ただの社畜

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12/23/2023, 11:01:57 AM

戦争中激しく鳴り響く不快な音たちにおれは小さく息をついた。
久しぶりの前線。それも最前線。またまたどうして。いつもは監視塔及び司令室に引きこもり戦争中でさえ滅多にそこから出ないのに。そんなおれがどうしてこんな場所にいるのだろう。
そんなわかりきったどうでもよいことをぼぅっと考えていると、その隙を狙って敵国の兵士が何名か束になりこちらへ向かってきた。
なぜ、なぜか。それはおれが自ら希望したからだろう?
この戦場に自軍の幹部はおれしかいない。さらに、一般兵ですらごく僅かだ。対して敵軍はもともと数の暴力でゴリ押すことで有名な国だ。
あぁ。あぁかわいそう。戦う意志さえないただの市民が。戦う理由すら知れないただの国民が。自分の未来すら選べない哀れな軍人が。とてもとても。
「かわいそう」
ぼそっと呟くと、その思考を消し去るように自ら箍を外した。
「あは。あはは。あはあはあはあは。かわいそう。かわいそう。かわいそう…だからおれが殺してあげるね」
お前らのその目が。その目が嫌いだ。なにもかも諦めて、でも指示には従うしかなくて。自害なんてできなくて。だから早く殺して欲しくって。でも死ぬのは怖くって。ありえる筈もないもしかしたらにどうしようもなく。みっともなく縋り付いて。そんな自分が大嫌いで。醜くて。
昔のおれを思い出すから嫌いだ。あの国も。お前らも。弱すぎたおれを。何も出来ないくせに成功体になり続けたおれを。この国に出会ってから思い出すたびに何度も。何度も、殺してきた。押し込んできたおれを。なんの気もなく引きずりだしてくるんだ。
初めてこの国を見たあの日から。絶対にぶっ潰すって決めてたんや。おれが。この手で。
こんなことで昔が消える訳やない。そもそもここはおれを壊した国やない。でも。それでも。
「んふ。んふふ。あは。あはあはあは。
死は救済や。お前らだってそうやろ?今日はまだ聖なる日やないけど、おれが最高のプレゼントをくれてやるよ。あは。あはははは。楽しいな。たのしいなぁ!!もっとおまえらもたのしもうや!!!」
前線は久しぶりや。でも人を殺すのは毎日やってる。
大丈夫。ちゃんと、

「一瞬で終わらせたる」

お題「プレゼント」
桃視点

12/22/2023, 11:50:52 AM

「俺ココアがいい」
おれが差し出したゆずのホットドリンクを受け取りながら緑の彼は少し口を膨らませた。

「ん〜ココアは朝飲んだやろ?いつも通りちゃんとはちみつたっぷり入れてあるからゆっくり飲むんやで」
とまた彼が駄々をこねないようにいつもはフードで隠れている男にしては少し長めの髪をくしゃりと撫で、もう片方の手で持っていた自分の分を両手に持ち直した。猫舌な彼が飲みやすいように微調整をしたため熱すぎることもなくほんのりとした心地の良い温もりが両手に伝わってくる。軽く息を吹きかけこくりとひとくち。一般的に売られているそれより随分と甘いが、今はその甘さが体に染み込んでいくように感じて、ほぅと無意識に肩の力が抜けた。
その様子を横目で見ていた彼も、諦めたのかちびちびと飲んでいた。

「そういえば、なんで急に嫌がったん?ゆずのホットドリンクなんて今更やん。」
ココアの気分だったの?と何の気なしに聞いてみる。
すると彼は緩く首を横にふった。
「ココアが良かったんやなくて、ゆずが嫌やったん」
と話し始める。
「これさ、寒くなるとほぼ毎日一緒に飲むやん?だからね、体が覚えちゃったの。これを飲んだら安心するって。この甘くて温かい匂いで絆されそうになる。すぐに弱い俺になっちゃう。味方最大の脅威なんて忘れちゃう。最大戦力なんて言えないような思考になっちゃうの。…。……俺はねこの時間が大好きなんよ。冬は嫌いや。寒いのも嫌いや。だけど、この時間だけは。この匂いだけは。この大嫌いな季節の唯一の安心できる時間なんや。だから…だからね、たまにすごく不安になるんよ。」
言葉通りだんだんとふわふわしたような話し方になっていく彼の頭を今度は優しく撫でた。
…そういえば、明後日から長期任務に行く予定だったか。冬に、寒さにめっぽう弱い彼は寒くなってからは絶対に長期任務を入れない。それは、この彼で言うところの「安心できる温かい時間」がなくなってしまうからなのだろう。彼はたまにこの時間に依存してしまう。頼りすぎてしまう時もある。でもそれで良かったんだ。これはおれなりの。大事な仲間で相棒で人生を共に生きる彼への。近すぎてもう直接伝えるには少しこそばゆい。言葉にしない思いだから。気づかなくていい。むしろその意味を知らなくていい。
でもこの匂いを。味を。甘さを。暖かさを。温もりを。どうか忘れないで。
どんなに寒い日でも。おれがお前の隣にいる限り何度でもこれで包み込んであげるから。ただの1人の人間として。
もうすでにうとうとしている彼を起こさないように、この温かすぎる空気を胸いっぱいに吸い込み微笑む。
「どうかお前がずっとずっと――でありますように。」

お題「ゆずの香り」
桃色視点(緑桃)

12/21/2023, 12:15:02 PM

「はよ、そんなとこからおりてきぃ」
と、タバコをふかしながら僕は上を見上げた。
そこは、軍内で一番高い塔の上で。とてもとても高い場所で。そこから落ちたら常人では死んでしまうような高さで。一番、空に近い場所だった。

僕の同僚で、後輩で、面倒を見て、面倒を見られていて。まぁ、そんな感じの存在がいる。
いつもはのほほんとしてて、悩みなんてありませんよ、弱みなんてありませんよって感じで仕事してて。
そんなアイツにはひとつの癖がある。
ふとした時、困った時、疲れた時とか、まぁ、要するに普通じゃないとき。何かあった時の癖。
それが、この軍で一番高い監視塔の最上階のもっと上。屋根のその上。一般的に相輪と呼ばれている場所まで登り空を見上げひたすらに。何時間も。長い時では一日中。ただただぼーとしているのだ。
アイツと仲のよい何人かは気づいているようだが誰も触れようとしない。あのかまってちゃんの彼でさえ一度も突撃していない。それは場所の問題ではない。
その瞬間のアイツが纏う雰囲気のせいだ。
今にも空へ飛んでいきそうな。空へ帰ってしまうような。空へ溶けてしまいそうな。空に攫われてしまいそうな。そんな危うい空気を纏わせているのだ。
僕が一番最初に気づいた癖。僕が一番最初に見つけた場所。始めて見た時からその姿が儚げで、美しくて、見惚れてしまって、息を飲んでしまって、かける言葉を忘れてしまって。とても恐怖した。

だからおれはお前を「天の声」なんて呼んでやらない。そんな呼び方を定着させてやらない。雲の上の存在だなんて思わせない。こいつはただの人間なんだって。おれらと同じ人間でこいつもここで生きてここで死ぬんだって忘れないように。お前もおれも。みんなみんな忘れないように。誰も声がかけられないこのお前をこの大空から奪い返すように。お前の居場所は地上なんだって。この軍だけなんだって。
そして今日も僕はひょうひょうと空気が読めないようなアホなフリをしてお前を地上に引きずり下ろすのだ。

お題「大空」
青視点(青桃)