『良いお年を』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
思えば、自分は頑張れていたのだろうか。
年が変わり、皆が新しい1年の始まりに胸を躍らせる中で、自分は生きがいを見失いかけている。
仕事に誠心誠意取り組み、ある程度の評価を貰えた。ようやく業務にも慣れてきたし、重要な業務も任せてもらえるようになった。
でも、仕事ばかりでいいのだろうか。
正直、自分の私生活は自堕落そのもので、褒められたものではない。
自分の生きがいは、どこにあるのだろう。
そう考えると、今のところどこにも見当たらない気がしてくる。
そして、考えた。
せっかくの新年であるし、生きがいを探すことを目標にしても良いのではないかと。
仕事が生きがいになるのかは分からないが、他の場面でも、意外な所で生きがいを見つけた、なんてことはよくある話だ。
大丈夫、自分は頑張れていた。
これから先、どんなことが起こるのかは分からないが、自分の頑張ってきたこれまでの人生は、きっと支えになるはずだから。
生きがいも、きっとどこかに、ひょっとしたら今までの経験の中にあるかもしれないから。
そんな希望を胸に、新年を迎える。
良い年になることを、切に願いながら。
「ところで」
「ところで?」
「このお題を年明けに見てしまった」
「あ、」
「そう、今回のお題がまさかの『良いお年を』とは」
「あー」
「まあ、まだ去年の国や地域もあるわけだが」
「あけおめー」
「そういえば我々は学生なのでまだお年玉はもらえるのでは」
「では!」
「だとすると、今年も良いお年だね」
「だねー」
お題『良いお年を』
良いお年を
貴方を思いながら
今年1年ありがとう
良いお年を
なぜ障害者は結婚🟰ウエディングドレス 白無垢でゴール
と、捉える人が多いんだろう?
初日の出
地元で初日の出スポットと呼ばれる母校近くの公園に
来て曇りの中、観に行った
だけど、結婚という、いきなりの質問を受けて
ウンザリされた
やっぱり健常者は健常者と、くっ付いて
障害者は障害者との出会いが多いし
逆に障害者は健常者との出会いが少ない
私も障害者で健常者との出会いが少ない
だから言われたかもしれない
奈々は、結婚=ウエディングドレス白無垢しか
考えていないじゃん?
私は初日の出の太陽が昇る前に
私が結婚に対する言葉をかけた
結婚式は全てではない
結婚=ウエディングドレス白無垢を着てゴールなんて
可笑しい。その先には、自立生活が待っているし、
それに人任せなんて考えていないよ。自分たちで
新しい家庭を築いたり生活する為に結婚するんじゃないの?
と。言った
昨日の大晦日にも
私は何も意識していなかったけど
人を睨むような表情をしてた。と…
私は長年彼氏がいないから
だからテレビで映る赤ちゃんや子供映像を避けたりすることが多くなった
やっぱり私は子供や赤ちゃんが大好き
だけど彼氏や夫となる男性と結婚していない
家事も多くできないから
料理もできる範囲は出来るけど
料理作り時間を平均時間を超えてしまう
赤ちゃん発言するな!と
よく言われる
だって私は子供や赤ちゃん大好きだから
私だって自分の子供が欲しいよ
本当は日記に書いて良いのか分からない
けれど自分の未来が失わないように
ここに書く
普通に行動すれば
2027年に結婚か?若くは、運命の人と
結婚に繋がる告白が来る
私が29〜30歳、2029年、結婚式を挙げる➕第一子出産
私が32〜33歳、2032年、第二子出産
私が37〜38歳、2037年、第3子出産だと言われた
2040年代の私、
何かを立ち上げて成功➕海外旅行
早く行動を起こせば
私が27〜28歳、2027年、結婚
私が29〜30歳、2029年、第一子出産
私が32〜33歳、2032年、第二子出産
私が34〜35歳、2034年、第三子出産
2040年代の私、
何かを立ち上げて成功➕海外旅行
独身の場合
2040年代に自◯するらしい
未来の私が自◯なんて想像できない
けれど、私は、本当に子供や赤ちゃん大好きだから
赤ちゃん好きすぎて彼氏夫がいない
自分は病んでしまって、◯ぬのか?自◯は避けたい
結婚の道を進みたいから
だから吉夢に頼ってしまうこともある
私が購入したフライパンどこに行った?
