『行かないで』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
わたしより先にいくなど許さない捨て置いていいだからお願い
【行かないで】
行かないで
「行かないで」そう言って私は彼の手を掴んだ。でも彼は、「めんどくさい女は嫌いだ」と言って出て行ってしまった。私が何をしたって言うのか。彼にただ結婚の話をしただけじゃないか。そう考えながら、私は届かないと思っていながら行かないでと泣き叫んだ。届かない、聞こえないと思いながら叫ぶと声がだんだん小さくなっていった。そして最後に私の口から出た言葉は一つだった。「いままでありがとう。楽しかったよ。」と。
〈行かないで〉
祖母が死んだ。
優しい祖母だった。
世界で唯一、私のことを理解し、肯定し、愛してくれる存在だった。
急な交通事故に巻き込まれ、3時間集中治療室で治療を受けたが、見込みがないと言われ、祖父が延命治療を中断させた。
喪主は祖父が務めたが、誰がどう見てもも抜け殻のように顔が真っ青で、今にも倒れそうな勢いだった。何度も隣に座る父が代弁したり、祖父の背中をさすっていた。
最初は、父や母たちは喪主は自分がやると言ったが、「最後ぐらい母さんの隣にいたい」という祖父の要望で決めた。
葬式が終わり、火葬場に着いた。
火葬場のスタッフが、祖母が眠る棺桶を外に運び出し、納棺の流れに入った。
祖父もわかっているのだろう。
これが終われば、とうとう最後の別れを告げなければならないことを。
時間が止まればいいのにと思ったが、現実は残酷で、「皆様、最後のお別れをしてください」と喪服を身にまとうスタッフが言った。
それぞれが祖母の顔を撫でたり、頭を下げたりする中、ひとり、祖父はソファーに座っていた。
私は最後の別れを告げた。
おばあちゃんっ子だった私だからか、両親は一番最初に祖母と話すよう促した。
祖母がつけていたネックレスを外し、自分の首に着けた。金属製のネックレスで、海に入っても錆がつかないとよく自慢していて、祖父が還暦祝いに買ってくれたものだ。それを孫である私がつけるのは生意気に見えるかもしれないが、生前祖母の口癖で「ばあちゃんが死んだら、千穂にあげる」と言われていたため、つけさせてもらう。
ネックレスのはずなのに鎖のように感じたのは私は気の所為だろうか。
祖母が死んだという事実が今になって、私を首につけてるネックレスから足先まだ襲ってきた。そして、それは私だけではなかった。ソファーに座る祖父も同じだった。
祖父は祖母がつけていた結婚指輪をチェーンに通して、私と同じようにネックレスにしていた。
あまりにも祖母を失った悲しみに耐えられない姿を見せる祖父が、心苦しくて火葬場へ向かうバスの車内で私が提案した。
「プレゼントにはそれぞれ意味が込められてるの。特にアクセリー系はそうなんだよね。指輪は契約、約束。ネックレスは『永遠にあなたと居たい』っていう意味があるんだよ」
「そんなの、どこで覚えてきたんだ?」
「女の子は気にするんだよ?もらったプレゼントの意味とか、特にあげるときはね」
「じゃあ、この母さんの結婚指輪はネックレスにしようか」
「そう言うと思って、チェーンあるよ。あげる」
「お前は母さんと似て、準備が良いな」
ふっと祖父は祖母が死んで初めて笑った。
最後の別れが終わろうとしたが、肝心の喪主がまだしていなかった。スタッフは気を遣って無理はしなくて良いと言ってくれた。しかし、祖父は無言で立ち上がり、祖母のもとへよろよろと近づいた。
自然と周りの人間が、道を作り、最後の別れの時間を惜しんだ。
祖父は祖母の顔を撫で、なにかをつぶやいた。
なんと言ったのか私には聞こえなかったが、そっちの方が良いだろう。愛し愛される人間同士にしか分からないものだってある。
「では、この赤いボタンを押してください。すると、火葬が始まります。どなたか、1名押してください」
