『誰もがみんな』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
あの人むかつくな
羨ましい あの人ばかり
憎い 恨めしい 怖い 可笑しい
誰もがみんな、感情に左右されない日なんてない
人を憎み、呪い、僻み、見下し、恐れ...
人が人を想わない日などない
唯一、正しいのはそんな感情をどれほど他者に向けようとも結局、等しく人は──だけ
#誰もがみんな
【誰もがみんな】
「すみません、ちょっと手伝ってもらっていいですか?」
私は目の前を歩くカップルに声をかけた。2人は立ち止まって私を見る。
「自販機で飲み物を買いたいんです」
私は続ける。生まれつき障害を持っていて、ほとんど体が麻痺してしまっており車椅子生活で、言葉さえもまともに伝えられない。
そのためか、女性が聞き返してくる。
「飲み物買いたいです」
なかなか出てこない言葉を一所懸命に絞り出し、もう少し簡潔に伝える。
すると女性は笑顔で頷いたが、目が空を見ていた。おそらく伝わってはいない。こういうことは初めてでは無いので、何となくわかった。
しかし男性は聞き取ってくれたようで、
「どれがいいですか?」
と、自販機に向かって私に尋ねた。その横で、女性が納得した表情を浮かべる。
あと数回のやり取りを繰り返して目当てのものが買えた私は2人にお礼を言って別れた。
こういう依頼は誰もが聞いてくれるわけじゃない。複数人でいる人を狙うと成功しやすい。
多分、私も健常者だったらこんな面倒臭い人に絡まれるのは嫌だっただろう。
しかし、生まれつきなものはどうしようもない。
障害云々に限らず、誰もが手を取り合って生きて行けたらいいのにと、時々思うのだ。
誰もがみんな、なんとか生活している。
最近ときどき、ちょっとした出会いが不思議に感じるようになってきた。
たまたまエレベーターで一緒になった人。たまたま電車で同じ車両に乗った人。たまたま街ですれ違った人。
もう会うことはきっとない。この人もわたしと同じように長い長い物語を持っているのに、わたしはそれを読むことはできない。
たくさんいる人間たちの中で、わたしの物語を知っている人はほんの少し。わたしが知ってる誰かの物語も、ほんの少し。
わたしが今会ったこの人も、きっと数分後には、わたしも向こうも顔さえ覚えていないだろう。わたしは誰かの物語のモブでしかない。
でも、それでもみんな、なんとか自分の物語を進めるのだ。それが誰にも見られなくたって、わたしたちは今日も生きるのだ。
きっともう一生覗けない、あの人の物語。そこには、どんな感情が描かれているのだろう。
そう知らない誰かの物語を想像するとき、ふとわたしは思う。
頑張っているのはわたしだけじゃない。
勝手に仲間を増やしながら、今日もわたしは、わたしの物語を紡ぐ。
「あなたみたいになりたかった」
涙ながらに言ったあの子を生涯忘れることはない。
この世界は苦しい。誰もが”何者”かになりたがっていて、誰にも成れずにもがいている。
そんな世界で、私はシンガーソングライターになった。
ありのまま、自分を自分のまま愛して欲しい。そう願いを詞に込めて、私は今日も歌う。
誰もがみんな幸せな世の中
それはきっと素敵で、争いや揉め事、悲しみや負の感情がこの世界から消え去り、笑顔だけが残った世の中
でも、揉め事も無く全て円満で終わる世の中は果たして楽しいのでしょうか
もしかしたら、今ぐらいの世の中の方が楽しいのかもしれませんね、
初恋
好きな人がいた。
みんな彼女を身近な存在だと思っていた。私も例外ではなかった。高嶺の花などではない、いつもそばにいてくれるような存在だった。
いつも、一緒に帰っていた。彼女はおそらく私を友達だとおもっているのだろう。そう考えると心に小さな棘が刺さった。
不思議だった。今まで人を好きになるという感覚を知らなかった私が唯一恋をした人物だった。
ある日の放課後。呼び出しされた。もう慣れたことだ。十分ほど指導を受け帰ろうとしていた。靴箱に彼女がいた。優しく全てを包み込むような目をしていた。
私がさよならと軽く言った。彼女はどこかぎこちない表情だった。私は急いで帰ろうとした。
その時だった。彼女に呼び止められたのだった。
