『鏡』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
#3『鏡』
好きなアーティストさんのアルバムに
『鏡よ鏡』という歌が入っていた。
恋愛の歌が多いんだけど、
白雪姫をイメージした内容だった。
元々声が好きで良く聴くようになったんだけど
今私がコンセプトとか考える機会が増えて
モノ作りをしている人として見ると
また違った凄さを感じる。
私もいつか何かを形にできるだろうか?
詩歩
『鏡』
「鏡よ鏡、この世でいちばん美しいのは誰?」
少女は今日も鏡へ問いつめる
白雪姫のようなお伽話では無いからもちろん鏡は答えない
だが少女は毎日鏡に話しかけていた
家族だって、クラスの誰だって、道行く人達だって己に勝るものはいないと思っていた
自分こそが1番輝いている、最も美しいのだと
だが自体は思わぬ方向に向かった
今日も少女は鏡へ問い詰める
「鏡よ鏡、この世でいちばん美しいのは誰?」
その瞬間、鏡が勢いよく割れた
ガラスの破片が勢いよく飛び散り、そのひとつが少女の目に飛び込んだ
『何が起きたのだろう?』
『目の前が真っ暗で何も見えない』
少女は酷く混乱していた
そして割れた鏡に誰かの姿がうつる
それは、自分が最も美しいと過信していた少女であった
今の姿とはとって違う、誰からも愛されて常に1番上に立っている己だ
そして少女は初めて己の醜さを思い知った
作 有栖川
鏡を見るといつも同じ自分が写っている。だがいつも違う自分の顔が鏡の前の自分をのぞいている、私は陸上部に所属している高校生だ。種目は競歩と長距離走をしている。シーズン中は競歩に専念していて戦績も悪くはない、今年からは2年生で県高校総体で1位、東北大会はあと少しのところで入賞を逃してしまったが、コロナ明けにも関わらず自己ベスト更新した、その後の大会でも大人とのレースだと3位とかになってしまうが高校生のレースになると1位を守れていた、そして県記録も持っている。自分言うのもあれだが、私は強いほうであろうこれからも頑張らねばならない。そんな私は常自信を持つことができない。「そんなの当たり前だろ」と思うかもしれないが、私は他の人より人一倍自分に自信を持てていない、普段友達の前などではふざけて、自信を見せたりしてはいたが一人になったりレース前は本当に自分に余裕を持てない、だかキツイ練習などをこなしたりするとすぐに自信が出てくる、なんで分かるかって❓それを表しているのが鏡だからだ、自分が鏡を見た時向こうにいる自分がどんな面構えをしているか、それで今の自分の自信が読み取れる、おそらく他人から見ても私は色々な顔で見られているだろう、さぁ今の自分はどんな表情をしていて、自信を持てているだろうか
どうしてかな。
鏡の前で何度も確かめて。
よし、この笑顔ならかわいいって。
大丈夫だって。
自分でも思えたはずなのに。
人前に出ると、その自信が揺らいでくる。
鏡の前で見た時と同じように。
私はいま笑ってるはずなのに。
相手の瞳に映る自分が見れなくて。
つい目を下へ逸らしてしまうの。
【鏡】
鏡に映るもう一人の私
ただの光の反射なんて人は言うけど
きっと彼女は私と同じ考えを持っているはず
ねえ、鏡の"外"の私
完
お題:鏡
【鏡】
鏡を見ることが嫌いだった。暗く澱んだ目を見返すことを、美しさとは縁遠い鏡像を突きつけられることを、恐れていた。
今もその思いは完全には拭えていないけれど、以前ほどには鏡と向き合うことは苦痛ではない。大切な人が繰り返し投げかけてくれる言葉が、勇気をくれる。
「今日もとても素敵だね」
醜くて嫌な自分が映る
眩しくて好きな貴方が映る
どうしたらそんな風になれるのか
眩しくて
誇らしくて
いつも
いつも
私の中にある後ろめたさが清算されたら
私もそんな風に貴方の瞳に映るのかしら?
