スマイル
「あと、スマイル1つください。」
1番嫌いな注文が入った。
ほとんどは茶化しか罰ゲーム。
若い男の子たちが大半だ。
「....はい!ありがとうございます!」
そう答えて笑っては見せるが、マスクの中では頬が引きつっている。
どこにも書けないこと
鉛筆を持っては机に置く。それを繰り返す。
私の目は、ノート、机、教科書、消しゴム、メモ帳、用紙。それぞれを目に写してはため息を吐く。
彼と同じ学校へ行きたい。
彼の希望校を知っているが、私には賢すぎる。
学校名を書きたいけど、書くことはできない。誰にもバレてはいけない。友人でいられなくなるから。
卒業式の日、彼が友人と肩を組んで校門をくぐり抜ける姿を見た。
誰にもバレずに今日を迎えられた。
私の進学先と彼の進学先は交わることはなかった。
最後だからと、消しゴムと鉛筆を取り出す。
消しゴムカバーを外して、鉛筆を手に取るけど、手が止まってしまった。
やっぱり、彼の名前を書くことは出来なかった。
時計の針
時間が無い。
いくらあっても足りない。
そんな思いで、貴方に会える瞬間を心待ちにする。
お互いに忙しくて、会えてもすぐに離れることになる。とても悲しい。
「まだ行かないで!」
そう言うことができればどれだけいいだろうか。
でも、余計なプライドでその一言が言えない。
そうして、貴方と巡り会い、離れる。それを繰り返す。
それが、長針と短針。
それぞれが重なる一瞬の出来事。
溢れる気持ち
あれがしたい。
これもしたい。
ああなりたい。
こうありたい。
そう、気持ちを包み隠さず大きな声で言う貴方は、眩しく感じる。
眩しすぎて、目を逸らしてしまう。ちょうど、真夏の太陽のようだ。
1度、聞いてみたい。
どうしたらそんなに気持ちを表現できるのか。
どうして、気持ちが溢れるほどの感性を持っているのか。
そんなことを聞くと、貴方は呆れるだろうか。
いや、聞かなくともわかる。
自分を押さえ込みすぎたのだと。心を凍らせすぎたのだと。
思えば幼少期は気持ちが溢れて止まらないことが多かった。それを、“年上だから”といなされて、感情の抑制を覚えていった。
押さえ込みすぎて、心が溢れるほどの感情は不要だと判断したのだろう。
失くしたものを取り返すように、必死に自分の心に耳を傾けるが、声の聞き方を忘れてしまった。
壊れてしまったのだろうか。
いや、感情が知らぬところで溢れて、壊れてしまったんだ。
きっとそうだ。
いつか心の声を聞けるようになれば、この足枷のような病気も治ると信じたい。
Kiss
静かに眠る彼女の額に、1つのキスを捧げた。
彼女は微笑んでいて、僕の胸は苦しくなる。
今朝、いってきますとキスをした。
彼女は可愛い笑顔でキスに答えながら、いってらっしゃいと笑っていた。
少し体温の高めな彼女の唇が好きだった。
その唇が、今はもう温かくないことを知っている。それに耐えられる自信がなくて、額へキスを落とした。
翌日、多くの人が彼女に別れを告げにやってきた。
最後の1人を見送り、僕もこの場を離れようと思うが、どうしても彼女のそばを離れたくない。
そろそろお時間です。と、係の人に部屋の外へ押し出された。
「すみません。」
僕は係の人の静止を押し切って、彼女の元へ駆けた。
彼女の顔をもう一度見て、唇にキスをした。
「ただいま。....いってらっしゃい。」
最後のキスは、冷たくて、ほんのり塩の味がした。