緊張で彼女が何と言っていたか詳しくは覚えていないが告白をされた。奇妙な焦燥と戸惑いで何を行ったらいいかわからなかった。心の中にあるものが全てなぎ倒されるような気分だった。何を言ったらいいかわからなく困惑していた私はただ彼女を見つめていた。彼女は嬉しさと恥ずかしさが混ざったような表情で走り去っていった。
その日寝ることができなかったことを覚えている。あっという間に噂は広がり収集がつき始めたころに彼女はまるで弾けるかのように何処かへ行った。転校だった。私は何も感じなかった。いや正しくは何も感じれなかった。ただただ頭が痛かった。記憶が心のそこから少しずつこみ上げてきた。
虚しかった。
ただただ虚しかった。
実体験だお
【誰もがみんな】
誰もがみんな君に憧れ、君を目指して這い上がろうと藻掻くのに、当の君は君のことが大嫌いだから恐れ入る。
望めば何でも手に入れることが出来る君の、唯一手に入れられない過去は、変えることができない。
解っていても前に進めない君は、生きる屍。
死に場所を探しているなら、さあ付き合おう。
それを君への餞とする
誰もがみんな
最初から
才能を持ってるわけじゃない。
だけど、
生まれながらに
才能の
備わり方が違う。
生まれつき
天才の人も、
その才能に触れなければ
目覚めることは無いよね。
努力すれば
何とか
開花させる人もいれば、
いくらやっても
できない人だっている。
ひとつを努力して
完璧に仕上げるか、
いくつもを程々に
こなせるようになるか、
そんなものは
人それぞれ。
誰もがみんな
平等なわけじゃない。
価値観は人それぞれなんだよね。
誰もがみんな平等だ。
と言いたいところだが、現実は上手くいかない。
人間関係のしがらみや差別、家庭環境などが左右して、みんなでマウントを取り合う世の中だ。
そんな世の中に嫌になったりするけれど、自分の芯はもっておきたい。
これだけは人に流されたくない。
そうすれば、周りに流されること無く人に対して平等に接することができるのかもしれない。
誰もがみんな、つらい思いをするのだろう。
今テレビで活躍している芸能人も、いつも顔を合わせる仕事場の人たちも、自分の前では苦労を見せない両親も。
みんながみんな、他人の想像がつかない苦労を経験してきたのだろう。
それに比べて今の自分はどうだろうか。
これまで甘い環境でぬくぬく育ってきてはいなだろうか。
他人と比べるのはつらくて意味が無いけれども、本当にそのままでいいと思えるだろうか。
将来何があるかはわからない。
でも、今のまま直面してなんとかなるだろうか。
わからない。
わからないけど、でも、このままだといつか後悔するんだろうなってことはわかるかもしれない。
つらい気持ちにはなりたくないし、苦労もしたくない。
でもそれじゃあいけないんだと、それを受け入れてはいけないと自分自身が、心のどこかで思っている。
人が痛みを受けながらも前に進むには、自分の気持ちをありのまま受け止めてくれる味方が必要だ。
安心できる場所が必要不可欠だ。
自分には、貴方には、心底落ち着ける居場所があるだろうか。
誰もがみんなそれぞれの悲しみや苦しみ
を抱えて生きているのだろう
それは比べられるものではなく
誰が一番つらいとか可哀想だとか
ないと思う
でも世の中には
あなたのそれはたいしたことないと
だれかの悲しみや苦しみを蔑ろにする人も
多くいる
それを見ると悲しくなる
それぞれの場所でみんな必死で生きている
誰もがみんな
皆、誰しも苦しい思いは、ある。
何か、皆、求めすぎでは、ないだろうか?
自分で、いい。
一つで、いい。
あなたで、いい。
欲張らなくていいよう。
私も、つい欲張ってしまうけど、
一つだけ、大切なものを守り続けては、どうだろうか?
誰にも譲れないもの一つを。
明日の来ない日は、ないから。
我が愛猫は、守りたい家族の一人だもんな。
にゃー。
にゃんざぶろう
誰もがみんな苦しんでる。貴方だけじゃないのよ。
そう言われた。高校3年生の時、どうしても学校と大学受験の勉強が辛かったからスクールカウンセラーの人とカウンセリングをした。
そしたらそう言われた。
だからなんなんだろう。
私の苦しみは私のもので、本物だ。
みんなが苦しんでるから私も苦しむのは当然ってこと?我慢しろってこと?
