潮の引いた浜辺を歩いていたら、なめらかな砂に白く光る欠片が埋もっているのをみつけた。拾い上げるとそれは薄く光を吸い込んで、桃色の朝焼けに照り映えているみたいだった。
ナルキッソスの鏡だな、と君がいう。
僕は適当に笑った。なんでこれをみてナルキッソスが出てくるのかよくわからなかったから。貝殻の破片にも、薄く削がれたガラスにもみえるこの欠片が不思議だった。
昔から美しいものに吸い寄せられていく君だ。
そっと僕の手のひらから欠片をすくいとり、しばらく丹念に見つめている。その小さくきらめくものから、自己陶酔に溺れ死んだ人間の姿を見いだそうとでもしているんだろうか。僕は少し危うげな気持ちになりながら、恐ろしく端正な君の横顔に視線を送る。
そのとき、君がふいに顔をあげる。遠くの波のゆらめきに、花束が漂っていた。
「誰か死んだんだろうか。」
君があまりに自然に呟いて、僕も思わず頷いた。
青い水仙の束だった。胞子のような泡の粒に呑まれながら、それはどこか切なげに、冷たい海水に漂いつづけている。
8/19/2023, 3:53:08 AM