『胸の鼓動』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
『胸の鼓動』
胸の鼓動と聞いて真っ先に思い浮かんだのは恋であった。
しかし、考えてみれば何も恋だけではない。
驚いたとき、不安なとき、走ったとき、苦しいとき――。
心臓は激しく動き、その鼓動をこの身で感じる。
だけどそのどんなときでも必ず付き纏うのは、
「今にも心臓が止まってしまうのではないか」
という思いだ。
電池が入ってるわけでもなければ、充電式でもない。
生まれてこの方、自分の体の中で自然に動いている。
この鼓動は何だ?
なぜ鼓動が聴こえる?
なぜ動いていられるんだ?
こんなに激しく動いて、この心臓は止まらないのだろうか?
激しく動いて酷使し続けていれば人より早く止まってしまうのではないか?
この心臓の音が、明日もあるなんて保障などどこにもないのではないか?
様々な思いが頭をよぎるが、それは全て死への恐怖なのかもしれない。
ノンフィクション+創作加味 2023/09/08
(どんなときでも付き纏うという部分が創作。実際は毎回じゃないけど、時々思うことです)
安心するんです
大切な人の
胸の鼓動を聞くと
温もりを感じると
今日も一緒に居る
一日一日がとても大事な一時
貴重なこの上ない今を
どっぷりと満喫しよう
永遠ではないのだから
"胸の鼓動"
「んーっ…し、今日の分終わり」
データを保存し、今日も1日酷使したモニターの電源を落とすと戸棚の戸を開け、フルートの入ったケースを持って病院の外に出る。
もうすぐそこまで秋が来ているのを告げる風を浴び、空を見上げる。
「うお…」
今日はよく晴れているから星がよく見える。月も綺麗に輝いていて、夜空の美しさに胸が高鳴る。ちなみに今からやろうとしているのは、あの変な演奏会の後に見つけて、アレンジした曲。そしてこの夜にピッタリな曲名の曲だ。…さっきこの夜空に胸を高鳴らせた俺にも、だろうな……。ケースを地面に置いて蓋を開けフルートを取り出し、ふぅ、と一息吐いてフルートを口に当てて構える。
曲名は…《STAR BEAT〜ホシノコドウ〜》
最初はコーラスメインで。
《Lalalala Lalalala…》
と、ハミングするように音を奏でる。ちょっとのキーボードソロを奏でて、1番のAメロへ
《いくつもの夢を数えても 聞こえないふり続けてきた》
この後にコーラスが食い気味に入る。この曲は何箇所もそんな場所があるから迷ったけど、ボーカルメインでコーラスは可能な限りであまりアレンジ箇所に加えない、に落ち着いた。ここの辺りはちょっと悲しさと寂しさを溶かした音で奏でる。この辺りの歌詞は少しチクチク刺さる…。
《STAR BEAT!》
ここで音に爆発力を持たせて、サビに入る。サビではAメロBメロとは対象的に、明るい音に楽しさと喜びを溶かした音で奏で紡ぐ。
《まぶた閉じて あきらめてたこと いま歌って いま奏でて 昨日までの日々にサヨナラをする》
間奏でまた少し音に悲しさを溶かして2番に繋げていく。
そして2番に入る。
《懐かしい記憶をたぐって 星がめぐり届ける声 聞こえる》
そしてここで優しさを溶かす。
《声をあわせ STAR BEAT!》
1番の時と同じように爆発力を持たせた音でサビに入る。そしてまた音に楽しさを溶かす。音が走らねぇように、と気を付けながら奏でていく。
《眠ってる声が聞こえたら 意志と勇気が切なくて》
またチクリと…。まぁ、だから惹かれたんだろうな、この曲に。それでも楽しさを溶かした音を奏で続けて
《いま笑って いま赦して》
そして間奏へ。先程のよりも長い間奏を経て、3番へと奏で、3番に入る。
《遠くひとり 願うだけだった 夢のかけら まもること》