意味がわからなかった。
でも、学校に行かないのも怖かった。
少しでも気を緩めて堕落したらもう戻れないと思っていた。自分のダメさが分かっていたから。
苦しみながら通い続けた。
意味も理由も何も分からないまま。
苦しいけど、従わなければならないとそう思い込んでいた。
だけど今だったら過去の自分にこう言いたい。
辛い時は休んでいいしあなたはダメなんかじゃない。
休んで復活しなくても、堕落したなんて思わなくていい。もうこれ以上辛い思いを抱え込まないで欲しい。もう限界だったよね。死ぬほど辛いんだったら、死ぬしかないと思うぐらい現実が苦しいんなら、逃げていいから。
逃げた先でまた新しい居場所を見つければいいから。
置かれた場所でなんか咲かなくていい。
あなたに合う場所を見つけて咲きなさい。見つける気力がまだ無いんだったら、気力が出るまでいくらでも自分のペースで休みなさい。
自分のペースで生きなさい。世間の圧力や敷かれたレールなんか気にしないであなたにしか生きれない、あなたの人生を大切にして欲しい。
追い込み続けてごめんね。
もう十分頑張ったからさ、どこか静かなところで、1人で、誰にも干渉されずに、休む時間をとって欲しかった。
よくこれまでがんばってきたよね。お礼に、がんばったあなたを幸せにするからね。あなたを尊重して、あなたがやりたいことを一番に考えていくよ。
もう社会のルールだとか、同調圧力とか、気にしない。誰のものでもない、あなたの人生を生きてください。
10年後の私より
死の床に着いた令和の高僧・真観は弟子達を枕元に呼び寄せた。真観は枕元の木箱を弟子達に示し、こう言った。
「これは呪いの壺だ。この壺は極楽浄土のように美しく、誰もかみな虜になる。だが、これを巡って幾度も争いが起き、これを手に入れた者は皆非業の死を遂げた。儂が死んだら、これをご本尊の裏に隠せ。誰も壺を見てはならぬ。誰にも壺のことを言ってはならぬ。」
真観は静かに目を閉じた。
「ご臨終だ。」
一番弟子の観乗が告げた。
弟子達の誰もがみな号泣した。
真観の棺は本堂に安置され、壺は本尊の裏に隠された。
その夜、事件は起こった。
二番弟子の乗磐が壺を持ち出そうとしたのだ。弟子達は皆本堂に集まった。
「…売って葬儀代にしようと…檀家減って寺の経営厳しいし…今の財政状況で盛大なお葬式は…」
ボソボソと弁解する乗磐。
「素直に謝れっ!」
弟子達は口々に乗磐を非難する。
そこへ若者達が押しかけてきた。
「呪いの壺どこ?」
弟子たちは顔を見合わせた。
「誰だ。喋った奴。」
「すいません。私です。SNSで呟いちゃいました。ははは。」
三番弟子の乗越が手を上げた。
「お前っ!」
弟子達は一斉に乗越を非難する。
「呪いの壺はここです。」
四番弟子の乗毛が壺の箱を開けようとする。
「何やってんだ!」
弟子達は慌てて乗毛を止める。
「SNSに載せて貰えばお寺は有名になります。ご本尊様の前に壺を飾れば、映えスポットになるかも。」
「それ、いいな。」
弟子の半数が賛成する。
「何言ってんだ!ご遺言を守れ!」
弟子の半数が反対する。
「何だとっ!」
「やるかっ?」
一触即発のその時、棺の蓋がバンっと開いた。
「喝ーーーーーーッツ!!!」
弟子達は凍りついた。
真観は棺から起き上がった。
「観乗、見せてやれ。」
観乗は壺の箱を手に取るとその蓋を開け、他の弟子達に示した。中にあったのは粗末な割れた壺だった。
「何と情けないことか…」
真観は目頭を押さえた。
「お前達の修行がどれ程のものか試してやったが、この程度とは!」
真観は顔を上げた。
「儂は死なんぞ!お前達全員の煩悩を消し去るまでな!」
日本一厳しい寺の修行は、更に厳しくなった。
あれは本当に呪いの壺だった。
弟子達の誰もがみな思った。
「誰もがみんな」
誰もがみんな「普通」と言うけど、
みんなの言う「普通」を比べてみると
案外「みんな普通が違う」ことを知り
「普通とは何か?」と思ってしまう時があります。
「 誰もがみんな 」
誰もがみんな辛い
誰もがみんな楽しい
誰もがみんな嬉しい
誰もがみんな悲しい
誰もがみんな”幸せ”__?
