『街へ』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
街には2つの意味がある。中華街や商店街など。町と街の違いは町は全体的なことを言うが街は部分的な場所をさす。だから街という場所にはたくさんの人がいるということだ。
街はちょっと苦手かな
人混みが苦手っていうか、いろんな人がいるところが苦手っていうか
ホントはあんまり言いたくないけど、キラキラしてそうな人を見るとうらやましくて、自分がミジメに思えて…
そんなふうに感じる自分も嫌だし
だから街には用事があるときしか行かない
時報を聞き駅へ急ぐ。
灰のカラスの影の様な空が今は暗く、
紫の神社で貰った御守が今は淋しげな色のまま息を切らす私を守っているのだろう。
突然呼び出した彼について言えば、不幸な事に大きな事件に巻き込まれたらしい。
彼は人一倍正義感に厚かった人だ。
良く思い出すのは彼木戸正一がその社長斎藤金七が部下の咲実恵の病気を引き起こした事をきっかけに真剣な目でせき立てた事だ。
彼は一連の流れをこう説明していた。
かつて咲実恵は自分の業務に忠実であり、それ以上に会社に身を捧げる日々を送っていた。
彼女の口癖はやるならやってみなさいよ。例え出来なくても私は平気よ。その方がスマートでしょう?そんな女性だった。
某令和2年1月19日、社内に不正が働いたようだ。
従業員の一人が数人とタッグを組んで、取引先会社の金融取引を調べ上げ、ある金融業者A社から人材を買収し社内で組織を組んで粗利を得るバレない方法をマニュアル化して販売していた。
結果、そのマニュアルには穴があり、僅かなミスがあったので人材Aは罪を被る事になった。
悪い事に、人材Aは口を結び開かなかったようで斎藤社長の従業員一味は捕まらないでいた。
それを突き止め、金七に伝えようとしたのが咲実恵だった。彼女は従業員一味を相手にある取引を持ち掛けた。取引先会社との信頼関係の回復に努めてから自主して欲しかったが、咲氏が通報するか社長に伝えるかの選択を判断させようと努めた。結果、彼らは警察へ自主をした。
その咲実恵も誠実にサポートしていたの今回呼び出してきた木戸正一だ。
会社内のその部署では捕まった従業員一味が通じる者を多く作っていたので、その空気感からたくさんの嫌がらせがあり、心身ともに疲れていた。咲氏にとっては良い従業員仲間となっていた。その中、斎藤社長は咲氏に取引先企業との信頼関係に務める特使として送る指示を出した。
然し、予想通り取引先会社からの嫌がらせまで過酷なものだった。
それに対し斎藤社長は次第に咲氏を責め立てる様になった。
結果、度重なる責任に心が壊れてしまい、鬱病と診断されたのだ。
彼女は会社を退職し、木戸正一は斎藤社長に真剣な眼差しで社長を改心させようとしたのだった。
その内に、目的地の駅に着いた。
木戸正一は、何者かに刺されていた。
幸いにも、息はあった。助けを呼び病院へ向かわせる為に救急車を読んで欲しいとジェスチャーしていたので、慌てて救急救命センターに連絡をした。
その後、共に病院へ行き、後日私は警察署へ殺傷事件の届け出を出した。
一ヶ月以上経ち、お見舞いへ行く内に手術は成功し次第に回復していた。
落ち着いた折に、木戸正一はその日まであったことを話し始めた。
彼は仕事以外の付き合いで良く飲みに行く人でもあった。その中にある変わった経歴の人物がいた。その人は心七愛という方で、マサチューセッツ工科大学で学び首席で卒業し、暫くマイクロソフト・オフィス社で勤務した後、社界活動家として目覚め、今に至ったという女性の方だ。木戸正一は立場は違えど正義感に通じるものがあったのだろう。いつの間にか、心七愛から赤屋勝吉という人を紹介された。
その人には裏の顔があったことを心氏は知らなかったは言えない。赤屋は極道出身だった様だ。その内木戸は赤屋と意見の合わない席を共にしていた。心氏も共犯なのかもしれないと思いながら、木戸は赤屋の名を憎む様になった。一杯の酒で喧嘩になり、暴力団からマークされてしまう様になった。妙な事だが、その心氏と赤屋氏を近くに呼び寄せたのが斎藤社長だったという不安材料が明るみにされて来た。
