『終わらせないで』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
終わらせないで
忙しくって、書く習慣をサボって、もう止めてしまおうかと思っていたら、お題が終わらせないでだった。
「終わらせないで」
自分で自分の人生を終わらせないで。
終わらせないで
(お題更新のため本稿を下書きとして保管)
2023.11.29 藍
「終わらせないで。」
君は何度もそう言った。
私にはもったいないからと、何度も別れを切り出した。その度、衝撃を受け、オーバーなくらいに悲しい顔をする君。
君を私に留めておくには眩しすぎる―――
そんな風に考えてしまう。どうしても。彼女は、余りにも、煌々ときらめいていて、私には不釣り合いだと、常に思考は堂々巡りだ。
だって、君は、現に引っ張りだこじゃないか、今年何人に告られたんだ?
それでも、どうして私と一緒に生きてくれているんだ?私のどこにその価値がある。
素直で、明るくて、一緒にいるだけで楽しくて元気になってしまう、太陽のような人。それが君。
どうして夏菜子は自分を卑下するんだろうか...。
私たちが付き合いだしたのは中学3年生の時。
それまでは、そんなに仲良くなかった。中学2年までは違うクラスだったし、知らなかった。夏菜子はクラスの隅であまり話さない女子と一緒に本を読んでいた。私はその時、たまたま皆と仲良くなれたから、色んな人たちとつるんでいた。でも、なぜか満たされなくて、空虚な表面的な付き合いを楽しめずにいた。
中学3年生の時、通りがかりに美術部で、夏菜子をみかけた。夏菜子は灰色の曇りの中で、不穏に揺れる草を書いていた。
私立高校に通う姉に加え私まで私立に行くと負担になってしまうと、受験をプレッシャーに思っていたことと、ずっと楽しくもないのに、ショート動画を友達と撮って、作り笑いを浮かべていた日々に、ごちゃごちゃした絡まりきったコードみたいな感情を感じていた。
―――見透かされていた。
ような気がした。画面の外から、描かれている。自分の暗澹たる感情を。誰にもぶつけようがない、行き場のないねずみ色の霧みたいなもの。それを外側から、写し出している。さながら彼女は、私の孤独と重圧と将来への不安を読み取り、共感してくれるカウンセラーのように感じた。
彼女は淡々と筆を動かす。まるで完成図が頭に入っているかのように。
(美しい)
これを一目惚れというのだろうか。これまで表面的に人間と生きてきたため、好きとか嫌いとか、よく分からずに生きてきた。皆が求めるまま、皆にとっていい人で―――。
知りたい。このような人の心に刺さる絵を描ける人はどのように生きてきたのか、何が好きなのか、何が嫌いなのか、知り得ることは全て。
とりあえず部活が終わるまで待とう。それで、とにかく話をしてみたい。
部室の横の教室で静かに待った。
1人、また1人とポツポツ帰る音が聞こえる。結局彼女は最後まで集中して絵を描いていたようだ。
部室の電気を消し、帰る彼女に声をかける。
「あの...初めまして...同じクラスの宮内葵です。」
初めて話をする。同じクラスでも全く話したことがなかった。
怪訝な顔をされる。当たり前だ。話したことの無い人から待ち伏せされている。半ばパニックになりながら、誤解を解こうとして
「あの...えっと...好き、です」
首をかしげている。
「あ、えっと、絵が!絵が!好きです」
「お近づきに...なりたいです」
矢継ぎ早に言葉をかける。
そんな必死な葵の言動が面白かったのか、笑いながら
「よろしくお願いします」
と返答してくれた。
夏菜子は葵のことを、自分と関わる世界の外の人間だと思っていた。でも案外 人の中身というのは話してみないと分からないもので、互いに刺激を受けあって、急速に近付いていった。また、自分の内部の繊細な感情を言語化して表現出来る夏菜子と話すと、葵のごちゃごちゃとした感情が外に出て整理されていくような不思議な感覚を覚えた。