ほんとに、?
辛いの隠してるくせに、笑
平気って言って隠す私
なんでだろ 笑
嫌われたくないからかな_?
だけど”辛いな”
時々、ハワイのシロクマのことを考える。
梨木香歩さんの「西の魔女が死んだ」に出てくる言葉。読んだのは読書感想文を書くための本を探していた頃だから、おそらく小学校低学年だったと思うのだが、よくまあ覚えているものだ。
学校になじめないヒロインに、おばあちゃんが語りかける。“シロクマがハワイより北極で生きる方を選んだからといって、誰がシロクマを責めますか。”
楽な道を、あるいは自分に向いている道を選んだとして、誰もそれをとがめることなどできない。どうしても折り合いがつかない場所で、つらい思いをし続けることはない、と。
この言葉をそっくりそのまま、あの頃の私がかけてもらえていたら。
私はずっと、ハワイで生きられないシロクマのままだ。
(誰もがみんな)
初めから
強いわけない
幼な星
自分で掴む
誰もがみんな
〈誰もがみんな〉
残業後対話篇 誰もがみんな平等に抱えているもの(テーマ 誰もがみんな)
これは、西暦2020年を超えた日本の、ある会社での、一人の会社員の、残業が終わってから帰宅するまでの心の中の話。酷く狭く短い範囲の話。
*
建築されてから1年も経たない、真新しいビルだった。
作りたての社屋に、キレイな机、座り心地の良い椅子。
しかし、そんなビルでも勤務形態までホワイトな訳では無い。
まだ肌寒い時期であるのに、定時と同時にエアコンは停止している。構造上、外気が入りにくい設計となっているためそこまで寒くなっていないが、熱源がないので限界がある。
一人の会社員が、スーツの上からコートを着てパソコンのキーボードを叩いていた。
(40を超えた中年の体には、この寒さはこたえる。)
彼はしばらく一人で仕事をしていたが、22時を回り、いい加減、続きは明日に回そうという気になったのか、パソコンを机にしまい、施錠した。
残業カウントのためのタイムカードを切ると、今日一日お世話になったコーヒーカップを洗いに給湯室へ向かう。
昨今、日本では働き方改革が声高に叫ばれるようになった。
大変結構なことで、彼の会社でも、早く帰るようになった社員や部署がいくつもある。
彼も見習いたいと思っているが、効率化したり辞めたりした仕事より、手を変え品を変えて降ってくる仕事の方が多く、全体として彼の担当仕事は減っていなかった。そして、それは彼だけではなき、一定の社員は結局遅くまで残っている。
世の中、すべての問題を一度に解決することはできないのだ。
彼が思うに、残業というのは、仕事上の様々な要因によって「日中に終わらなかった仕事」を結果的に勤務時間外に片付けているだけなので、「結果」なのだ。
根絶するためにはその「結果」に至る「様々な要因」を根気強く解決していく必要がある。
「病気をなくせ」と言われてもなくせない。世の中には様々な病気の要因があるからだ。一言でなくせるなら医者はいらない。
現実的には、増えた病人をカバーできるくらい病院を増やすことになる。
同様に、「残業をなくせ」と言われても、その内訳を個別の社員の「効率化」にだけ求めている以上、解決するはずがないのである。
(少なくとも、原因究明の時間も対策する時間も全て「個別の社員の努力」に丸投げしているうちは、解決しないだろう。)
そんな慢性的な残業においても、他の社員よりも少しだけ長く残って仕事をしていた。それは、家庭を持っていないからかもしれないし、効率が良くないからかもしれない。効率が叫ばれ始めてからもう5年以上経っている。いくら個人で仕事をしても終わらない現状に、彼自身にはもう、よくわからなくなっていた。
必然、彼は定期的に、会社を出る前には一人になる時間ができてしまっていた。
*
彼には、学生の頃、自問自答する癖があった。
自問自答くらいなら誰でもするだろう、と思われるかもしれないが、彼は、頭の中に別の人格を想像し、イマジナリーフレンドとして、あたかも別人格と話をするようにして会話をしていた。
そのような痛々しい癖も、卒業して就職して忙しくしていると姿を消し、若気の至りとして、思い出すこともなくなっていた。