貴方の鏡に映る私
私の鏡に映る貴方
潮の引いた浜辺を歩いていたら、なめらかな砂に白く光る欠片が埋もっているのをみつけた。拾い上げるとそれは薄く光を吸い込んで、桃色の朝焼けに照り映えているみたいだった。
ナルキッソスの鏡だな、と君がいう。
僕は適当に笑った。なんでこれをみてナルキッソスが出てくるのかよくわからなかったから。貝殻の破片にも、薄く削がれたガラスにもみえるこの欠片が不思議だった。
昔から美しいものに吸い寄せられていく君だ。
そっと僕の手のひらから欠片をすくいとり、しばらく丹念に見つめている。その小さくきらめくものから、自己陶酔に溺れ死んだ人間の姿を見いだそうとでもしているんだろうか。僕は少し危うげな気持ちになりながら、恐ろしく端正な君の横顔に視線を送る。
そのとき、君がふいに顔をあげる。遠くの波のゆらめきに、花束が漂っていた。
「誰か死んだんだろうか。」
君があまりに自然に呟いて、僕も思わず頷いた。
青い水仙の束だった。胞子のような泡の粒に呑まれながら、それはどこか切なげに、冷たい海水に漂いつづけている。
私は鏡が好き。なんでかっていうと、鏡は私の大事な「今」を映してくれるから。
小さい頃、お母さんが仕上げてくれた可愛い髪型の自分を、鏡越しに見るのが楽しかったなぁ。
中学生の頃は、毎朝、お姉ちゃんと洗面所の争奪戦をしていたっけ。寝癖が跳ね放題の私達が、お互いに押しのけ合いながら髪をとかしたりドライヤーを取り合ったりしている姿を、鏡はしっかりと映していた。
高校生になった時、初めて彼氏ができて、一生懸命メイクの練習をしてたんだよね。日に日に上手くなっていくメイクを、鏡は毎日見守っていてくれた。
そして、今。ヘアメイクを終えて、白いドレスに身を包んだ私が、鏡に映っている。
「新婦様、そろそろ……」
式場のスタッフさんが私を呼ぶ。
「はい。今行きます」
私は立ち上がり、鏡を見つめた。幸せそうな花嫁が、鏡の中に立っている。
「私の幸せな今、見ていてね」
私は鏡の中に咲いた一輪の花に、微笑みを返した。
【鏡】
ピンを手に取って、鏡を見ながら頭飾りのティアラをとめていく。クラシックバレエを始めてから10年。やっと、憧れだったティアラの飾りを付けることができた。
自分に才能なんてものは無いのだと、小学校低学年くらいからなんとなく分かっていた。他の人よりも硬い身体。ほんの少しの体力と自給力。余裕が無いゆえの、醜い踊り。バレエは好きでも何でもなく、寧ろ嫌いだった。母が言うには、小さい頃に自分からやりたいと言い出したらしいが、そんなの記憶にない。
できないなりに、研究もした。ステップをどんなに頑張っても成長しないから、綺麗に見える手の動かし方や、ポーズなどの細部にこだわった。結果的に綺麗になった。でも、そこまでだった。
私は今回の発表会でバレエをやめる。先生もなんとなく分かっていたようだった。
コンクールでどんどん賞を取って、上手なお姉さん達に仲間入りした同い年の子。めきめき上達してあっという間に私を追い越した後輩の子。見ていて本当に苦しかった。でも、なんだかんだ言って楽しかった。たった一人きり、綺麗な衣装で照明を浴びて踊ることが気持ち良かった。でもそれが『苦しい』に勝てなかったんだ。
鏡の中の私の瞳がゆらゆら揺れている。だめだ、メイクが落ちてしまう。
くっと歯を食いしばって上を向いたら目の端から、一粒にも満たない涙が零れ落ちた。
「鏡」
いつからだろう
鏡に映る私を見つめなくなってしまったのは
光を遮ってしまうから?
反射するのは醜い上っ面の姿だけ
笑顔もこんなお面の様じゃなかった
好きな物も嫌い、嫌いな物は好き
自分に嘘をつき過ぎて
話す言葉全てはマウントに捉えられ
必要以上のヘイトで心はヒビ割れだらけ
映りたくない、見たくない
見られたくないの
人に合わせて繕った鏡に映る私
鏡は自分自身と、その心を映し出す。
自分を直視するのは、嫌だ。だけれども改めて自分を眺めると、わかることもある。
自らの心を律するために、今日も自分自身を覗き込もう。
鏡に映る自分は、自動補正されてちょっと良く見えるらしい。
自分自身で補正するなんて優れた機能だなあと思うとともに、人体って不思議だなあとも思う。
自分で自分がちょっとよく見えるだけで、他の人からは加工前の姿が見えてるのはバグですか。
学生時代に比べて、太ったなあ……
自分の頬を引っ張りながら心の中で独りごつ。
洗面台の前で、そこに映る顔の角度を変えてみる。
自分の顔、
好きでも嫌いでもない。どちらかといえば好き寄り。
ただ、やっぱり私も一般大衆の美醜の価値観が刷り込まれて育ってきた一人の人間であるわけで。
痩せたいな、とかそういうことは考えるものである。
結局努力はしないのだが。
そういえば、最近見た心霊系のYoutubeで、
「幽霊は最初は生身の人間と同じ姿をしているが、
時間が経つにつれて、徐々に顔からぼやけてくる。
これは自分の身体の中で、手足は肉眼で常に目に入るが、
顔は鏡に映さない限り見ることができず、
自身の意識の中で一番記憶があやふやになりやすい部位
だからである」
……と、某人が言っていたことを思い出した。
内容の真偽はともかくとして、
確かに自分の身体の中で一番ハッキリ思い出せないのって
顔だよな、と思うなどした。
これだけ顔の善し悪しがどうこう言われてる世の中の癖に、
結局自分の体の中で一番覚えられないのは顔で、
もし本当に死んだら顔からぼけて分からなくなるとしたら、
なんか皮肉な話である。
前の鏡を見る
鏡には何も映らない、見えない
後ろの鏡を見る
鏡に映るは過去の自分
前後に挟まれる自分は、今の自分
前が見えない
読めない
鏡よ鏡
未来の自分は
どうなりますか?