夏菜子には夏菜子の価値があって、私にはないものを持っているんだよ。
そんな理由で、終わらせないで。
一緒に生きよう。
「それで、私自分でも
"あ、これはヤバいな"って思ったんだよw」
「あははw」
なんて事ない会話
今迄と何も変わらない会話
前までならこの会話をしている場所は今日教室だった
でも、三年程前から病院の一室で毎日会話をしている
彼女が死んでしまうまで、後どのくらいなのだろう
先生は何となく知ってるだろうけど、
本人が一番分かってる
でも、両者とも私には教えてくれない
「それでさ〜、」「ふぅちゃん」
話し始めようとした私の声を彼女が止めた
"ふぅちゃん"
彼女が私の楓花という名前からつけたあだ名
小さい頃につけてくれて、
中学生になってからは呼ばれなかったのに、
「ん?何?ってか久々にそう呼んでくれたね」
「確かにそうだね」
嗚呼、何でそんな顔するの
私まで悲しいよ
「入院してからも何時も来てくれてありがとね」
「当たり前じゃん。」
「でも、もう大丈夫だよ」
「あ、もしかして退院?おめでと!」
「ううん、違うよ。」
「...聞きたくないよ、そんなの」
「うん、知ってる」
「分からない振りしてるのに、何でなの」
「自分が1番分かってるからね」
「嘘って言ってよ、お願いだから」
「ゴメンね、嘘って、言えないんだ」
「やだよぉ、嘘だって言ってよ、お願いだからさぁ」
彼女は私の声に答えず、唯静かに笑っていた
嘘だ
ヤダよ
私、信じないよ
ピー
無機質な音が病室に響いた
嗚呼、終わりなんだ
「まだ、終わりたく無かったよぉ.....」
神様、まだ、ほんの少しだけでもいいから、
終わらせないで欲しかった
お題〚終わらせないで〛
#67 終わらせないで
友達でいよう
恋人でいよう
家族でいよう
前に進まないでいよう
「……貴女を大切に思っている人たちのことを考えるべきだ」
ムリナールは彼女の背中を擦る。
乱れた呼吸を落ち着かせるように、規則正しく。
空いた右手で彼女の頬に伝う涙を拭う。
「すまなかった。だが、憂いているんだ。彼女たちも、私も」
呼吸と咳が落ち着いたところで、彼女を抱きしめた。極寒の地に晒された頬は凍てつくような冷たさにまで落ちていた。
「フローリア」
手のひらにアーツを纏わせ、両手で包み込む。
「帰ろう」
「……はい」
2023/11/29(※明日方舟)
「終わらせないで」
煌びやかに飾りつけられた室内に、贅を尽くした料理に、ここぞとばかりに着飾った人、人、人。いくら自分が近衛兵だとしても、場違いであることには変わりない。
ユダはげんなりとしていた。場に合うようにと何故か着せられた装束が重たい。
今夜は晩餐会が開かれている。王女の快気祝いという名目だとユダは聞いていた。
あまりにも居心地が悪いので、早く退散したかったのだが、自分の腕をガッチリと掴むミュリエルがそれを許さない。周囲の目もあるので振り払いたかったが、今や彼女が主君である。主君をこちらから振り払うわけにもいかない。
「……姫君、そろそろ腕を離して頂けますか」
「嫌です」
ミュリエルはユダの要請を満面の笑みで拒否した。はあと彼は深い溜息をつく。
どうも彼女は自分に好意を抱いているらしく、事あるごとに接触を図られる。そのたびにどうにかこうにか躱していたが、今回は躱し切れなかった。
(厭われていてもおかしくないはずなのだが……)
あの出会いから始まって、帰城するまでの軌跡を振り返って、どこにそんな好意を抱く要素があったのか。自分には全く理解不能だ。
王や王妃にも彼女の態度を改めさせるように陳情したが、付き合ってやってくれと逆に頼まれる始末。全く、やってられないとはこのことを言うのだろう。罪悪感だけが膨らんでいく。
「ほら、姫君。あそこで大臣が震えていますから。そろそろ離れてください」
ユダは王の近くに控えている老年の男性をそっと指して言った。微笑ましげにこちらを見る王たちと違い、大臣は険しい顔をしてぷるぷると震えている。雷が落ちるのも時間の問題といったところだろう。
(言ってる間に……来たな)