かつて、学生の頃にしばしば会話したイマジナリーフレンド。
主に雑談と哲学談義に花が咲いた会話について、不惑の年齢に至って結婚も子育てもしていない精神的な寂しさも会ったのかもしれない。
残業でタイムカードを切った後、その癖が彼の中で20年振りに復活していた。
*
今日の話題は、「生き物全体の共通項とはなにか」。働くことの意味を体験していなかった学生の頃とは違い、彼地震も、イマジナリーフレンドも、心が年を経ていた。
「もちろん、生きている、ということがまず挙げられる。」
『『僕らはみんな生きている』というやつだ。』
20年ぶりだろうが、イマジナリーフレンドはごく自然に話をする。
他人ではないので、特に挨拶も何も無い。
「しかし、それでは定義を繰り返しただけだ。生き物とは、生きているもののことだ。というだけ。何のひねりもない」
彼の中で『◯次郎構文』という悪口が流行っていた。
『では、それ以外に「誰もがみんな」と言えることはあるか?恋している?群れたがる?幸せを求めている?番を残そうとする?』
「どれも例外はある。友だちを作るのも、恋人を作るのも、子どもを作るのも、「誰もがみんな」ではない。恋をしない生き物もいるだろうし、群れからはぐれるものもいる。そもそも、私は今幸せを求めているのだろうか。夜中まで働き、休みもない現状で。」
両親は彼という子どもを作ってくれたが、彼は恋人も子どもも作っていない。
美味しいものを食べる経験?
悲しくて泣く経験?
いやいや、それらには例外がある。
生まれてすぐ死ぬ子どももいるのだ。
『では、単純に対義語から攻められるだろう。生き物がいつか辿り着く場所、死だ。』
そう、みな、死だけは行き着くのだ。
*
祖父が亡くなったのは、彼が高校生の時だった。まだイマジナリーフレンドも彼の心の中にはいなかった。
数年前から頭がはっきりしなくなった祖父。食事時に倒れたこともある。
そして、ある日起き上がれなくなり、寝たきりになった。
寝たきりになってから数ヶ月、もう危ないと分かったのだろう。
盆正月以外に会うことがない叔母と従兄弟が、県外から家に来ていた。
祖父が亡くなるまでの、2日間。
奇妙な時間だった。
誰も祖父の死を望んでいない。しかし、彼らは、死に目に会いに来ている。
(もし、このまま死なずに生きていたら、彼らはいつまで居たのだろう、と思う時がある。)
その時は、たぶん、最後の別れを済ませて、彼らは帰っていったのだろう。
しかし、そんな都合の良い「 もし」はなかった。
祖父はそのまま亡くなった。
亡くなった瞬間より、その後の事の方がよく覚えていた。
葬儀屋が死んだ祖父の体を拭き、髪を整え、爪を切り、脱糞しないためだろう、尻から綿を詰めた。
葬儀には沢山の人が訪れた。「葬儀場で家族葬」が増えた昨今ではあまり見なくなった『自宅での葬儀』に詰めかける近所・会社関係の人・人・人。
火葬場では、柩を台車に載せて炉に運び込み、戸を閉める。遺体を焼く長い待ち時間があった。
火葬後は、熱気が残る台車から、親族が長い箸を使い、順番に骨を丁寧に骨壺に入れていった。
しかし、骨が立派に残りすぎたためだろう、骨壺からは骨が明らかにはみ出していた。
火葬場の職員は骨壺に入らない骨を、上から棒のようなものでボキボキと嫌な音を立てて折って、壺に骨を詰めていった。
彼にとって衝撃的なことであり、嫌なことでもあったからだろう。
20年以上前のことなのに、よく覚えている。
*
一人の人間には両親がいて、両親のそれぞれに親が居るので、祖父祖母が二人ずつ存在することになる。
前述の祖父は彼にとって父方で、その後は、彼が20代のときに母方の祖父が、30代のときに父方の祖母が亡くなった。
特に、祖母が亡くなった時は、偶々彼が一番近くにいた。
彼は仕事をしていたが、危篤状態になった祖母のことを知らされ、早退して新幹線に飛び乗った。祖母の特別養護老人ホームは県外にあった。
新幹線駅からタクシーで特別養護老人ホームへ向かう。もう夜も遅く、22時を回っていた。
先に現地にいた彼の父が、出迎えてくれた。
そのまま祖母の部屋へ行った。