父が手をあげようとしたが、「私がやります」と祖父が遮った。父は止めたが祖父の頑固さを知っているのか、黙って後ろに下がった。
「ピーーー」
無言でボタンは押され、その場にいた人たちが合掌を始める。それがマナーだと教えられてきたからだ。故人を悼む気持ちを込めて、合掌をするのだと教えられたが、祖父はボタンを押した直後、部屋を出て行った。
ぎょっと親戚たちは祖父の行動を見ていたが、私たちは知らないフリをしてそのまま合掌を続けた。
控え室で親戚たちが祖父のマナーの悪さで話が盛り上がる中、私は部屋の隅でネックレスを触っていた。
本当に死んだんだな。
人間はいつか死ぬ生き物だと頭では理解していたが、理解しているつもりだったようだ。未だに夢だと言われても頷いてしまいそうだ。
「千穂、おじいちゃんの様子見に行ってくれる?」
親戚たちの対応に追われてる母から言われ、祖父を探しに行った。
しかし、どこに行っても見当たらず、先ほどの火葬でお世話になったスタッフと会った。
「あの、前田寛はどこにいますか?先ほど祖母を火葬した際、ボタンを押した者なんですが」
「あぁ!お祖父様はあの部屋にいますよ。火葬部屋に。私共も『控え室でお休みください』と言ったのですが、離れたくないようで。恐らく今もいらっしゃいますよ」
「そうなんですね、ご迷惑おかけしました。ありがとうございます」
私は急いで火葬部屋へ向かった。
ソファーに座る祖父の背中姿が見えた。
声をかけようとしたが、祖父の声で遮られた。
「行かないで!行かないで…なんでなんだよ!」
顔は見えないが、きっと鼻水と涙、涎まで垂らしながら泣いていた。
私は祖父の横に座り、火葬が終わるまで待っていた。
行かないで
その一言さえ言えれば
あなたはここにいたのかな
私の意地
私の恋
私の後悔
どれも役に立たなかったな。
私の友達、ハルカはとても器用だった。
私が幼い頃からやっているピアノ。
ハルカはたった2ヶ月の練習で銀賞をとった。
私が2ヶ月もかけて完成させた絵の課題。
ハルカは徹夜で仕上げ、賞をとった。
ハルカはいつも私の一歩先にいた。
そして、私の手を引っ張ってくれた。
ピアノは、ハルカが練習に付き合ってくれて、過去一優秀な成績を残す事ができた。
絵の課題は、ハルカが必死に先生に推薦してくれて、私も小さな賞をもらう事ができた。
けど、今日だけは違った。
横断歩道を渡っている時、ハルカは突然私を後ろに突き飛ばした。
そして、ハルカの体は次の瞬間宙に舞った。
耳鳴りが残るような車の音と一緒に。
ハルカは、
ハルカは、どうして最後だけ、私を突き放していってしまったのだろう。
もっと早く言えばよかった。
「行かないで。いかないで」
行かないで
繋いだ手が離れたとき
「またね」と言ったあのとき
手を振ったあのとき
そう言えてたら良かったのに
『どうして残ったの?』
秋晴れの空を移したような髪色を持つ“ベル”が問いかける
普段は自分から話しかける事の無い人見知りな子
それでいて会話が苦手な不器用な子
そして仲間思いな子だと
隣に居る40を超えた“ケンタ”は知っていた
『我が子みたいな存在が1人でも残るのなら残るだろ?』
恥ずかしげも無く、視線をズラす事無く彼は伝える
20を超えた頃に妻子を亡くし…
30超えた頃に友人を亡くし…
5年前にその忘れ形見を亡くした
今では仲間は愚か顔見知りを失う事ですら恐ろしい
ソレを理由に人を避けていたというのに大事なものばかり増えて…
今でも安全を置いて危うい場所にベルと居る
『“我が子みたいな子”なんて沢山居るじゃない』
まるで拗ねるように口をキュッと結びながらベルは会話を続ける
確かにケンタには反射的に我が子と答えてしまうような関係性の人が多い
歳が一回り二回りと離れていて目が離せない危うさを持たれれば自然とそうなるのだろうが…
『抗争が始まったのに此処に居残るって言い張る我が子は二人だけだったからな』
何故この場所が危ういかは各々充分に理解してる