再度、ユダは深々と溜息をついた。
大臣は二人の目の前にやってくると、ミュリエルを見て口を開いた。
「姫様、さすがにはしたないですぞ」
ミュリエルは不満げに頬を膨らませた。両親が許しているのだから、その家臣にあれこれ言われる筋合いはないとでも言いたげだ。
「そういうのはあとで好きなだけすればよろしいですから、今はもう少し品よくなさいませ」
黙って聞いていたユダが怪訝そうに眉をひそめた。何だか大臣の言葉がおかしく聞こえる。
大臣は次にユダを見た。
「元々、あなたが仏頂面なのは知っていますが、少しは愛想よくなさい」
「お言葉ですが、大臣。私はただの近衛兵です。本来ならばこの場にいるべきでは……」
困惑するユダを見て、大臣は首を傾げる。
「何を言うのですか。あなた方の婚約を祝う祝賀会なのですから、あなたも主役ですよ」
「き……聞いておりませんが……」
ユダは表情を凍りつかせた。大臣はきっと眉を吊り上げて、ミュリエルを睨みつける。
「姫様! あなたが彼に伝えるとお申し出になられたのでしょう!」
大臣の雷が落ちたが彼女は悪びれることなく、満面の笑みを浮かべて口を開いた。大臣がそれに対して、またあれこれと小言を口にしている。しかし、衝撃で固まるユダの耳には、もう何も入っていなかった。願わくば、この晩餐会が終わるまで、それを続けていてほしい。
Theme:終わらせないで
今日もまた朝日が昇る。
だんだん意識が覚醒するとともに、また貴方は少し寂しげな笑顔を浮かべて消えてしまう。
お願い、行かないで。どうかもう少し夜のままでいて。
貴方に会えなくなってから、現実が酷く冷たい世界になった。
唯一会えるのは、夢の中だけ。
でも、月日が経つにつれて、私の悲しみが癒えてくるにつれて、
貴方が夢に現れることが少なくなった。
お願い、貴方を喪った傷を癒さないで。
貴方に会えなくなるなんて、それが普通と思ってしまうようになるなんて、嫌だ。
お願い、この苦しみを終わらせないで。
一瞬であり、
まるで永遠かのよう。
伸ばした手は何も掴めない。
あの人の瞳に私は映らないのだと、
そう理解してしまったから。
けれど去り行くその背中に訴えかけるのだ。
これは夢なのだ。
だから、
振り向いてくれるのだと。
物語が、まだ続くはずなのだと。
終わらせないで
請不要讓它結束
懷中的你逐漸變得冰冷。
我才發現你已經沒了呼吸。
剛才溫順的睡臉不知何時猙獰的睜大雙眼瞪視著我。
啪搭。
對不起,對不起,對不起……
雖然我知道再怎麼道歉也已經無濟於事了。
明明是你總想逃走,我已經無法再忍耐了,我沒辦法接受你離我而去,我不想看到你和其他人走在一起,甚至無法看著你望向其他人時的眼神……
全都是你的錯。
對不起……
可是沒有你我也活不下去了,我會去死的。
在徹底失去你之前,再一下下就好,我還想和你待在一起。
窗外天空的顏色逐漸變淡,不要……
現在的狀態剛剛好,你毫不掙扎的躺在我懷裡。
今天太陽也會升起吧,不要……
再讓我們維持這個樣子一下……
盲目の巨人の足元に浮かぶ炎
人の病が治らない
白々しい顔をして みな不死身のくせに
狼狽えて床を叩けども
手が口々に弾け飛ぶ
己の恥ずかしい箇所を、
暴いて、触って、舐め回して、好き勝手に
蒼い病魔が精巣を吐き散らして唾を塗った
手垢をたくさんつけてベッドの下に眠っている
それがどうして愛と呼べるか
それがどうして憎と呼べるか
終わらせないで、この関係を。
終わらせないで、私の思いを。
終わらせたくない、あなたとの時間を。
いつ会えなくなるか分からない、いつ離れてしまうか分からない。
家族も友人も、自分にとっての大切な人も。
だから、私は伝えることから逃げない。
お互いを尊重して、理解して、一緒に笑い合うことを諦めない。
私は、未来じゃなくて、今を信じる。
僕は友達との関係を勝手に終わらせてきた。
どんな人でも。
逃げて向き合おうとしない。
それで傷つかなくて済んだのに。
だけど、初めて終わらせたくないと。
傷つくと知っているのに。
