勿忘草
車に乗ると、意味深な表情で私を見る友人がいた。
「なに。」
私は前回会った時にした喧嘩をまだ引きずっていて、今日は渡すものがあるから来ただけだった。
「はい。それじゃあ、帰るから。気をつけて。」
それだけ言うと、私は車から降りて帰路へ着く。
「待ってください!」
後ろから追いかけてきたのは、友人の隣にいた子だった。
「待ってください、ほんとに、これで終わりでいいんですか?もう、会えなくなるかもしれないですよ。」
この時私は、別にいいと思った。
ただ、必死になって説得しようとするこの子が可哀想になり、私は車へ戻った。
「この子必死だったから戻っただけだけど、なにかあるなら早くしてくれる?」
私は、この時とても冷たい顔をしていたと思う。
少し言い淀んだ友人は、静かにピンク色の勿忘草を差し出した。
「....ごめん。この前言いすぎた。」
私は冷めた目で勿忘草を見つめる。
追いかけてきた子が、受け取ってくれと目で訴える。仕方なく、それを私は受け取って、上辺だけの、「いいよ。こちらこそごめん」を口にした。
後に、この選択を思い出す度に良かったと思うようになった。
今も隣にいる友人は楽しそうに私にこれを見せたかったとTikTokを見せてくれる。
今では唯一無二の友人だと、胸を張って言える。
それが、私たちだ。
勿忘草:私を忘れないで 真実の愛 誠実な愛
ピンク色の勿忘草:真実の友情
ブランコ
キィ、キィ。と小さく音を立てる。そんな古びたブランコに腰掛けた。
時間は明け方の4:00。公園には誰もいない。
そんな時間に、私はタバコと缶チューハイを両手にブランコに腰掛けた。
明日も早い。
それでも、仕事が終わらず帰るのがこの時間になってしまった。
立ち仕事で足は限界を迎えており、どこかへ座りたかった。
昔はこのブランコで遊んでいたのに、大人になると漕ぐことすら忘れてしまったらしい。
ただ、足をプラプラと浮かせて、風の吹くままに揺られた。
あなたに届けたい
“世界で1人 あなただけに
あなただけの元に 届くように
歌っているよ 聞こえてますか
気付いてほしいよ 私の想い”
イヤホンから流れてきたラブソングに、心を奪われた。
いつものように、知らない曲も聞きたい私はシャッフル再生していた。そんな中、流れてきた曲だった。
あいつだけを見ていた。
あいつに私の気持ちが届けばと願っていた。
でも、私はこの気持ちを歌うことはなかった。
隠して、隠して。誰にも見せないようにしていた。
あいつ自身にも隠していた。
だから、あいつに届かなかったのかもしれない。気づかなかったのかもしれない。
好きだと伝えると、面食らった顔をしていた。つい1時間前の出来事だった。
<引用 erica:あなたに贈る歌>
I LOVE ...
私は愛しています。
何を?
私は、何を愛しているのだろうか。
彼のことを、愛せていただろうか。
明るく元気な彼。人懐っこい彼。少し臆病な彼。真面目な彼。いつもしたいことがある彼。
彼らのことを、愛せていたのだろうか。
人として、好ましく思っていた。
それは、好ましいだけで、愛せてはいなかったのではないだろうか。LOVEではなく、LIKEなのでは無いだろうか。
私は音楽が好きだ。楽器が好きだ。
きっと何よりも好きで、音楽がない世界なんて想像できない。
それなら、私は音楽を、楽器を愛しているのだろうか。
楽器が恋人なんて、よく言うけど、私は恋人になれていたのだろうか。趣味ではなく、音楽と恋人になれるほど、音楽を愛せているのだろうか。
LOVEではなく、LIKEなのでは無いだろうか。
私は愛していますか。
私は何を愛していますか。
わからない。
夏目漱石は、何を思って月が綺麗ですねと言ったのだろう。
優しさ
1人の男がピアノを弾いていた。
夕方の音楽室は影が伸び、赤く染まり、現実離れした美しさだった。
そんな中、男の弾くピアノは子守唄を奏でていた。
ピアノの向かいの席にある机には、女が突っ伏していた。
男のピアノを伴奏に、むにゃむにゃと何かを言いながら笑う女は夢の中にいる。
ポロンと曲を弾ききった男は、静かに立ち上がり、自分のブレザーを女に被せた。
そして、また。
ショパン、モーツァルト、チャイコフスキー。
優しい音色で奏でられるそれらの曲は、女が目覚めるまで鳴り止むことはなかった。