【私だけ】
「おはよー」
普通に挨拶したのに、クラスのみんなは私を見ていない。後から入ってきた男子、更に遅れて来た女子には挨拶を返しているのに。
授業が始まっても。
「はい、ではここ分かる人?」
そんな風に先生に聞かれて、何人か手をあげる。だから私も一緒に手をあげる。でも、
「じゃあなた」
絶対に、こちらを見ていない先生の視線。
昼休みも。
「腹減ったー」
「今日購買で買ってくる」
「やべー委員会の呼び出し来た」
そんな言葉と供に、教室内を移動する人々。私の前を、まるでいないかのように通り過ぎ、そしてこちらを見ることもない。
私だけ、ここにはいないようだ。
「この教室、ちょっと寒くない?」
「『いる』って話だよ?」
【空を見上げて心に浮かんだこと】
幼い頃から、ボーっと空を見ているのが好きだった。
青く広がる、雲が多く、太陽の光も届かず、雨が落ちてくる。
月が支配し、星が僅かに、そして満天に輝く。
何を思っていたかは、もう忘れてしまったけれども。
今もまた、空を見上げて、そしてそれだけで良いのだ。
心には、何かが入っていっている。確かに。
【優越感、劣等感】
可愛くて。勉強も運動もできて。みんなにもてて。
そんな彼女のそばにいる、自分が抱くのは劣等感ではなく。
そんな彼女のそばにいられる、優越感。
【これまでずっと】
「ずっと、言わなかったけど」
風が彼女の髪を揺らす。彼女はそれを手で押さえて、
「あなたのこと、好きじゃなかった」
「そうか」
彼女の態度には気付いていた。なんでわざわざ今、そんな話をするのかも。
「お別れだね」
「そうだね」
二人で肩を並べて歩く道、目の前は分かれ道で、自分は右、彼女は左に行く。もう、一緒に歩くことも、話すこともないだろう。
「さよなら、気をつけて」
いつもの、最後の挨拶。
「さよなら、そっちこそ」
だからこっちも同じ返しで答える。そして、背を向けて歩き出す。
(もう二度と会えないけれど)
(だから、相手を傷つけないように。悲しませないように)
(明日から、自分は)
どこへ行くのか思い出して、ため息をつく。
「ほんとはね!」
後ろから声がして振り返ると、彼女が涙を流しながら、
「ずっとずっと、これまでずっと、これからもずっと、」
彼女のセリフが止まる。自分が抱き寄せたからだ。走って彼女の前まで行ったから、息が切れている。でも構わず抱き締めて、一緒に泣いた。彼女も、泣いてくれた。
(明日の病院、行きたくないな)
泣きながら、思っていた。
【私の当たり前】
日が出るぐらいに、目を覚まして布団から出る。
窓を開けると、少し涼しいぐらいの気温の空気が、部屋に流れてくる。今日は晴れそう。
予約しておいた炊飯器が音をたて、ご飯が炊けたと言ってくる。聞きながら、卵を割る。今朝はだし巻き卵。昨夜の残りのほうれん草のお浸しと煮豆。やっぱり残り物の玉ねぎとじゃが芋の味噌汁を温めながら、グリルで鯵の開きを焼く。卵と魚の焼ける匂い。
しばらくして。
「いただきます」
おかずは大きめワンプレートに。味噌汁と、炊きたてご飯に糠漬けきゅうりと梅干し。
ゆっくり噛んで、口の中が幸せになる。
(ご飯残りは、おにぎりに)
お弁当は今焼いた卵と、昨夜作っておいた鶏ももソテー、きんぴらごぼう。ミニトマトも。
「さっさと食べて、仕事行かなきゃな」
誰もいないけど、呟く。
窓から、段々と強くなる光が差し込んでくる。
「毎朝?手作り朝食&お弁当?大変じゃない?」
ハテナマークを沢山つけて、そう同僚に驚かれる。けれど、
「もう、当たり前だし」
「すごいなー私絶対無理だ」
一応褒められたかも、なのでにっこり笑って流してみた。
(鶏ももソテー旨し。きんぴらごぼうも上手くいった)
頭の中は、そんなことを思いつつ。