木戸はその折、殺傷事件の被害者となったらしい。木戸は疲れ切っていた。
街へ行こう
あの人に会うために
街へ行こう
この村から逃げるために
街へ行こう
明日を掴み取るために
お題『街へ』
街に出るとそこには私の知らない人ばかり
喋った事も顔も見た事ない人たち
なのにいつもどこかで誰かが私のことをみている
いつもどこかでカメラを向けられている
知らないのに喋った事もないのに
なぜ周りの目を気にして街を歩くのだろうか
同じような服を着て
同じような髪型
同じようなメイク
同じように皆細い足とウエスト
髪の毛なんて巻いてない
コンタクトをつけて眉毛だけ書いた顔
黒いおっきめのズボンに
お気に入りのスウェット
お気に入りの白スニーカー
お気に入りのあったかいダウン
イヤホンはすぐ無くしちゃうから線で繋いでるやつ
みんなとは違う太い足と寸胴な胴
昔ある人が
みんな違ってみんないい
といった
それは当たり前だとみんなは言ってるけど
じゃあなんでみんなと違う私は
後ろから指を刺されるのだろう
四角いドアを開けて
四角い駅に向かって
四角い電車に乗って
四角い建物の中で遊ぶ
空は四角い建物に切り取られて四角い
街路樹だけがやわらかい形
テレビみたいなそんな街へ
私は初めて遊びに行く
2024 1/28(日) 10『街へ』
ビルの縁に座り、足をぶらぶらとさせていた。
ここから全体がよく見える。絶景だ。
「何してるの、グラッツィ...」
声のする方を向くと、黒い片羽に綺麗なレースのドレスを身に纏った堕天使レリーレがいた。
「何って、アレを見ていただけよ?」
私はそう言って下の方を指差す。
ゾンビやら魔女、吸血鬼に狼男達がうじゃうじゃいた。
「今日ハロウィーンなんですって」
「......えっと...だから...?」
「パーティーよ、パーティー」
「...?」
「貴方察しが悪いわね。人一人消えても気づかれないって事よ」
レリーレは驚いた様に目を見開いた。
「そんな......駄目だよ...!勝手に人の命を奪っちゃ...」
「あら?貴方もその気で来たんじゃないの?ご丁寧に弓矢も新調しちゃって」
レリーレの右手がぴくり、と反応する。
「何か...問題でも...?」
先程の弱々しい表情は何処へ行ったのか、鋭い視線を向けていきなり弓を構えてきた。
「あらあら、そんな顔しなくても私は横取りなんてしないわよ。それに私は不死身よ?そんな平凡なものじゃ私は死なないわ」
「...かの有名なグリーンアイドモンスターは悪魔祓いの儀式で消滅すると聞いた......私は元天使、悪魔祓いに似た方法ならあるよ」
「だから私は貴方の邪魔なんてしないわよ。それに貴方、もう天使ではないのでしょう?私が止める理由もないわ」
「.........」
「早く行かなくていいの?日が暮れちゃうわよ。ハロウィーンは一日きりなんだから」
そこまで言うと、レリーレは弓を下ろした。
「...私は他の所で狩ることにする......さよなら...」
そう言って羽を伸ばして飛んで行ってしまった。
「......ふぅ、中々面倒だったわねあの坊や。まぁいいわ。さて」
私は再び下に視線を戻す。そして
「楽しみだわ」
立ち上がり、空を見上げる。
さぁ、街へ行こう。
お題 「街へ」
出演 グラッツィ レリーレ
桃色の
シワなき身頃
ぽんと叩き
春コート街へ
あら雨じゃない
「街へ」
街へ戻る
「よく帰ってきたね。東京で就職したときは、もう帰って来ないかと思って、寂しくしていたから。」
そう言って父と母は暖かく歓待してくれた。
大学卒業後、東京のブラック企業でSEをして3年。毎日0時過ぎまで働き、休みは月に1度。
プロジェクトは毎回遅れ、トラブルは収まらず。
いつも働き詰めでクタクタになって年末と盆に里帰りするだけの息子。
そんな里帰りをしたとき、母に就職先を紹介され、採用試験を受けてみると、あっさりと合格した。
拍子抜けするような、転職によるUターン。