友達でいたいと思った。
「はあ、このイベントも今年で終わりか」
「仕方がない。だって人来ないもの…」
そう言って彼女は周囲を見渡す。
人はまばらで、俺たちがサボっても、文句を言う客はいない。
俺と彼女は何年もイベントの実行委員で参加していて、サボる要領がいいのもあるのだが…
町おこしで大大的に宣伝し、初めは客がたくさん来たものの、次第にいなくなった
まあ善戦したほうだろう
「終わらせないで、ってお願いしたら来年もやらないかな」
「ないだろ。こんなんでもカネがかかるんだ。予算が降りない。次はないよ」
そういうと、彼女は少し考えて、
「じゃあ、君と私の自腹で!」
「なんでだ」
「いいじゃん。美少女と一緒にいられるんだよ」
「自分で美少女っていうな」
「なんで終わってほしくないんだよ」
「君と一緒に居たいからかな。楽しいし、終わらせたくないんだよ」
彼女の言葉にちょっとドキッとする。
それでも、今年で彼女とはお別れだ。
俺は動揺を隠しながら彼女を諭す。
「あのな、何事にも終わりがあるんだよ。でも悪いことじゃない。終わるからこそ、新しいものが始まる。そうだろ?」
「…なに言ってんの?」
「俺今いいこと言ったよな」
全然響いてなかった。
「終わらせて始める、ね」
彼女は小さな声でつぶやく。
「じゃあ、パアーっと終わらせますか」
「何を?」
「それはもちろん!」
彼女は俺の正面に向き直る。
「友達同士の関係を終わらせて、私と恋人関係を始めませんか?」
そう言い切ると彼女は笑った。
「恋人関係は終わらせないで、ね」
終わらせないで…
そんなの たくさんある
今読んでる本
ずっと使ってる香水
毎回食べてるピザ
行きつけの小さなBAR
寒くなると羽織ってる
肌ざわりがいい
ニットのカーディガン
冬になると
少しだけ遠出をして
毎年 君と来ていた
なばなの里のイルミネーション
こんな風に交わす
何でもない会話も
今 一緒にいる
ただそれだけの時間…とかね。
- ただ それだけ… -
『終わらせないで』
横断歩道の真ん中に人が立ってたんです。
信号機はもう赤になってて。
だけどその人は動かなくて。
死んじゃうって思った。
目の前で人が死んじゃうって。
気づいたら体が動いてて、
腕掴んで、「もう赤になってますよ。危ないですよ。」
って言ったんです。
そしたらすごい怯えさせてしまって。
その人、タクシーを待ってただけだったみたいです。
怖かった。
自分は、まだ死ねないなと思った。
薄くて小さな妻の爪が、微かに黄色く染まっている。
食べますかと問われ、白いのもとってねと頼むと呆れたように笑われた。
筋も食べた方が体に良いそうですよと言われ、誰に聞いたか問うと、伊作くんの名を出される。
ぽつりぽつりと話しながら、蜜柑の皮を剥く妻を眺めた。
…器用だねえ。そんな細かい筋まで取れるなんて。
いつもは皮しか剥かず口にしているが、妻の手が繊細に丁寧に、私の食べるものを扱ってくれるのを見るのが嬉しい。
我儘を聞いてもらえるのも。
ご自分で剥けば良いのにと言われ、だって、と答える。
向かい合い、お互いむくれた顔をしたのが可笑しくて、すぐ二人して笑ってしまう。
「だって尊奈門のやつ、もう蜜柑に触るなと言うんだもの。」
怒った猫みたいにぷりぷりしてさ、と文句を言ったら、一気に食べてしまうからでしょと一蹴された。
私が近所の子供らにやるのを、お前もにこにこしながら見ていたじゃない。
ともかく、あーんしてくれないと私は一冬びたみんが摂れなくなってしまうよ。
顔を突き出し、柔らかい手の甲にすりすりと頬を擦り付けて強請る。
そのままあっと口を開けたら、困った猫ちゃんだことという言葉とともに綺麗な果肉が差し出された。
この部屋はもう、私と妻の気配でいっぱいだ。
誰も戸を開けてくれるな。…この時間が、終わらぬように。
「はい、どうぞ。… こんさま。」
妻しか口にしない自分の呼び名に、果肉を含んだ口を手で覆いながら天井を仰ぐと涙が出た。
今は、天井裏からも、誰か入ってきたら殺すからね!!