区は愚か市を巻き込んだ裏社会の抗争が日本で起きたのだ
現代で此処まで治安の悪い市なんて此処ぐらいだろう
表向きは平和な街の癖して…裏ではドス黒いものが渦巻いている
『私も“テルヒコ”もなんだかんだ言って大丈夫よ』
そんな危険地帯に残ると言い張ったのはベルと“テルヒコ”と呼ばれた青年だ
明るいオレンジ色の髪を黒いヘアバンドで止めて…
憧れが止められないショッキングピンクの瞳を輝かせて…
カメラを片手に居残ると発言した我が子のような存在…基“問題児”
『せめて拠点に居ろと言ったのに…アイツは戦場カメラマンにでもなったつもりなのか?』
『かもね』
当人は四大欲求の一つ、撮影欲と言っているが周りから見ればただの奇行だ
綺麗な風景、人物、シチュエーションだけならまだしもリアリティある現場やシリアスな場面もそのシャッターに収めようとする
いわば変人という訳で…
そんな変人が集まるのが“八方組(やがたぐみ)”という組織だ
『…なんでそんなに優しくするの?』
変人の中では一般常識も良識も兼ね備えているケンタにベルは問いかける
ベルは居場所の無い孤児のようなものだ
裏社会で行われた人体実験の元になった赤子の1人
そして失敗作と居場所を終われた子
故に“変人”の部類に属している
比べてケンゴはというとそうでも無い
不幸が重なり心を塞ぎ
縁が重なり友人と共に此処に流れた
今では裏社会でも顔が効く八方組の大黒柱の一つ
そんな長く太い歴史を持つ彼の事をベルはあまり知らなかった
己を保護した女性と…育て親と顔見知りで現育て親にも関わらずまともにコミュケーションが出来ていない
変人の多い賑やかな八方組だからこそなんだろうけど…
『親友との約束だからな』
物憂げな表情でケンタが答えた
僅かに生えた口周りの髭を落ち着かないように撫でながら
苦労人を思わせる白髪混じりの髪、薄く皺が刻まれた顔、きちんと剃れと何度も言われた髭…
そんな容姿と雰囲気が哀愁を漂わせる
『そう』
親友とはどんな関係だったのか
何も知らないベルは疑問を晴らす会話を続けられなかった
素直に聞けば良いと理解してるのだけれど
哀愁漂うケンタに聞く勇気が無かった
その親友が亡くなってるのだと雰囲気で伝わったから
『ベル、ちょっと倉庫に寄っていいか?』
『何…急に…』
『おっちゃんの野生の勘ってやつだ』
いきなり哀愁を吹き飛ばすような鋭い目付きをするケンタ
その変わり身の速さに身体が強ばるベル
別に拠点に違和感は無い
強いて言うのなら人が居ないから静か過ぎるくらいだ
抗争紛れに武器を持った侵入者でも来たのだろうか
だとしても何故倉庫に?
『別にいいけど…それって嫌な予感?』
『まぁな、鈍ってれば良いけど』
ベルを不安にさせない為かケンタは深く語らない
移動する中年太りした身体をベルは追いかける
その大きな背中を見るとベルの身体の小ささを自覚する
鍛え上げられた攻撃の手段と程よく付いた防御の手段が合わせられた身体を中年太りと言うには叱られるだろう
テルヒコなら言いそうだが
ビルと言うには低く狭い建物の廊下を歩く
遠目に黒煙が映る窓の外は雨が降りそうなのか曇っていた
少しばかり土の香りだって鼻をくすぐる
八方組は裏社会で商売を目的とする組織だ
だから拠点内には数多の倉庫が点在する
まるで示されたようにケンタは1つの倉庫に向かっていた
拠点内の比較的中心部にある倉庫だ
そこには幾つもの武器がバラされ、隠されるようにしまわれている
ケンタがその扉を開けるのをベルが後ろから覗き込んだ
中にはとうに避難したはずの仲間が居た
顔がすっぽり収まるカゴを頭に被り
豊満な身体を薄い着物で包んだ女性
毛先に向かう度に黄色くなる柔らかなオレンジ色の髪を揺らしながら女は振り返った
『“カゴ”…?どうして此処に…』
その一つからカチリカチリと歪な音が鳴っていた
時計の秒針のような
タイムリミットを告げる音
そして蔓延するバラされた武器から発せられる火薬の匂い
