『私の日記帳』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
勉強手帳なら毎日開いてるけど書きなぐるやつ最近やってないなー、自分の気持ちごちゃった時何科に書きなぐるとだんだん冷静になれるからいいんだよねー
大学生になったらちょーたくさん日記デコったり絵を描いたりただひたすら書きなぐったり色々手帳作りたい!!だから受験頑張るぞー!!
〖 私の日記帳 〗
今日、車のタイヤパンクした。
終
私の日記帳
赤い表紙の日記帳を文房具屋さんで買った
赤色をバックにしたチェック柄が私の好みにドンピシャに嵌まり一目惚れして
即購入した。
日記帳と言うと毎日の出来事を書くのが
普通だが私は、お菓子作りが趣味なので
この日記帳には、自分で考えたオリジナルのお菓子のレシピを絵付きで書いて行こうと思う
今からお菓子の色とりどりのイメージ画が
頭の中に浮かんでしまい甘くて美味しい
お菓子がノートの上で踊っている様だった
何だか想像したらお腹が空いてきた
とりあえずどんなレシピを書こうか
参考までに私は視察と腹ごしらえを兼ねて
スイーツ屋さんに寄って行く事にした。
日記を書く
自分の言葉が積み重なる
振り返って
自分の過去が自分を支えてくれていることを感じる
〇月〇日金曜日
今日は病院に行った
古く少し血の匂いがする...
「〇〇さんー」
ドアを開くと誰もいなかった
あれ...後ろに気配...?
「GagG1p_...」
題名「私の日記帳」
8月26日月曜日
今日は特に日記に書くような事は起こりませんでした。平和な一日。何でもない日おめでとう
【私の日記帳】
今日は嬉しいことがあった
幸せそうでよかった
今日は腹が立った
大変だったんだね
今日は悲しいことがあった
大丈夫、明日はいいことあるよ
今日は楽しいことがたくさんあった
なんだかワクワクしちゃうね
あなたが幸せだと私も嬉しい
幸せな毎日が綴られることを
いつも祈っているよ
#私の日記帳
引き出しの奥
忘れ去られたdiary
捨てられなくて
だからと言って読み返す勇気さえ
無かった
そのまま月日は流れて…
時間が解決するって確かにある
今だからあの頃の自分と向き合えるのかも
今だから貴方の気持ちにも
寄り添ってあげられる
それでも最後の涙で滲んだページには
置き去りにした私の心が
微かにまだ息づいてた
読み返してまた
明日を笑って生きよう
喜びも悲しみも糧に変えて
私の日記帳
私にはお気に入りの手帳がある。
すごく好きな人ができて、その人のことを考えると、胸がドキドキしすぎて、声を上げたいくらいに。
でも本当にそんなことしたら恥ずかしいから、私はこの思いの丈を手帳に記すことにしました。
大好きな人への日記帳。
彼の大好きな食べ物、苦手な食べ物。
よく読む本や、よくやる癖。
気付いたことはこの日記帳に綴った。
日記帳には好きなように自由に書けるのに、言葉にするのはとてもじゃないけれど、しんどい。
『好き』っていうたった2文字が、日記には書けるのに、言葉には口に出来ない。
勇気がない自分が少しだけ嫌いになってしまう。
告白する人って、みんなどうやって告白してるのかしら?
私は今日も日記帳に記す。
まるで誰にも読まれないラブレターみたいだ。
いつかこの日記帳に綴った言葉が、私の口から語られる日が来るんだろうか?
でもそうしないと相手には伝わらないよね。
私の大事な日記帳。
今日も想いのままに綴られていく。
これをあなたが開くのは恥ずかしいから、僕が死ぬまでは開かないでほしい。読んで喜ぶあなたも見たいけど。
/私の日記帳
私の日記帳。
私の日記帳は
アプリで2年くらい前からと
ノートにたくさん。
でもここも
私の日記帳だよね。
毎日のお楽しみ。
私の日記帳
私の一番好きな時間は、夜寝る前のひとときだ。
部屋の灯りをほんのりと落としベッドに腰をかけ、そっと引き出しから取り出すのは私の大切な日記帳。
この日記帳は、私の心の中の小さな世界そのものだ。
青いカバーにゴールドの文字が輝くこの日記帳は、祖母から贈られた物で、もう三年も私と一緒に過ごしている。
一番最初のページには何を書こうかイマイチよく分からなくて、私の夢の話や理想が書かれていた。
今ではそのページも少し古びているけれど、それがまた温かみを感じさせてくれる。
毎晩寝る前にこの日記帳に書く事は、私の「今日」を終えるための特別な儀式だ。
学校であった事、友達との出来事、家族との会話。
そして私の小さな悩みや喜びも、すべてこの日記帳に注ぎ込む。
ページをめくるたびに、あの時の風景や感情が鮮やかに蘇ってくるから、まるで過去にでも戻れた様な気分になるのだ。
多分、私はこの先の人生嬉しい事があるたび、悲しい事があるたび、伝えたい事があるたびこの日記帳にその日を書きとめるだろう。
その日に戻れる様に、そうしていた昔の祖母のように。
私はたんぽぽの綿毛に触れる様に優しく日記帳を撫でた。
この日記帳は私が今日を生きた証であり、私の人生そのものなのだ。
「私の日記帳」
私は日記を書かない。書けない。
だから、日記帳もない。
何度も、日記はつけようと思った。でも、なんか違った……。
今日、こんな事があってこう思いましたって、簡単に書けばいいのにそれが、な~んか楽しくない。
萌えない。……😺。
どうやら毎日、自分の現状を記すのに興味がゼロだったらしい…。
特別楽しかったり、覚えておきたい事があったら、ノートの隅にメモする。
それが日記と言えば言えるかもしれないけど、私は「あったこと」はあんまり書かないのだ。それをすっ飛ばしてなぎ倒して、
どう感じたか、それだけをメモ書きする。
勢いにまかせるので、後から読むのに苦労するんだけど。…誤字脱字で。
しかもあったことは書かないので、文脈が行方不明になって??って思う。
多分、さあ書きましょう。と思うのも嫌なのだと思う。
その瞬間にもう書いているようでないと、気持ちが追いつかない。
だからそこら辺の広告の裏とかにも、ダーッと書いてる…。
それに、日記帳はこれだ!!っていうのを選んで買うから、気負ってしまうんだと思う…。
よそ行きの文章になって、これ誰!?ってことになったりして……「え?私もしかしたらホラ吹き?🙀」って気分になる。実にめんどうくさい…。
だから日記帳はないんだけど、ノートの買い置きはたくさんある。📒✨️
ダーッと書いてボロボロになる、「なんでもノート」なんである。
家族にも見せていない
私の日記帳は
思い出で溢れてる
人生100年時代というならば
頭と心に全ての思い出を記録できるかは
分からないけれど
薄い用紙には
いくらでも思い出を残せるよ
「私の日記帳」
もし私が日記帳を書き初めたら
いつも忘れて何日かにまとめて
書くことになりそうです🤣
今日から学校でした🏫
「ヤバい!懐かしい!ヤバい!