戦場から帰ってきたような、そんな気分だった。
就職先は、そこまで厳しい職場環境ではなかった。長い勤務時間でもない。
結婚はしていないが、和やかな仕事先と、定年になったばかりの両親。
なんとなく、大学進学で実家を出る前の若い頃に戻ったようだった。
いや、高校のときは、大学受験と親との不仲で、もっと空気が悪かった。
社会に出て、ガムシャラに働いた期間で、私の心の角は丸くなっていた。
親とも適切な距離感で話ができていた。
理想的なUターン生活。
ただ、母の口うるささは、相変わらずだった。
*
10年後。
入ったときは和やかであった職場は、度重なる不況と物価高騰、そして感染症流行によって徐々に環境が厳しくなり、その厳しさに人が去っていくことで更に厳しくなる負のスパイラルになり、完全なるブラック企業となった。
長時間労働に、休日出勤。残業代がある程度出るのだけが救いだった。
そう、本当に救いであった。
お金が必要になったのだ。
定年から10年、まず高齢の祖母が、次に父が認知症を発症し、母はその二人の世話に追われて、荒れた。
戻ってきた息子(私だ)は結婚せず、遅くまで家に帰らない。休日も仕事。
認知で勝手に外に出ては度々行方不明になる祖母。その度に警察に連絡し、捜索された。母は何度も頭を下げた。
父は記憶が曖昧になったからか、不機嫌になることが多くなった。
車の運転もおぼつかなくなった。
母は、二人の面倒を見るためによく悲鳴を上げるようになり、次に怒鳴り声を上げる様になった。
私は仕事が忙しいのか、地獄のようになった実家に帰りたくなくなったのか、もう区別がつかなくなった。
しかし、母の疲弊が酷くなった段階で、私は職場に相談し、休日は職場に出ず、実家で介護ができるようになった。
私という戦友ができ、休日だけでも負担が2分の1になり、母の機嫌は、一時的によくなった。
*
更に10年、祖母が亡くなり、父の認知が進んできた頃、母もまた、足を悪くして寝たきりになった。
(こんなに早く、認知や老化は進むものなのか。もう少し緩やかに進むのではないのか。)
私は、職場に相談して介護休暇を取った。無給で3年間。
今度は、私が一人で介護する番だ。
結婚もしていないし、もうする気もなかった。
今、結婚相手を探しても、その条件は「両親の介護をしてくれる人」として見てしまう。
それは相手の人生を犠牲にすることに他ならなかったからだ。
学生か、社会人になって早いうちに結婚しておくべきであった、とも思ったが、一方で、「もしここで子育てもしていたら、果たして自分は耐えられていただろうか」とも思った。
まあ、今更のことである。考えてもあまり意味のない仮定だ。
私は、日々、買い物をして料理をして洗濯をして両親の面倒を見た。
体を拭いて、下の世話をして、話をした。
皮肉にも、私は自分の話をこんなに長く聞いてもらうことは初めてだった。
両親はよく喋る人だったが、自分たちの話をするのが好きな人で、息子の心の在りようを長く聞いてくれる人でもなかった。
そこまで暇でもなかったのだろう。
しかし、今は時間が有り余っていた。
父も母も、私が結婚せず、子どももいないことを悲しんでいた。
それは、私が幸福に見えないからか、それとも、自分たちに孫がいないからか。
私には分からなかった。
SEの戦場とも、今の職場のブラックさとも違う介護地獄の日々。
いや、忙しく、両親の機嫌が悪いと怒鳴り声や泣き声が来るが、地獄というほどではない。むしろ、私は、指図する人間が極端に少なくなった今の状態に、奇妙なストレスの軽減を感じていた。
仕事は辞めた。指図されない。
両親からは、炊事洗濯のやり方をいちいち指図されなくなった。
やることは多く、自由な時間もないが、細かいやり方は自分で考えて自分で決めることができた。
父や母には申し訳ないが、妻や子どもがいたら、おそらく妻に指図され、子どもの面倒を見るために心を砕き、職場で働きながら妻には老親の介護をさせ、妻の愚痴を聞く生活で、私の心はストレスでやられていたのではないだろうか。