『貴方が残ってくれて良かった』
酷く穏やかな声で“カゴ”は伝えた
渾名の元になった面隠しを取り
眉間、顎、両目の下…繋げれば四角となる特徴的なホクロを晒す
初めて晒すその顔は21の割には大人びていて
ぽってりとした厚い唇は柔らかく妖艶に微笑まれていた
ケンタは咄嗟に左手でベルの肩を掴み窓に向かって軽々と放り投げた
人体実験を受けたベルの身体が丈夫なこと
そんな身体が勢い良くぶつかれば窓が割れること
そしてこの窓の下には広めの花壇があったこと
窓ガラスは綺麗に割れてベルは重力に従い落ちていく
そしてガサガサッと音を立てて花壇に植えられた紫陽花に突っ込んだ
あまりの出来事に悲鳴さえも出なかった
とりあえず花壇から這い出ようとした矢先に大きな爆発音が耳を刺す
キィィィンと響く耳鳴りと眩い火柱
降り注ぐ窓ガラスを腕で凌いで服はボロボロになった
大きな破片が落ちてたら無事では済まない
先程まで自分が居たはずの窓から何かが投げ出される
それはボトンッと重たい音を立ててベルの眼前に
花壇から見て建物の反対側に落ちた
焼け焦げた左腕だ
肩があったであろう断面はブスブスと煙が舞い
まだ原型が留まっている左手は熱で僅かに縮んでいる
『…ぁ…』
それが誰のものかベルは気づいてしまった
でも理解したくなかった
花壇から這い出て立ち上がろうとしてもガクンと関節が折れる
落下の時に花壇の縁に足をぶつけたのか…
はたまた力が入らないのか…
痛覚を持たないベルには分からなかった
悲鳴すら出ない
嘘だと嘆く声すら出ない
ズルズルと体を引き摺りながら左腕に向かう
受身を失敗して折れた痛々しい自分の腕を伸ばして
確認するように左手を握った
そこにはケンタが大切にしていた僅かに焦げた結婚指輪が薬指に付けられていた
『…ぅ…そ……でしょ…?』
先程まで普通に話していたのだ
世間話のような…それにしては歪な
当たり障りのない会話とぎこちない距離感を産んでたのだ
きっと今日の反省日記に書かれるであろう後悔も産んだのだ
失うにはあまりにも大きな存在が
奪われるにはあまりにも大きな存在が
たかが大きな抗争のたかが小さな爆弾で
こんなに呆気なく朽ちるには…無惨にまともな形すら遺らずに逝くには
少女の絶叫では表しきれないくらいに残酷じゃないか
~あとがき~
創作のワンシーン
カゴさんは爆発物の距離的に爆散してます
ケンタさぁぁん…
舞い落ちる枯葉の羽音が落ちる
軽やかに羽を広げて
世界すら変えてしまいそうな
季節が変わる音がする
【行かないで】
「───」
そう、言えたらどれほど良かっただろう。
たとえ何が変わらなかったとしても、己の中のその想いをあの人へ伝えられていたのなら。そんな今があったのなら、それは、もっとずっと……
そんな意味のない空想を今だ捨て切れず、過去を振り返っては変わらない後悔を慈しむ。言わばこれはただの自己憐憫。たられば、なんて今からでもなにかを行う勇気もない癖に。
「同窓会……」
参加する気はなかった。それでも、もう少し考えよう、とそんな珍しい気紛れによって、もう7日ほど机の上に放置されたその葉書。
隣合うひとつの二重線とひとつの丸でなにかが変わるというのなら。そんな風に勇気を振り絞って、卒業以来初めての顔合わせに一歩踏み出す。
(グループで、来るって言ってた)
就職に進学とバラバラの進路を志した割に、何故か細々と残り続ける文明の利器の中の微かな繋がり。ときたま意味もないやりとりが唐突に行われては沈黙を繰り返すあの頃のままの時間。それが後押しをしてくれるから。
「今回は、言おう」
『行かないで』
・行かないで
行かないで、と声に出して伝えてしまったら今まで我慢してきた事が全て溢れてしまいそうで怖かった。
だから別れが来るまでこの気持ちは1人で抱えておこう。
そうすればきっと、相手を悩ませることは無いはずだから。
でももし伝えたら?
伝えて、相手も同じことを願っていたら?