鏡……綺麗だな……🍰💗
でも鏡のガラスには私の、凄く可愛くない顔が写っている。
「あーあ、整形したいな〜」
と考えながら自分の顔に死ぬほど悩み続け、いずれか悩むのを辞め、ポジティブにいきるようになったのだ。
いくら可愛くなくても結局性格の方が大事だと気づいたからだ。
勿論、可愛いが取り柄の人も居るし可愛いのが悪い訳では決して無い。
私は自分の性格が悪いのか良いのか分からないけれども、
とにかく人生楽しめなくちゃ意味が無い!と思いながら過ごして、居ます。
私は人に話しかけたりするのが苦手なので、あまり人と話す事は無かったのだが、
ここ最近、段々人に話しかける事が苦手だとは思わなくなったのだ。
自分はもしかしたら性格も悪いのかもしれない!とは思っているが人生楽しめなきゃ
損損!と思いながら自分の事を褒め、ポジティブに生きています。
人に話しかけるのが苦手じゃなくなった理由は、皆ほとんどの人が優しいお方なので、
話しかけたら優しく接してくれるので「苦手だと思わなくたっていいんだ!、
変な事じゃない!」と思えるようになったのです。
今も人と話すのが苦手!と思う事は少しあるのですが徐々に克服出来ています。
鏡
ある日僕は鏡の世界の僕と入れ替わった
向こうの僕は生活が大変そうだ
何回も"戻ってきてくれ"って言われたけど
こっちの世界は心地いい
もうずっと、こっちにいたいな
「鏡」
「鏡よ、鏡 この世で一番美しいのは」
魔女は鏡に向かってそう言った。
自分であると自信があった。
しかし、そこに映っていたのは、一人の少女だった。
あまり容姿がいいとは言えない少女。
動物たちと一緒に暮らしている貧乏な少女。
魔女は気づいてしまったのだ。
鏡は、人の心を映すもの。
この鏡が映したのは、容姿に優れている者ではなく、美しい心の持ち主だったのだ。
鏡。鏡の中の世界を題材にしたドラえもんの映画があったような気がする。それともテレビスペシャルで見たのかな?詳しく覚えてないや。
なんか久しぶりにドラえもんの映画でも見たい気分になったな。全部のシリーズ一気見とかしてみたい。どっかのサブスクでドラえもんの映画見れるサイトあるかな。
鏡に戻るが最初に浮かんだのはドラえもんじゃなくて鏡の国のアリスだったんだよな。でも鏡じゃなくて不思議の国のアリスだよなって思ってドラえもんのことを書いた。
だけど思ったよりドラえもんの話広げられねーなと思ったらまた鏡の国のアリスを思いだした。そういえば不思議の国のアリスって続編があってそれが鏡の国のアリスだったような気がして調べたらその通りだった。
そうか。不思議の国のアリスも鏡の国のアリスもどっちも正しかったんだな。なんだかすっきりした。でもアリスシリーズはどっちも全然知らないからこれも話広げられないんだよな。
そもそも鏡がお題でなにを書けばいいのやら。お題から話を広げる能力が欲しい。最近小説がさっぱり書けないし能力不足を実感する。
鏡
私は10年前、轢き逃げのをして捕まった。轢いてしまった女性は即死。若く、半年後に結婚する予定だったそうだ。
夜中、人気のない道で突然目の前に出てきた彼女を避けることができなかった。
頭からの出血を見て、怖くなった。手が震えた。息ができなくなった。気がつくと車に乗って、その場から逃げていた。
明くる日、警察が来た。防犯カメラに事故の様子がはっきり記録されていた。
捕まり、8年間刑務所に入った。
罪を償い釈放され、自宅に戻った。 自宅に戻りこれからどうやって生きていこうか考えると眠れない。夜中の0時に洗面所に行く。洗面所の鏡を見ると、自分の後ろに白い影が、、、。
ウエディングドレスを着て、頭から血を流している彼女が自分をじっと見ている。恐怖で叫ぶこともできない。
それから毎日、午前0時に目が覚める。鏡のところに行かなければいいのに、意思とは反対に身体が鏡の前に行きたがる。
それが3ヶ月も続くと、彼女に恋をしているような感覚になる。会いたい、彼女に会いたい。その時はもうすでに取り返しがつかないほど、おかしくなっていたのだろう。
半年後、鏡の中の彼女を抱きたいと思うようになった。
そして、僕は彼女を轢いたあの場所で車に飛び込んだ。
これで鏡の中の彼女に会える。
彼女を愛している、、、。