私用のフライパンが見当たらない
新しい年
消す このアプリありがとう
いつもと同じように
明日が来るだけ。
なのになぜか、
新年を迎えるときは
自然と未来への期待感が高まる。
いい一年になりますように。
良いお年を
良いお年を
また新たな年、空は、明るく雲一つない晴天、皆は、家族や親戚などと集まり幸せそうに会話などをしている、おせちなどを食べながらの会話は、とても弾むだろう…
『それでも春は来る』
もうすぐ春が来る
駅前の花屋が
昨日より少しだけ
色を増やしている
もうすぐ春が来る
君と出会った春が来る
改札を抜けた先で
名前を呼ばれた気がして
振り返る癖だけが残っている
コートのポケットに
去年のままの切符
使われなかった約束
時間は律儀に
それらを置き去りにしていく
もうすぐ春が来る
君がいない春が来る
それは思っていたより
静かで
思っていたより
ちゃんと朝が来る
ベランダに差し込む光は
君を連れてこない
それでも
洗濯物は乾き
珈琲は温かい
君と出会った春は
確かにここにあった
だから今
君がいない春も
嘘じゃない
もうすぐ春が来る
同じ速さで
違う意味を連れて
僕はそれを
拒まないことを覚え始めている
それが
大人になるということなら
せめて
この季節だけは
君の名前を
風に混ぜて歩こう
もうすぐ春が来る
君と出会った春が来る
君がいない春が来る
全部を抱えたまま
それでも
桜は咲く
良いお年を
ついに新年か。いい一年にしたいね。
FGO は楽しみにしてたけど新規情報はなしでややがっかり。まあそのうちくるからいいんだけど。
正月といえば餅だけどそういえば用意してないな。とはいえわざわざ買うのもだるいしなしでいいか。
良いお年を
年 地球が太陽の周りを旅するに要する時間
そう、年は、時間であって、時である。
今年も、今も、良い時間を、良い旅を、良い経験を、楽しもう!
昨年かかわって
くださった皆様
ありがとうございます✨
無事に
2026に辿りつけました
早速…
何を食べてか
わかりませんが
食あたり?
それとも
菌に当たったかな…
よいお年を⛩️
✴️621✴️よいお年を
良いお年を
「1年の計は元旦にあり」
何か成し遂げるには"スタート時の計画"が重要・・
というような意味らしい。
そう言えば、
今年はマジでダイエットします・・
今年はゴルフのスコアアップを・・
今年は新しいことを何かやります・・
今年は英会話とかを始めたいと・・
今年は、今年は・・
毎年、年賀状にはいろいろ書いたなー
な~んも出来なかったけど。今まで。
・・てか、多分これからも。
よく考えたら・・
意識高い系の方がするような
昨年は10キロマラソンにチャレンジし・・
とか、早朝野球への参加を目標に、
まずはキャッチボールから着手・・
とか、第一段階でグローブを購入・・
とか何かの"結果報告"は一切なし。
そりゃ何の取り組みも結果も無いから
無理もない
報告しようがないもんなー(笑)
「ワタシは早寝早起きを実践して健康管理を行い、
毎週末、地球温暖化対策として県境の山林で
間伐作業や植樹に汗を流しました。
また月に一度地域ボランティアとしてごみ拾い
と商店街の落書き消しを続けています。
そして春から6ヶ月間、2週間を1クールとして
段階的に距離を伸ばす形で走り込みをし
来年のマラソン出場を目指しております」
・・・という夢を見た。
良いお年を(笑)
—初詣—
正月がきた。
ただ、今年大学受験を控えている俺は、うかうかしていられない。
『神様、どうか頭が良くなりますように。どうか頭が良くなりますように』
賽銭箱の前で手を合わせる。
去年はなかなか成績が上がらなかった。こうなったら神頼みしかない。
拝殿を後にし、階段を下って行った。
「おみくじやる?」母に訊かれた。
「せっかくだしやろうかな」
母に百円をもらい、列に並んだ。思っていたよりも人が多い。
「初穂料をお納めください」
ようやく自分の番が回って来た。巫女さんに言われた通り、百円玉を手渡した。
茶色のみくじ箱をガラガラ振り、一本棒を引き抜いた。
「十九番でした」
「はい、お受け取りください。良いお年をお過ごしくださいませ」
渡されたくじを眺める。
今年は『吉』だった。悪くはない。
神様からの言葉や待ち人、失物などがずらっと書いてある。
「学業、『人に頼らず自ら励め』か……」
神様は見ているのかもしれない。
残り少ない時間、全力で追い込もう、と俺は思った。
お題:良いお年を
明けましておめでとうございます
今年もよろしくお願いします。
新たに年が明けましたね2025年が終わり、2026年の幕開けです。
昨年は楽しいことが沢山ありましたね。
大阪万博もあり、大盛り上がりでした。
さぁ今年はどんな一年になるでしょうか。
来年同じようにここでお話でできることを楽しみにしています。
この2026年が皆さんにとって幸せな一年になりますように
