ただの社畜

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「俺ココアがいい」
おれが差し出したゆずのホットドリンクを受け取りながら緑の彼は少し口を膨らませた。

「ん〜ココアは朝飲んだやろ?いつも通りちゃんとはちみつたっぷり入れてあるからゆっくり飲むんやで」
とまた彼が駄々をこねないようにいつもはフードで隠れている男にしては少し長めの髪をくしゃりと撫で、もう片方の手で持っていた自分の分を両手に持ち直した。猫舌な彼が飲みやすいように微調整をしたため熱すぎることもなくほんのりとした心地の良い温もりが両手に伝わってくる。軽く息を吹きかけこくりとひとくち。一般的に売られているそれより随分と甘いが、今はその甘さが体に染み込んでいくように感じて、ほぅと無意識に肩の力が抜けた。
その様子を横目で見ていた彼も、諦めたのかちびちびと飲んでいた。

「そういえば、なんで急に嫌がったん?ゆずのホットドリンクなんて今更やん。」
ココアの気分だったの?と何の気なしに聞いてみる。
すると彼は緩く首を横にふった。
「ココアが良かったんやなくて、ゆずが嫌やったん」
と話し始める。
「これさ、寒くなるとほぼ毎日一緒に飲むやん?だからね、体が覚えちゃったの。これを飲んだら安心するって。この甘くて温かい匂いで絆されそうになる。すぐに弱い俺になっちゃう。味方最大の脅威なんて忘れちゃう。最大戦力なんて言えないような思考になっちゃうの。…。……俺はねこの時間が大好きなんよ。冬は嫌いや。寒いのも嫌いや。だけど、この時間だけは。この匂いだけは。この大嫌いな季節の唯一の安心できる時間なんや。だから…だからね、たまにすごく不安になるんよ。」
言葉通りだんだんとふわふわしたような話し方になっていく彼の頭を今度は優しく撫でた。
…そういえば、明後日から長期任務に行く予定だったか。冬に、寒さにめっぽう弱い彼は寒くなってからは絶対に長期任務を入れない。それは、この彼で言うところの「安心できる温かい時間」がなくなってしまうからなのだろう。彼はたまにこの時間に依存してしまう。頼りすぎてしまう時もある。でもそれで良かったんだ。これはおれなりの。大事な仲間で相棒で人生を共に生きる彼への。近すぎてもう直接伝えるには少しこそばゆい。言葉にしない思いだから。気づかなくていい。むしろその意味を知らなくていい。
でもこの匂いを。味を。甘さを。暖かさを。温もりを。どうか忘れないで。
どんなに寒い日でも。おれがお前の隣にいる限り何度でもこれで包み込んであげるから。ただの1人の人間として。
もうすでにうとうとしている彼を起こさないように、この温かすぎる空気を胸いっぱいに吸い込み微笑む。
「どうかお前がずっとずっと――でありますように。」

お題「ゆずの香り」
桃色視点(緑桃)

12/22/2023, 11:50:52 AM