ほんっとヤバい!」ってウザいくらいに
めっちゃ言ってました(笑)
愛想笑いみたいに笑ってた(?)友達...
うるさくてごめんね....
【私の日記帳】
何かを記録することは好きだ。
昔からノートや文道具を集めていて、日記帳もまたそれらと同様に、目についたお気に入りは購入することが多かった。
洋書風日記、鍵付きの日記帳。
今も手元にある二冊。最初のうちは書き綴っていたものの、段々と書く気力がなくなり、ついに書かなくなって何年経ったか。考えたくない。鍵付きの日記に至っては鍵をどこにしまったか思い出せない。捨ててはいない筈……。
何かを書くのは好きだが、記録を続ける持続力がない。ここ最近、客観的に自身を分析してみて改めて気づいたことだ。
ついでに加えると、思いつきで買い物をしてしまう傾向もある気はする。いつか使うだろう、いつか使いたい、のような考えで過去の自分は日記帳を買ったのだろう。これは良くない。しかし、買ったものは仕方ない。
折角、手元にあるのだから最大限活用したい。日記帳は装丁がしっかりされているので安くはない。数百円で買えるノートであれば、バラしてメモにするなり捨てるなりできるが、日記帳だとこうはいかない。ではどうするか。
そもそも日記を辞めてしまう理由として、「絶対に毎日書かないと」という固定概念や思い込みが、自分の中で勝手にプレッシャーになり、書くことが楽しくなくなり、書くことをやめてしまう場合が多いらしい。加えて完璧主義だと尚更、続けるのがしんどくなるそうだ。ではどうしたら良いのか。「毎日じゃなく、書きたくなったらで良い」「完璧でなくても良い」のだ。
毎日でなくても良い。
今日書いたページの、次のページが何年かかっても構わない。
こんなに気長で良いのか、と思うと気持ちが楽になる。でも折角、日記帳があることを思い出したので、今日は久しぶりに書いてみるか。
本棚の奥に詰められ日記帳を取り出し、空白のページを開いた。
「私の日記帳」
日々の記録を残すものそれが日記だ。
自分は今まで一度も日記を書くという習慣がなかった。しかし、この文章を書きながらふと思う。
これは日記なのではないか?
否定されるかもしれないがそう思った。
゛日記に正しいも正しくないも存在しない。
自分なりに記録を残す、それが日記だ ゛
わたしの日記帳
半分はそうであってほしいという願望でもあるけれど、
世の中の99%の人たちは日記を書くときに誰かに見られることを多かれ少なかれ意識していると思う。
うっかり仕舞い忘れて家族や友達に見られることから、死後誰かが種々の理由をつけて広く公開することまで、人に見られる可能性は無限にある、しかも珍しくない。アンネの日記がいい例だ。その中身を知らない人でさえ、かつてアンネ・フランクという少女がつけていた日記が実在したことは知っている。
まさか自分がかの少女のように後々有名になる日記をつけているとは思わない。
でももし──万が一億が一、世の中に出てしまったら──?
過去の誰かの日記がやいのやいの言われるように、自分の日記も何も知らない未来人にやいのやいの言われるとしたら?
ある人の受け売りだけれど、日記というのは必ずしも真実を書き取るものでなくても良い。
1日疲れ果てて気力がなくても日記には「楽しくて最高の1日だった!」と書き残せる。文学作品の一種なのだ。
今読める日記も、もしかしたらいつか公開される日記も、はたまた幸運なことに書き手の目にしか触れない日記も、誰かを主人公にした一冊の本なのだ。
さて今日もそんな物語に行を加えてみよう。
親愛なるキティー; 半分はそうであってほしいという願望でもあるけれど……、
【私の日記帳】
これは私の日常と心情を詰めた私の片割れの様なもの。喜びも悲しみもくだらない事も全部全部詰め込んだ唯一無二の代物。毎日つけている訳じゃないけれども読み返せばその時の事を思い出せる。喜びで頬をほころばせ、悲しみを思い出して傷付いてもその時よりは成長した私なら笑い飛ばせる。くだらないのも日常だと思う。今日もそんな片割れに日常を綴る私なのであった。
私の日記帳…
の、半分はヤケクソで出来ています。
「私の日記帳」
私の日記には彼との思い出がつづられている
もう逢うこともない彼との記憶
一緒に行こうと言ったお店
お揃いで買ったネックレス
逢いたいよ
逝かないで
愛してる