掃除機をかける音で目が覚めた。
今日の太陽は随分と機嫌が良いようだ。
彼が家事をする横でスマホをいじるのも気が引けるので布団でも干してみる。
掃除を終えた彼がコーヒーをいれてくれる。いつもはブラックを飲む彼がミルクと砂糖を入れる。私も真似して今日は甘めのコーヒーだ。
甘さとあたたかさがスっと心に溶けてゆく。
何とはなしにテレビをつけてみた。ぼんやりとワイドショーを眺める。内容はあまり頭に入ってこない。
気づけば彼は隣で本を読んでいた。
私はお昼ごはんの支度にとりかかるとしよう。
今日のお昼ごはんは昨日の残りの唐揚げがメインだ。お米を炊いて、冷蔵庫に少しだけ残ったお野菜たちは適当に切ってスープにする。
もうすぐ炊ける白米の香りとコンソメの香りで部屋が満たされたころ、彼がキッチンを覗きに来た。
唐揚げをレンジにかけてくれる。これだけの量では不満なのか、冷凍庫からストックのたこ焼きを取り出してチンしている。
ご飯とスープも盛り付けて、さぁ、お昼ごはんの時間だ。
今日も少しだけ微笑みながら彼がご飯を食べてくれる。私はそれだけで幸せだ。
食器を片付けたらいよいよ本格的なダラダラタイムのはじまり。彼は本の続きを読み、私はずっと見たかった韓ドラを一気見する。
彼は別にあたたかい言葉をくれるわけじゃないし、気の利いたこと一つ言ってくれた記憶はない。
でも彼の隣はいつもあたたかい。私の居場所はここなのだと言ってくれてるような気がする。
静かな日曜はゆっくりと過ぎていく。
インターホンが鳴る。少しだけ動悸がする。
この動悸は彼女を恐れているからか、申し訳なさか、それともまだ好きだからなのか。よくわからない。
ドアスコープをのぞくと彼女が立っている。
居留守を使おう。
スマホが鳴る、彼女からのDMだ。もう3日も返信していないDMは気づけば未読が40件を超えていた。
「今日のところは帰ってくれないか」
そう送るとすぐに既読がついた。
「もういい」と一言だけ返信がくる。
この瞬間、僕と彼女の関係はだんだんと広がっていったヒビのところから綺麗に割れた。
彼女は僕に依存していた。
友達だった頃はよく笑いながら「メンヘラだから彼氏できないんだ」と話していた。
それを承知で付き合った。しかし応えれば応えるだけ加速していく彼女の要求に疲弊してしまった。
1週間が経ち、彼女に近いうちに話せないかとDMを送った。既読無視された。それ以上はなにも送れなかった。
次の日、大学で彼女の友人にそれとなく彼女のことを聞いてみた。その子曰く、彼女は冷めたらしかった。
あんなに尽くしたのに、こんなにあっさり終わってしまうのか。そんな思いがふつふつと湧き上がる。
と同時に彼女の要求に応えられない僕に存在価値はないのだとも思った。
彼女は絶対に僕から離れていくはずがないという根拠の無い自信だけが僕を守っていたみたいだ。
彼女しか僕を生かしてはくれないのだ。
僕は彼女の部屋のインターホンを押した。
反応はない。
駅前の時計を見ると午後4時を過ぎたところを指している。
さっきまで入道雲が遠くで虚勢を張っていると、そう思っていた。舐めていた。今は私が舐められているようだ。
雨は嫌いなわけじゃない。でも今日じゃない、今じゃないよ。
なかなか当たらない天気予報に苛立ちを覚えつつ、折りたたみ傘を広げる。私の心配性もたまには役立つものだ。
だだっ広い灰色は雨に濡れ、いつもより少しだけ濃い灰色だ。
私のブラウスにはぽつぽつと少し濃い緑色の水玉ができていく。左手に提げたデパコスのショッパーたちが濡れるのだけが気になる。
いつもならただ通り過ぎるファミレスの前にチョコレートパフェののぼりが立っている。今日はもう既に予算をオーバーしている。一瞬、躊躇ったが気づいた時にはもう周りが家族連れと学生たちの賑やかな声に包まれていた。
土曜日の夕方だ、おひとりさまは慎ましく端の席でスマホでもいじっておこう。
茶色いパフェの中のさくらんぼはひとりぼっちのようだ。
「私と一緒だね」と心の中で呟きながら口へ運ぶ。胃の中でチョコレートたちと混ざりあえることを願う。
外に出ると雨はもうあがっており猛暑のせいか道路の色は薄くなりはじめている。
蒸発しだした雨で蒸し暑さはぶり返しそう。
部屋の隅に少しだけ溜まった涙も乾いたころだろう。
途中コンビニで1本だけストロング缶を買って家へ帰った。
明日も猛暑の予報だから、ちょっとくらい泣いても大丈夫。