《ずっとひとり 祈るだけだった》
ここはどことも違う、細い音に悲しさを混ぜた音で紡いでラスサビへ。
ラスサビでは今まで以上に楽しさと喜びをたっぷり溶かして奏でていく。
《届けたい歌 キミの声》
そこに優しさも溶かし、楽しさと喜びと優しさをフルートの音に乗せて、歌の終わりへと音を紡いでいく。
《昨日までの日々にサヨナラをする》
アウトロへ、アウトロではイントロと同じように
《Lalalala Lalalala…》
と、ハミングするように音を奏で、ハミングの後は音に静けさを与えて、曲終わりへと音を凪いでいき、音を夜闇に溶かす。
ゆっくりとフルートを離して、ふぅ…、と一息吐く。置いていたケースの前にしゃがんで蓋を開け、フルートをケースに戻し、蓋を閉める。そして何だか急にこの曲を歌いたくなって、立ち上がって大きく息を吸い、歌い出す。当然キーは低いけど、曲の雰囲気と音をそのままに、夜空に向かって優しく、微笑むように歌い紡いでいく。
どくん どくん どくん
貴女の心の音が、大好きでした。
心臓が脈打ち、ちが運ばれ、
巡り巡って、またもとに戻る。
これが生きているということか、と実感しました。
とくん とくん とくん
貴女の心の音が、大好きでした。
心臓がしゃべらなくなり、くだがきれ、
ちが行き場をうしなって、もうもとに戻らない。
これが死ぬということか、と実感しました。
貴女の心の音が、大好きでした。
胸の鼓動…ときめきを感じたいとは思うけど
最近ないな…ので私は思考を停止した
胸の鼓動
「終わるのが、好きなんだよね」
その人は妖しげに笑った。自分のものではない血をべったりとつけた左手で、息も絶え絶えな男の胸のあたりへを押しつける。
ゆっくりと、静かになる胸の鼓動をその手で感じ取りながら、恍惚とした表情を浮かべた。
「……悪趣味」
思わずそう呟けば、その人はどこか嬉しそうに微笑んだ。
題:胸の鼓動
貴方を思うとドキドキが止まらないの。
学校で沢山会えるわけじゃない。
貴方は下の階で、私は上の階。
授業の移動であえるかもしれないって、
緊張しちゃう。
貴方はどーなんだろ。
私の思いを知ってしまったら、
どーなるんだろ。
胸の鼓動
身長差がある私と君
抱きしめられると
私は君の中にすっぽりと収まってしまう
君の顔は私には見えなくて
私の表情も君からは見えない
私は目を閉じて
ただ、君の胸の鼓動だけを感じていた
かなり早く感じるのは
気のせいじゃないよね
私の胸の鼓動を君も感じる?
ドキドキしてるよね
少し、恥ずかしいな
恥ずかしいから、
もう少しこのままでいさせてほしいな
胸の鼓動
どくん、どくん、どくん――
静かな部屋にいる時に聞こえてくる胸の鼓動。
この音が聞こえるたびに、自分は今、この瞬間を生きているのだと思う。
肌が焦がされていく
無数の砂の粒がお日様に照らされて
運ばれていく
空気が揺れる
輪郭が熱を帯びた空気と混ざって
瞬間、せかいが低い音に包まれる
ばちが触れるたび放たれる音と心臓とが共鳴する
ああ生きてるなあ
「胸の鼓動」
ひっそりと、なんて無理だった。
どうしたって、叶わないことで。
それでも、無理だと諦めたくなくて。
だから、伝えるよ。
”胸の鼓動”が煩いけど。
そのドキドキが、どっちになるかは、きっと君次第なんだ。
胸の鼓動
太陽に捧げよ命の舞
熱く天高く舞い踊れ
#踊るように
鳴らせ有限の鼓動
光のない世界では
君の鼓動が私の道標となる
#胸の鼓動
いつからだろう、君を見かけると速くなるようになったのは。
/「胸の鼓動」
【胸の鼓動】
とくとく とくとく
一定のリズムで心臓を刻む
とくとく とくとく
あぁ、今日も私は生きている
胸の鼓動
人は、思い込みをするものだ
きっとそれは通常の答えではない