【終わらせないで】
――LGBTQに理解を。
どうやら今の社会のブームは"異端者"に慈悲をかけることらしい。とてもありがたいことだ。ありがた迷惑という言葉がこれ以上無くピッタリだ。
理解なんていらない。欲しいのは無関心だ。理解なんて、見下さなきゃ出てこない発想だ。異性が好きだというと関心を持つだけなのに、同性が好きというと憐憫を見せるのはなんでだ。それは理解から程遠いだろ。
――わたしの普通は普通じゃない。
小学生二年生の頃、親に好きな人がいると伝えた。同じクラスのミキちゃん。くりくりした目をしていて、いつも静かにニコニコと笑っている人だった。
あんた、ほんきで言ってるの。それ、おかしいよ。
実の親に、わたしの"普通"はいとも容易く否定された。幼いながらに、わたしは異端なんだ、と気付いた。
バイセクシュアル。男とか女とか関係なく、好きになる人は好きだった。でも、それを口に出すことはなかった。
「ちょいユキぃ、聞いてる?」
「聞いてるよ。酷い彼氏だったねぇ」
雪乃、という名前をちょっとだけ略したそのニックネームが彼女の口から聞こえる度に、小さく心臓が跳ねる。
今度の好きな人は、同性だった。それも彼氏に浮気されて傷心中の。
「ユキだけだよぉ、ウチに優しくしてくれるのは」
「よしよし。結菜はいい子だから、すぐにいい人見つかるって」
――結菜は男の人が好き。
だから、この思いは伝えられない。結菜は普通で、わたしはおかしいから。
ああ、ただ、願わくば。
この時間が終わりませんように。
ユキの手は優しい。嘘の彼氏のことを信じてくれて、なんの疑問も持たずにウチの頭を優しくなでてくれる。でも、それはどこまで行っても友達としてのものだ。熱を帯びていない、優しい手だ。
ユキの全部が欲しい。つい口にしたくなるけど、口にしたらきっと、この関係も終わってしまう。
ただ、この優しい、暖かな時間が。終わらせないで、なんて思うのは、勝手なんだろうか。
「終わらせないで」
「また負けたー」
「これでおじいちゃんの勝ちだな!」
祖父は強かった。家を尋ねるといつも将棋を指しては、悔しい思いをして帰るというのが定番の流れだった。
祖父はよく、同じ話を聞かせてくれた。
警察署の仲間の中でも、一・ニを争うほど強かったという。この祖父が、警官として働いていた姿は、今でも想像ができない。
気が強い昭和世代の九州男児といったところか、孫には優しかったが、負けず嫌いなところが見て取れた。
将棋に興味を持ち始めて数年、何局も指し続けるうちに、満面の笑みで帰ることも増えた。白熱した勝負で、帰りが遅くなることも。
「桂馬はそこじゃないよ?」
様子がおかしくなり始めたのは、数年前だった。
同じことを何回も言ったり、俺が生まれて間もなく亡くなった曾祖母の名前を呼んだりする。
認知症だった。
俺が強くなったのか、祖父が衰えてしまったのか、あれだけ勝てなかった将棋が、もう負けることはほぼなくなった。
「強くなったな」
そう笑う祖父であったが、素直に喜べなかった。
あれから数年、もう二度と祖父と将棋を指すことは出来ないと、非情な現実が時よりよぎる。
なんでもないあの時間を思い出して。