もしそうだったら自分はこの世で1番幸せになれるような気がするんだ。
……だとしても、相手に伝える日が来る事は一生来ないんだろうなぁ。
「行かないで」
行かないでと君にあの時言えたなら
僕は後悔せずに済んだだろうか。
君を好きになったあの日、あの時。
僕は人生が大きく変わった。
内気で大人しい僕を君が変えた。
君と過ごした日々は僕にとっての宝物だった。
ただ、突然君は消えた。
あの日、あの時行かないでと言えたなら
と後悔してもしきれない。
まだ君を好きだから。
ねぇ、僕の愛した君は今どこにいますか?
幸せですか?
もう一度会えたならもう二度と離さない。
だから、もう一度だけ、やり直させて欲しい。
君のことを好きだから。
正月の朝、月が高くあがっている。
父の実家から我が家へ帰る朝だ。電車に乗るための小銭がポケットの中でちゃりちゃりとなる。
ああ、帰りたくないな。
帰ったらまた憂鬱な日常が、わたしを迎える。
そう思えば思うほど、冷たい風がこの非日常への未練を粘り強いものにさせる。
カラスの声が耳に届く。
わたしの日常からは遠く離れた場所の日常を、今この耳で聞いている。
「行かないで、いいよ。」
そんな言葉をかけられているような気がした。
思えば、わたしは歩き出していた。
家とは逆方向に。
わたしがまたここに来るのは、1年後だ。
【春の来ない冬】
朝日の眩しさで目が覚めた。
見慣れない部屋、見慣れない布団。
そうだ、私、家出してるんだった。
寝ぼけた頭のままでいられたらどんなに幸せだっただろうか、そんなことを思いながら一階へ降りた。
「あ、海愛ちゃんおはよ!ぐっすり眠れた?」
「はい、」
「朝ご飯もうすぐできるから、着替えておいで」
私は眠気の残る体を引きずって洗面所に向かった。
ああ、家出2日目か。
お母さんはまだ家に帰っていないだろうか。
本当ならば、この時間には朝食を作っているところなんだろうけど。
私は不思議でならなかった。
なぜ自分がこんなことをしているのか、
なぜ自分は家出をしようと思ったのか、
何の計画性も無い家出が、なぜ上手くいっているのか。
自分の身に起こっていることが不思議だった。
それも、全て自分が起こしたことなのに。
朝食を食べ終わった後、私はある人に電話をした。
流石に何とかしなければ。
もう誤魔化せないから。
「えー、本当にいいの?もう一日泊まっても良いんだよ?」
「これから大丈夫?ほら、東京って広いからさ、迷子になっちゃったり…」
槇原さん夫婦から心配されるも、私は強く言った。
「大丈夫です。
昨日から色々とありがとうございました。
本当に、本当に感謝しています。
でも、もうこれ以上迷惑はかけられないので。
…あの、何かお礼をさせてください。
こんなにお世話になったから、何かお礼をしないと気が済まないです」
これは本心だ。
これ以上お世話になってはいけない。
私は「ちょっと早めの夏休みなので旅行しにやってきた」のでは無い。
これは家出なのだ。
私は槇原さん夫婦に嘘を吐いている。
これ以上は、もう誤魔化せない。
「…そっか、寂しくなっちゃうね」
夏子さんは寂しそうに言った。
きっとこれも本心だ。
「またいつでもおいで、私たちはどこにも行かないからさ」
「また会える日を待ってるよ」
最初は敬語だった晋也さんも、今では柔和な口調になっている。
「…最後に、お願いを聞いてくれないかな?
わがままかもしれないけど。」
晋也さんは私をじっと見つめて言った。
「海愛ちゃんの歌声を、聴かせてほしいんだ」
…え?
一瞬、何が起こったのか分からなかった。
3秒経ってから、脳がやっと言葉を食べ始めた。
私の歌声を、聴かせてほしい…?
