【「ごめんね」】
「ごめんね」
そう言った時の、あいつがどう返したか、どんな顔だったか、全然覚えていない。
ただ、近くを走る電車の音、強かった風、窓から差し込む夕日がやけに眩しかったこと、そんなのばかり記憶にある。
もう会えないかもしれないから、もう一緒に活動できないだろうから、だから。
「ごめんね」
自分が泣かなかったか、笑っていられたか、それも覚えていない。
【半袖】
半袖を着るのには、少々勇気がいるのだ。
今暑いと思っても、一日通して半袖で大丈夫か寒くならないか、暑いなら日焼け止めは必要か、腕の無駄毛は、等々。
何より。
「おっ、今日半袖?あっついもんなー」
そいつに笑顔で話しかけられて。頑張って笑顔を返しながら、
「うん、暑いね」
(ああ、見せて良い生腕だったかな、太く見られてないかな、汚いとか思わないかな)
緊張する。
だから、半袖は勇気がいる。
【月に願いを】
「流れ星って、願い事叶えるって言うじゃん」
「消えるまでに三回言えば、叶うってあれね」
「あれさ、月だったらよくね?」
「なんて?」
「だからさ、月に願いをかけられたら、もっと大きい願い事出来そうじゃない?」
「月、流れ星なったら怖くね?」
「怖いけどさ」
笑って、そいつは外を見て、
「小さい星だったら、無理そうだからさ」
ベッドに横になったまま、点滴に繋がれた腕を少し触って、ちょっと微笑む。
自分は、一緒に暗くなってきた外を見ることしか出来ない。
月が、輝き始めていた。
【また明日】
彼女の手を、そっと離した。
彼女は左に、自分は右に向かう。お互い、視線を合わせて、少し笑う。
「また、明日」
「うん、また明日」
いつものように言い合って、同時に背を向け、歩き出す。
視界は段々ぼやけてきて、それで自分が泣いてることに気付いたけれど、拭いもしないでそのまま歩く。
もう、明日には会えないことは知っているけど、それでも、いつもの挨拶をしたかった。それだけで。
涙が、ずっと止まらないまま、歩き続ける。
【透明】
朝起きたら、手が透明に見えた。
「?」
よく見たら、体全体、身に着けた服も、手に取ったスマホも、透明になっている。
自分の全てが、他の人には見えなくなっているのだろうか。
そのまま外に出る。何人か歩いている人がいたけど、こっちが仮面ライダー変身ポーズをしても、一人マイムマイムをしても、こっちを見る人はいない。声も透明なのか、大声を出しても驚きもしない。
「……やった」
つい、声が漏れる。
これから、全てが自由なんだ。ずっと一人でいられるんだ。
もう、自分で死を選ばずとも。
自然に笑顔になっていく。