鳴った。受信。
「俺俺!暇?」
聞こえてきたのは、長年の知人の、やや大きい声。
「詐欺か」
「やだなー分かってるでしょ。飯行こーぜ」
毎度のごとく、遠慮がない。
(でも)
「今起きたから、家出るの時間かかる」
言うと、
「待つし」
見えないけど、笑顔だろうと思える声。
(その声が)
(助かる)
「着替える」
「せくしーなの頼むわ」
ふざけた声の後に切れた通信画面を見て、携帯を置いて、カーテンを開ける。強い光、でも耐えられる光。
(もう少し、耐えてみるか)
思えたのは間違いなく、さっきの声。
立ち上がり、タンスに向かう。少しでもせくしーな服を選ぶために。
【今一番欲しいもの】
「お前は…何のために俺を倒す?」
目の前、息も絶え絶えな悪の首領が、そう問いかける。死にかけなのは、自分がとことん叩きのめしたからだ。
「何のため?」
「何が望みだ?金か、権力か、それとも」
「お前に教える義理はない」
無理矢理話を断ち切り、そいつの首もとに止めの一発。
(終わった、か)
外には、青空が広がっている。建物の中は血まみれだけど。自分のコートの中も。
ふぅ、とため息をついて、自分は歩き出す。
「欲しいもの、ねぇ」
歩きながら、一人呟く。金はある。だいたいの物は手にいれた。第一、自分は物欲はあまりない。それでも、何かと答えるならば。
「無事に、明日を迎えられる保障、かなあ」
欠伸一つ。さっさと寝床に帰って寝よう。
何事もなく、明日になるよう願って。
【私の名前】
名乗るためではなく。
呼ばれるために。
【視線の先には】
真っ直ぐに、前だけを見ている、その人を私はただ見る。
倒すべき敵を見据えて、他の事は些末な事と切り捨てて、だから私がいてもこちらを見ることはない。
自分の幸せも願望も、全て無いようなふりをしているから。
「何、考えているんですか?良かったら話してみて下さい」
顔を覗き込んでそう聞いてみる。でも、
「お前には関係ない」
(それはそうでしょうけど)
あまりにあっさりとそう言われるから、
「流石にそれは、寂しいですよ」
そう言うと、やっとこちらを向いてくれる。
(やっと視線の中に入れた)
微笑むと、また視線を逸らす。
(この人の視線の先には、私はいない)
それを知るのが怖いから、何度でも、話しかけるのだ。顔を覗くのだ。
どうか、いつか、死ぬ前でも良いから、この人の視線が、私に向いてくれるよう願って。