「いや、やっぱり大智の子供なんだなって。
喋り方も振る舞いも、どこか似ているんだよ。
なんだか…懐かしくなっちゃって。
あれからずっと、大智の歌声を聴いたことがなかったから。
聴きたくなっちゃって。」
夏子さんも「うんうん」と頷いている。
「え…そんなの、無理ですよ…
私、そこまで上手くないし…」
しかし、晋也さんの目を見て、そんなことは言えなくなってしまった。
砂漠で水を求めるような、欠けたピースが埋まらないことを悲しむ目。
ああ、私はオトウサンの代わりに晋也さんの心を埋められる人なんだ。
私はギターを手に取った。
「えっと、上手くないんですけど、弾いてみます…」
私は息を吸った。
自分の部屋で、何回も何十回もやってきたじゃないか。
ピックがギターの弦に当たるのを感じながら、喉が確かに声を出しているのを感じながら、
私はずっと考えていた。
晋也さんは、何年も耐えてきたのだろう。
親友を失った悲しみ。
親友の最期に立ち会えなかった悲しみ。
心に穴が空いて、風が吹いて「寒い」と独りで凍えることの辛さ。
それらを消化することはできないから、ずっとモヤモヤしている。
学生時代が夏ならば、今は冬だ。
春の来ない冬。
オトウサンは先に逝ってしまって、「いかないで」って晋也さんが叫んでる。
オトウサンも冬に取り残されたままなのに。
私はずっと変なことを考えていた。
歌いながら考えて、「私はなんてヘンなことを考えているのだろう」と思うも、また考え始める。
気がつけば、歌い終わっていた。
思考に囚われすぎて、自分が歌っているという感覚を見失っていた。
次に拍手が聴こえてきた。
「すごい、すごいよ。海愛ちゃん、すごいよ!」
夏子さんは興奮しながら言った。
「こんなに素敵な歌、聴いたことない!」
一方、夏子さんの隣で晋也さんは
泣いていた。
「…やっぱり、大智にそっくりだよ。
大智が帰ってきたって、そう思ったよ…」
晋也さんは「こんな恥ずかしい姿、見せられない」と言わんばかりにゴシゴシと涙を拭いて、
「さ、行こっか。」
と鼻声で言った。
車に乗せてもらって20分。
「わあ、すご…」
東京駅が見えた。
テレビで見てたやつだ!
「東京駅、すごいよね」
晋也さんは、すっかり元の声に戻ったみたいだ。
近くのコンビニに停めてもらって、私は車を降りた。
「本当に、本当にありがとうございました!」
「また弾き語り聴かせてね」
「お互い元気で!」
「また手紙送ります!」
私たちは別れた。
槇原さん夫婦は車に乗って走り去っていった。
少しだけ寂しくて「行かないで」と思ってしまったけど。
私は私で、やるべきことを進めなくちゃいけないから。
いつかまた会えることを信じて。
私は歩き出した。
約束の場所は東京駅。
そこには、おばあちゃんが待っている。
#行かないで
あの日 言えなかった一言
素直に言えたなら
嘘で塗り固めた自分を
呪うこともなかっただろう
強がって大人ぶって
大丈夫だなんて…
愚かだよね
何か言いたげなあなたの言葉
遮って
今も時々
夢の中の私が叫ぶの
行かないで…って
行かないで
行かないで欲しい
あの頃詩をかくことでしか
成り立たなかったわたし
気持ちを人にぶつけるのが怖くて
紙にかくことしかできなかった
成長したから
あの頃の鋭い自分はもういない
詩を苦しさで紡ぐことができなくなった
いつのまにか、かけなくなった
それでもいいけど、だけど、
あの頃の自分が消えたみたい
自分の一部を失ったみたい
行かないでほしい
鋭い目線が遠ざかる
いまのわたしは
かいてって言われたから
柔らかいままかくだけ
引き留めたい想いはすでに殺したし旅立つ君を笑顔で送ろう
題-行かないで
行かないで
一ノ瀬「そ、そんな! 行かないでくれ!?」
翔吾「無理だな」
早苗「ああ。ムリだ」
一ノ瀬「頼む! 人助けだと思って!」
早苗「そうは言ってもなあ」
翔吾「無理なもんは無理だろ」
一ノ瀬「いや、いけるいける。二人はただ、そばにいて俺を見守ってくれるだけでいいんだ」
早苗「……確認だけど、君、今手に持っているものは?」
一ノ瀬「弁当箱!」
翔吾「で、いつから持って帰るの忘れたって?」
一ノ瀬「……一週間」
早苗「さよなら」
翔吾「さっさとゴミに捨てて来い」
一ノ瀬「待って! 本当に頼む! 弁当箱を洗うまでとは言わない。せめて、せめて中を一緒に見るとこだけでも……!」
注意報まみれの外だ 鬼は内
/お題「行かないで」より
行かないで!
と言ったら未来は変わってたんだろうか?と思うこと多々…
─── 行かないで ───
捨てられたんじゃない
僕達がこの人達を捨てたんだ