虹の架け橋🌈
大雨の中、傘を片手に帰路につく。疲労した身体に鞭を打ちながら歩く日々にウンザリしていた。
明日も、明後日も、その次も、同じような1日が待ち構えている。
赤信号を前に立ち止まり、今日の1日を思い返した。
あれができなかった。
これが上手くいかなかった。
あの時こうしていれば。
なんて、自己反省会をして、自然とため息が零れる。
そろそろ青になったかと思い、前を向くと同時に、目を覆いたくなるような明るい光に照らされた。
そこにはいつもは無いはずの橋が現れていた。
どこまで続いているのか分からない橋に、興味を持ってしまい、1歩、また1歩と登り始めた。
いつの間に雨が止んだのか、青空が広がっていて、傘を閉じる。辺りになんの遮蔽物もないその空間が空の青さを際立たさせていた。
やっと橋の中腹に来て、反対の麓が見えてくる。
誰かの人影がポツリと見える。
下りは楽だ。
いつの間にかとても軽くなった身体が軽やかに橋を降りだす。
橋を下ると共に朧気だった人影が、やっとはっきり見えた。その人影は、知っている人だった。この頃全く会えてなかった人物に会えて、嬉しくなり駆け出した。
橋を降りてすぐ、その人に抱きついた。それまで無音だった世界に音が帰ってきたが、そんなことはどうでもよかった。
抱きついたその身体は、最後に会った時よりもしっかりしていた。
会いたかったのだと伝えると、その人は悲しそうにこちらの頭を撫でた。
ふと、音に意識を向けた。
けたたましいサイレンの音、ザワザワとした人の声。
あちらにいた時は見えなかったが、こちらからは橋の向こう側がはっきり見えた。渡ってきた橋は虹色に光っていて、その向こうには大きなトラックが歩道に乗り込んで電柱にヒビが入っている。
『悲しくないよ。』
ポツリと相手に伝え、微笑んでさらにその先へ2人で進んだ。案内してくれるらしい。
明日から、今日までと違う1日になるのだと確信して、心が弾んでいた。
既読がつかないメッセージ
“またあしたね!”
今日もまた、ふとトークルームを覗いてしまう。
この字列に、胸を鷲掴みされたように痛む。それでも見てしまう。
メンバーが誰もいないグループLINE。それがこのトークルームの正体だ。
あの子にいつも言っていた言葉。
あの子にいつも言われていた言葉。
あの子に今でも言いたい言葉。
あの子に、あの日、言えなかった言葉。
LINEなんか無かったあの時代、あの子とは面と向かわないと話すことしか出来なかった。
それなのに、言いそびれた言葉が今も重くのしかかってきて、自責の念に駆られる。あの日、あの子に、この言葉を言っていれば何か変わったのかもしれない。今からでも伝えたら、会えるかもしれない。過去が現在が描き変わるかもしれない。
LINEを手に入れた時、あの子と繋がれたら。そう思うと、トークルームを立ち上げ、あの時のやり直しの言葉を送った。
あの日から15年。
送った日から10年。
あの子は既読すらしてくれない。できるはずもない。
毎回卒業式で旅立ちの日にを歌えない。
♪懐かしいともの声 ふとよみがる__
あの子の声がよみがえって、涙が出る。歌えなくなる。
すぎた事だと、認めたくない。
トークルームに表示された文字は風化することはない。
私とあの子の思い出も、風化させたくない。絶対に。
置いていかれた、重い重い後悔と悲しさを背負って今日もまたなんとか生きた。
記憶
なんとなく目が覚め、時計を見るとあと5分で起きる時間だった。
少し早めに布団から出た私は、疲れの取れていない重い体を動かし支度を始めた。就職を機に引っ越した友人と1年振りに会う約束をしていた。
身体に残る睡眠薬を漢方の力で相殺し、カフェインを身体に流し込んだ。
電車の人混みに気持ち悪くなりながら、待ち合わせ場所に到着した。そこには、友人がいた。
『ひさしぶり!』
足取り軽く、彼女の元へ駆けたが、彼女はピクリとも反応しない。
イヤホンをしてるのかもと思いながら、隣に立つ。
『お待たせ。』
しかし、彼女はまだ反応がない。
『ねぇ....。』
私は彼女の肩に触れようと手を伸ばした。
その時、初めて彼女は私を見た。
「....どなたですか?」
予想だにしなかった返答に、言葉が続かない。
その時、通行人が私のそばを通った。
避けきれず、ぶつかったはずの通行人は何も無かったかのように歩き去っていった。
『....そっか。』
昨日、寝る前に願ったことが叶ったのだと気づいた。
毎晩、寝る前に願ったことが叶ったのだと気づいた。
私という存在は、この世界から、みんなの記憶から、消えていた。
もう二度と
“次は、〇〇駅に止まります。Next stop . 〇〇”
イヤホン越しに耳にした駅名に、ふと顔を上げ、立ち上がりかけた。
学生時代、何度も聞いた駅名に、無意識に反応してしまったのだ。
(あ、ここちゃうし、乗り過ごした....。)
自分のミスに気づき、慌てて降車の準備をした。
停車した電車から降りると、懐かしいホームが目に入る。
思わず立ち止まりそうな足を動かし、反対方向のホームへと足を運ぶ。
なんとなく、あの頃の記憶を避けて、この路線を、この駅を避けていた。実に10年振りだ。
“あ....。”
ホームに向かう途中、1枚のポスターを見つけて、遂に足が止まってしまった。
〜〜バレエスクール 発表会と、大きく書かれた文字の下に、くるみ割り人形と演目が記されていた。
(去年の発表会かな....。)
文字のバックに印刷された写真が、懐かしい。
しかし、当時とは体重も体型も変わった自分は、もう踊れないと自覚していて、ため息と共に足元を見た。
つま先を外に向けた何故か抜けない癖がそこにはあった。
bye bye ...
“あがります、お疲れさまです。”
いつものように周りに声をかけて、長くも短くも感じる4年間勤めたアルバイトのタイムカードを切った。この作業も最後だ。
あまり見送られたりするのが好きじゃなくて、今日が最後のことはほとんど言わずにこの日を迎えた。
“今日もありがとうなぁ、おつかれ!”
お世話になったフリーターの人達がいつものようににこやかに返事をくれる。
“お疲れさまです!”
後輩たちも、ペコッと頭を下げながら返事をくれる。
いつもと同じ雰囲気に、少しホッとした。
控え室に入り、制服を脱いだ。
いつもより、少し綺麗にたたんだそれを少し見つめたあと、控え室をぐるりと見渡した。
夜中までサビ残して怒られたことや、長めの休憩中に主婦の人達と話したこと、店長に褒められたこと、みんなで掃除をしたこと、色んな思い出が浮かんでくる。
懐かしいなぁという思いと、少しの寂しさが入り交じる中、制服をカバンに詰め込み、油まみれになった靴をゴミ箱に入れた。
お世話になりましたと一言メモを添えた名札をテーブルに置いた。
カバンを肩に、控え室の入口前に立ち、もう一度部屋を見渡した後、深く一礼をした。
“....4年間、お世話になりました。”