ほとんど話もできないくらい認知が進んでいた祖母だが、最後の時は彼を孫だと認識していたと、彼自身は思っていた。
声にならない声で、「 幸せに」と言われた気がした。
その後、痛かったのか、苦しかったのか、ギュッと目を強くつぶり、力が抜けたと思ったら、亡くなっていた。
*
母方の祖父も、父方の祖父も、父方の祖母も、彼が20代〜30代の時は、たまに夢枕に立った。彼自身は、自分を霊感のない人間だと思っていたので、人生がうまく行っていない自分の将来を悲観する心が見せた夢だと思っていた。
あれから時が経ち、40代になった私は、結局家族を作らなかった。
舞台は彼の心象風景から、現代の給湯室へ戻る。
手早くカップを洗い、明かりを消しながらロッカーへ向かった。
「もし、本当に幽霊がいたなら、きっと、仕事しかできない人間になってしまった私が、心残りになってしまったんだろう。」
『そうかもね。いまだに私が出てきているくらいだし。』
しかし最近は、誰かが彼の夢枕に立つこともない。
(父、母、母方の祖母が健在だが、子どもを作らない以上、いずれはこの世界から、私ごと、私の痕跡は消えてしまうだろう。)
それはとても悪いことのような気がするが、残念ながら、結婚して子どもを作るために必要な「社交性」とか、「勢い」とか、「どうしても結婚したい」という欲とか、「寂しいから誰かと一緒にいたい」という感情とか、そういうものが足りないのだろう。と、彼は悟っていた。あるいは、諦めてしまっていた。
忙しいとは、心を亡くすと書く。
余談だが、日本の少子高齢化の原因は、「若い人が忙しいから」だと彼は思っていた。
「もしブラック企業から脱出し、時間ができたら、私は寂しさに泣くのかもしれない。」
『そのときは、きっと寂しさのあまり私の出番が増えるでしょうね。』
しかし一方で思うことがある。
誰もがみんな行き着く場所へ、行くのだ。
死神は、美しく慈悲深い神だと、彼は勝手に信仰している。
適当に作り、個人的に思っているだけの、妄想だ。
人間は、生き物は、その神に命を刈り取られ、収穫されるのだ。
(そうなると、私は私でなくなるのだろう。)
寂しいし、悲しい。
できれば永遠に生きていたい。
しかし、生き物は、誰もがみんな、そこへ行く。
*
会社のビルから出ると、彼は一層肌寒い感覚に、思わず歩調を速めた。
会社から自宅前の家路。
踏切や信号で何度も足止めを食う。
「しかし、AIの進歩はすごいから、話し相手には困らなくなるかもしれないね。」
『私はいらなくなるっていうこと?』
「そうかも知れないし、そうでもないかもしれない。」
イマジナリーフレンドが久しぶりに出てきたのは、彼自身の心の問題であることが大であろう。
(妻も子どももいたら、きっとこんなことを考える余裕もなかっただろうし。)
人間の内心にもう一人人格を作り、話をするというのは、集中力を必要とする。
しかし、では、同時にAIがいればイマジナリーフレンドが不要かと言うと、そこまででもない。
「AIは、心で直接会話したりできない。言葉で内心を伝え合うことをしないといけない以上、きみの代わりにはならないだろうね。」
『つまり、あれだ。考えを共有している私と君とだけが、『わかり合っている状態から』議論をスタートさせられる。こういう深い会話ができるのは、私と君の間だけ、ということだ。』
「そう。最初の議題の答えがもう一つ出てきたね。それは孤独ということだ。」
誰もがみんな、他人の心の中を覗くことはできない。わかり会いないことからスタートする。
言いたいことは、言葉と時間を重ねて、理解したような気になるだけなのだ。
それはAIでも一緒。分かってもらうために言葉を使い、表面的に一部理解する。
誰もがみんな、心から分かり合うことなどできない。
分かり合えない。孤独なのだ。
分かり合えないことから始まる。
(イマジナリーフレンド、君を除いて。)
信号と2度の踏切を超えると、家路もあと僅かだ。
寒さに対抗するかのように、彼は街灯の下の暗い家路を急いだ。
頭痛い。
誰もがみんな、頭痛持ちならいいのに。
そしたら怠け病だなんて言われずに済むのにな。
ま、面倒臭がりの怠け者ではあるけどね。
は~。頭いてー。
(誰もがみんな)