胸に鼓動など最初からなく、脳にあるものだ
脳がなければ考えるとことさえ出来ない。
考えは感情にある事、感情は心臓にあるのではなく
脳にあるものである。
誰しも思い込みをするものだとは思うが
それは勘違いであるのです。
9/8「胸の鼓動」
あなたと握り合わせた指の先。
あなたと合わせた額と鼻先。
目を閉じれば、鼓動が聴こえる。
体じゅうを巡る血液を、小さな臓器が懸命に繰り出している音。
あなたとわたしが生きている音。
この音のある限り、わたしはあなたとともに生きる。
さあ、抱きしめて。その鼓動を、私の心臓に直に聴かせて。
あなたとともにある幸せを、私に思い知らさせて。
この胸の鼓動が止まるその日を超えても。
(所要時間:7分)
君の姿を見る度に
高鳴る胸の鼓動は
まぎれもなく
恋病の始まり
恋心の証
# 胸の鼓動 (271)
胸の鼓動
胸がどきどき鳴った。
昔遊んでもらったきりの親戚と出会った今日。
思い出が、世界が心に蘇ってくる。
モンキチョウを追いかけた思い出。
鹿を愛でた思い出。
どれも懐かしく、でも鮮明な記憶。
あのとき遊んでくれたお姉さんが、今このアプリで同じお題で書いてくれている。
楽しい。嬉しい。
不幸という日に出会う、新しい記憶。
ありがとう、胸の鼓動よ。
ありがとう、心踊る出会いよ。
胸の鼓動
はたちの頃、男三人でディスコにいった。知り合った三人の女の子(多分高校生3年か?)と仲良くなった。友達の軽の車の中で僕はその内の一人の子と運転席と助手席で夜中にピッタリくっいていた。その子の心臓は張り裂けんばかりにドキドキ💓していた。その子の胸の鼓動には申し訳ないが、期待に応えることは当時の僕には出来なかった。
それから、十数年後、ノストラダムスの大予言の天の大王が空から降りてきて世界が滅亡するとか言う年(諸説有り)に、僕は死にかけた。下血がひどかった。大学病院行った単なる痔なら市民病院へ行くように言われた。そうしたが良くならなかった。国立病院へ行った。明日手術だと言われた。保険も金もなかったし殺されると思って行かなかった。
貧血で2回意識がなくなった。他一回は意識が少しずつ少しずつ薄れてこのまま死んでいく、何も良い事がなかったな、とか思っていたら、胸の鼓動がまるでマラソン大会でラストスパートしてもうこれ以上の苦しみはないとばかりにドキドキ💓した。スーと眠るように死ぬならまだしも、余りの苦しさにコリャ何とかしなければと思い、医学書とかを読み漁って、何とかした。 23作目
一見健康そうな😛 徳博
胸の鼓動
以前は胸の鼓動の高まる機会が、今よりも多かった気がする。
その最たるものは、思いを寄せる相手への告白の場面だろう。
それ以外にも、嬉しさ、緊張、不安などさまざまな状況で、ワクワク、ドキドキ、ハラハラと、鼓動を意識するような機会が、いろいろあった。
それに比べると、今はもっと感情が平らな日々を送っていると思う。
それは年齢を経て感情の浮き沈みが少なくなったり、物事のやり過ごし方が多少は上手くなったりしたせいかもしれない。
それを自分としては悪くないと思っている。嬉しいことは多いに越したことはないが、負の感情をかきたてる物事は、できるだけ少なくあってほしい。
人生の半分以上を生きて来た身からすると、嫌なことは本当につくづく嫌だ。
これからはもっと感情の動きが少なくなって行くのかもしれない。そうならないためには、自分でそれを補うべくいろいろと心がけるべきなのだろう。
ワクワクを日々の中で感じられるよう、身体も心もフットワークを衰えさせてはいけない。
何だか完全に老人の書いた文章のようだなあ。思いつくまま書き連ねて来たらこんなものになったぞ。
まだそこまでの歳ではないんだがなぁ。
いやいや、これはもう本当に心がけねば。