ただ、収入はなくなった。
無給の3年はすぐに過ぎ、私はそのまま退職して無職となった。
あとは、目減りしていく貯金とにらめっこしながら、介護の日々だ。
*
更に10年。
父が亡くなり、母も病を得てしまい病院へ入院し、そこで数年の闘病生活の末、亡くなった。
私は母が長期入院になった段階で再就職先を求めたが、若くなかったため、高額な給料など望むべくもなかった。
わずかばかりのお金を得ては、母の病院に支払った。
母は最期まで、私に子どもがいないことを残念がっていた。
私も残念がっていたが、それは表面的なものだったかもしれない。
やはり、妻や子どもを、自分を縛る鎖だと感じていたのだと思う。
母の葬儀は、家族葬を行った。
祖母、父、母。三度目ともなると、もう慣れてしまった。
葬儀屋と馴染みとなった僧に対応をお願いし、ついでに奥地にあって墓参りに苦慮していた墓地を実家近くの墓地へ改葬した。
一人になった。
毎朝線香を上げ、手を合わせると、その時が自分を見つめ直す時間になった。
*
もう何も残っていない。
結婚もしてないし、子どももいない。
親がいなくなったことで、自分は孤独になった。しかし、一方で自由にもなった。
あとはいつ、どうやって死ぬか。それだけだ。
それがいいことなのかどうかは、わからない。
若い頃の自分なら、絶対に認められなかっただろう。
可愛い奥さんとの生活とか、憧れていたから。
母も、きっと子どもを残してほしかったのだろう。血が、家が絶えることを嫌がっていた。
しかし、皮肉なことに、そうして母が怒鳴る度に、逆に自分は「こんな血が残らなくて良いかもしれない」と思ってしまった。
ただ、あとは自分の心の赴くままに、流れていこう。
何ができるかはわからない。
ただ、東京に、街に行ってみることにした。
文字通りの意味で、他に何もなくなった自分にとって、自分を最後に試してみるために。
これが人生のはじまりなのか。それとも、最期の旅への最初の一歩か。
わからないけれど。
明日誰かと出会うかもしれない。
出会わないかもしれない。
親が死んで、悲しかったけれど、疲れ切っていたけれど。
同時に、肩の荷が降りた。
明日、自分は、右に歩くのも左に走るのも自由だ。
街へ、行ってみよう。
本だって、洋服だって。今はなんでもインターネットの通販で買える。
それなのに、わざわざ街に出掛ける理由ってあるんだろうか。
「そんなの、あるに決まってんじゃん!」
私の疑問に、親友が食い気味に答えた。
「もちろん『楽しい』から!」
「……自信満々にうっすいこと言うね」
冷めた目をする私に、親友は不満そうに口を尖らせた。
「えー、薄いかな? 真理じゃない?」
「今の時代、街に出掛けることに意味なんて無いと思うけど」
私がそう言うと、親友はなぜかにやっと笑った。
「……そんなこと言うけどさ、いつも誘ったら来てくれるもんね?」
「……だって、『楽しい』もの」
街は今日も賑わっている。
『街へ』
街へ行こう。
時には、私も知らない遠くまで
行ってみよう。
人混みは嫌いだけど。
その、人混みに隠れるように。
人の数に、反比例する
無関心は心地よいだろう。
狭い世界で息詰まった
この苦しさも
知らぬ街の珈琲で
きっと、流れるだろうから。
【お題:街へ】
ある街は
人々の欲望のままに
次々に金融機関や新しく
商業施設が建設され
交通機関が整備されていく
街には、地上も地下も
自然物はない
すべてが人工的なモノだ
ここまでの話なら
この街が
PCの仮想空間上のものか
現実の街なのかわからない
もしかしたら、すでに
現実空間も仮想空間も
境界がないのかもしれない
わたしは週末、『街へ』行く
どこへ行っているのだろう
まー
街へ
私が住んでいるのは、街から離れた場所。
静かで、ときどき車が通る。
自然が豊かで、少し不便だけど、いいところ。
週末はよく街へ行く。
本屋、ショッピングモール、カフェ・・・
いろいろ楽しんで、家に帰る。
街へ行くのも楽しいけど、家にいるのもいい。
明日は一週間ぶりに、街へ行く日。
今から楽しみで、眠れない!