No.37
ゆく年くる年
何事もない毎日を過ごせるのが
1番平和で幸せなのかな
【 良いお年を 】
届いた年賀状には
幸せそうに微笑むあなたと
傍らには奥さん
良いお年をお過ごしください
文字を何度もなぞりながら
良かった
あなたの笑顔が今年も見ることが出来て
私も元気でやってるよ
返事は出さないけど
あなたの幸せを願ってる
私も良いお年を絶対過ごすからね
見てて
有史以降、地球上で戦争の無かった時代ってあったのか?たぶん無いだろう。
愚かすぎる。哀しすぎる。
#良いお年を
定型句を言わなければならない苦痛。
毎年毎年、うんざりすること、このうえない。
昨日と同じ今日が来て、今日と同じ明日が来るだけなのに。
<よいお年を! またな!)0:17既読
0:18既読( あぁ! >
0:18既読(よいお年を! >
このLINEのやり取りをした5分後に、彼はマナカ通りに面しているマンションの6階の左角部屋のベランダから飛び降りて死んだ。……と、私のスマホに連絡があったのは、それから間もなくのことだった。
そこから後のことは、正直あまり憶えていない。
彼の部屋のベランダには部屋履きのスリッパと彼のスマホが置いてあった。そこから警察官はスマホを解析し
彼と最後にLINEのやり取りをした私へと連絡が回ってきたのだ。警察署で取り調べてを受けた時に、彼は飛び降りる程に思い詰めていたことはなかったか?…と、聞かれたが私は、いいえ…。と、首を横に振る。
彼との関係は?警察官が再び質問をする。
彼とは、クラスが隣だったけれど中•高校が同じだった事
大人になってから、東街中の西駅から徒歩5分ぐらいのBAR『フラバル』と、言う名で再び再会した事
彼は、BARでカクテルを作る人になっていた事
そこから、LINEの交換をして連絡を取り合った。
連絡を取り合うのは、いつも月に2回ぐらいで内容は
お互いの近況報告ばかりだ。
私が、東街へ出向いた時にフラバルへ寄ってカクテルを作ってもらう事。それ以上の事は何も無い事を話した。
なんなら、私のスマホ履歴を全て調べても構わない
と、まで付け加えた。
警察官は、もう1人の今までの会話の記録を付けていた
警察官にアイコンタクトをして席を外させ廊下へと出て行った。彼は、きっと私のスマホ履歴を調べるのだろう
それから暫くして、持ってきていた鞄の中も調べる話になり、鞄の中に入っていた手帳も開いて内容を調べても良いか?と、女性警察官が取調室まで来て私に了承を得に訪れた。私は、はい、構いません。と、答えると彼女は部屋を出ていった。
彼が自殺した。その経緯は何なのだろう…?
1人取り残された取調室で私は、ボンヤリと考えていた
先ほどまで取調室に居た警察官2人は、部屋を出ていってしまった。まあ…私が仮に此処を出て行っても
廊下に見張りの警察官が居るんだけどね。などと頬杖をついて小さく呟いてみる。
あぁ…私が解放されるのは一体いつになるのだろう?
「良いお年を」って、なかなか難しい言葉ですよね。
そもそも「お年」って「年」に「お」をつけるのが難しくて、年なんてモノですらなくて概念なのに、丁寧語の「お」つける。「相手の来年」なので丁寧に「お年」なのかもしれないけど、でも「今年はどんなお年でしたか」はかなり不自然だし、「来年はどんなお年にしたいですか」とはまず言わず「どんな年」だと思う。もちろん「日」や「月」には、「出張に行かれる「お日」はいつですか」とか「今月はいよいよ頑張る「お月」ですね」なんて絶対に言わない。これで外国の人に、「ニホンジン、どういう条件で「お」をつけますか?」とか訊かれたら、完全に文法の無法領域にあって説明できません。
だからか「お年」という表現自体も少なく、実は2パターンしか思い浮かばなくて、あとは「お年はおいくつですか」ぐらい。こちらはさらに、疑問詞の「いくつ」にまで「お」をつけてる。ほかの疑問詞では「お何処に」なんて言わないし、それでは「17歳です」みたいな回答に、「ああ、もう「お17歳」になられたんですね」とも絶対に言わない。
そういう意味では、「良いお年を」そのものも、これはもうこう言うしかなくて、「悪いお年を」と思う相手にも取りあえず「良いお年を」なんて言っとくかというと、そもそもそういう相手には「良いお年を」なんていう言葉が湧出してこないし、もちろん悪いお年をとは絶対に言えない、思ってるならむしろ戦略的に言わない。
でも、そういう相手にあえて「良いおと↓し↑を↓」みたいに言ってやろうという発想が出てくるのが、京都の町屋のヒト。(悠久の二千年の歴史の町の「街ガチャ」は、「偉大だった御先祖ガチャ」と同じで、たぶんいろいろたいへんなんですわな。)
ということで、曖昧さと違和感がにじみ出た「都言葉風」の丁寧感にあふれてるけど、
「皆さま今年も良いお年を!」 (関東アクセント)
案外、変化がない1年は幸せなものだ。
「良いお年を」