街へ行く者よ
そこは希望に溢れているかもしれない
そこは絶望に満ちているかもしれない
そこは挑戦者を歓迎するかもしれない
そこは敗北者を侮辱するかもしれない
そんなのは他の誰でもない、
自分の目で耳で、確かめなければ分からない。
都会だろうと田舎だろうと
街だろうと村だろうと
君が輝ける場所が君の居場所だ
街へ
笑って走ってる日も
泣きながら帰る日も
ドキドキして歩く日も
いつも行く街は
なにひとつとして変わらない
6."街へ"
外へ出て広い世界を知った君。
街を知り、人を知り、夜を知り
そして女という生き物を知った貴方。
私の好きだった貴方の顔はもう見えない。
見えるのは私以外の女を追う貴方の後ろ姿だけ。
私の好きだった貴方はもう帰らない。
帰ってくるのは私以外の女の香水を纏った貴方だけ。
私の好きだった貴方はもう居ない。
居るのは私を忘れた貴方だけだから。
欲しかった口紅を買いに街へ出掛けた。
試してみたら似合わなくって。
それでも美容部員さんは「お似合いですよ。」って言ってくれる。
だから、口紅の他にもアイシャドウを試してみた。
なかなかいいかも。
今度は「すごく良くお似合いですよ。」って言ってくれた。
迷った挙げ句、私はアイシャドウだけ購入した。
欲しかった口紅を買いに街へ出掛けたら、アイシャドウを買って帰ってきてしまった。
明日から使うのが楽しみだ。
ピンヒールで背伸びをして、ブランドのシベールバックで見栄を張る。
髪を巻いて爪を塗って、アイラインを強くひく。
それがぜぇんぶ上手く行った日だけ、私は街へ行く。
そうしゃないと全然『幻』になれないから。
「お姉さん夜の仕事とか興味ない?」
「ちょっと待って、君すごい可愛いじゃん。俺と一杯どう?」
軽薄なスカウトもナンパも全然気にならない。だってこれが、これこそが私がこの街の幻になれている証なのだから。
彼らは、等身大の私なんてきっと視界にも入れやしない。夢見心地で『街の女』の私を今この瞬間、サイコーに気に入ってる。
私にあるのは、街に所有されている夢って付加価値だけ。
でも、私はそれだけで満足。それだけが愛しくてたまらない。
この街は私みたいな往来のプライドだけで成り立っている。
みんなのプライドが街の正義とか解みたいなのを作って、みんながそれを目指して、ほんとの答えを知らないまま、街はどんどん高く、大きく、幻になっていく。
みんなの幻想で、つくられていく夢の街。
そこの幻になるのがたまらなく好きなだけだ。
【街へ】2024/01/28
『街へ』(創作)
「あなた…来てくれたのね。もう泣き虫なんだから…また、こんなに泣いて…。」
男は横たわる妻を抱き寄せ
「遅くなって悪かった。一人にさせてしまって…。」と、更に泣いた。
妻は苦悶の中、ふふっと笑いながら
「一人じゃなかったわ。」と男に伝えた。
この子が生まれたら、3人であの街へ行きましょう。
あなたの相棒が待つあの街へ。
(すみません。映画のオマージュのつもりですが、無理矢理お題入れたし、大失敗です。身の丈に合わないことした気分ですが、手直しも無理そうなので、そのまま載せておきます。)
【街へ】
街にはランクがある。
小街、中街、大街、特大街である。
私は幼い頃から小街に住んでいた。
中街へは電車に揺られて20分ほどで到着する。
小学生の時に初めて目にした中街は、こんな世界があるのかと驚いたものだ。
岩倉使節団が目にした世界と同等である。
明治維新の改革は、大したこともないこの街にまで影響していたのだ。
この感動は後世まで語り継がれるであろう。
街へ出るとき恐れるのは目的地までたどり着けるかということである。
大街、特大街はやたらに複雑怪奇なのだ。
何度私の心を挫けさせたであろう。
だが私は諦めない。スマホという名のドラえもんがいるのだ。
スマホで検索し、目的地までちょちょいのちょいってな具合である。特大街も大したことはない。
街へ出るなら外見にも気を使う。
誰のためと言われれば解を窮するが、こんな洒落た場所にいるのなら洒落た姿でいたい。
私の遺伝子に刻まれた見栄という、ここでしか発揮できない柔軟性のない能力である。
颯爽と風に乗りスマートな佇まいを披露すれば、今日の私は満足する。
あとはしょうもない用事を済ませて完了である。
こんな街でも数多の人の思い出がある。
私のような田舎者からクールな都会人まで。
私が行く街はどこもきっと素敵な街なのだ。
次に行く街はどこにしようか。
にこやかに笑っている街に行きたいのだ。