『私の当たり前』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
「私の当たり前」(雑記)
「常識とは、それまでに身につけた偏見のコレクションである」って言葉を真っ先に思い出した。
朝ご飯を食べるのが当たり前、お弁当を作って持って行くのが当たり前、一人暮らしなら自炊して当たり前、と色々あるけど、どれも偏見でどれも私の常識。
つい昨日の夜、JR西日本の対応が悪いなと感じたのだけど、人に腹が立つのは期待の裏返しで、普通はこう対応されるはず、の常識から外れたから。
国鉄の態度が悪いのは昔からで、私鉄を含めた鉄道旅客業全般でいつもの話なのに、勝手に期待した私が悪い、という結論に至った。
専門学校のビジネスマナーの授業で習った、「まずは不快にさせたことに一度だけ謝罪」すらできていない客対応の多い事。
一般常識を覆して一般から好感を得られればイノベーションとか革命とか呼ばれる。
ビル・ゲイツが「今時ガラケーを使っている人などいない」と発言した当時、私はまだガラケーユーザーだった。
スマホに買い替えた理由は携帯を落として紛失したからで、それがなければまだ数年はガラケーユーザーだった可能性が高い。
親から「なぜそう物を落とすのか」と咎められたことがあるけど、人は三十代までに一度は財布を落とすというアンケート結果を見た事があるし。(よりにもよって、一番気に入っていたブランド物の、中でも珍しい二つ折り財布……。以降、長財布や鞄やキーケースは見かけるけど、二つ折りはお目に掛かっていない)
高校の時、同じ部活にいた同級生が「漫画のノベライズでも小説を読んでいると眠くなってくる」と言っていた。私とは違う「人の常識」の一例だと思う。
どこの大学だったか忘れたけれど、「花火を見て炎色反応を思い出したら、君は理系に向いているかもしれない」というような広告もあったし。(シリーズで好きだった)
……「この画像が透明に見えたらあなたは絵描きに向いている」ってツイートを思い出した。白と灰色の格子模様で、Photoshopやその他多くの画像編集ソフトで「透明」の時に出てくる。
趣味で小説を書いている関係で、ら抜き言葉などには普段の雑記でもMastodonでも注意しているのだけど、好きな小説を書いた先生は雑記では気にしないらしいのに驚いた。
比喩表現には癖が出るなと思う。「瀬戸物のような」って、現代が舞台でも私には出て来ない……。
給料も、入ってくる日を基準に「今月をこのお金で乗り越えられればいい」という考え方の人がいるようだけど、実家が特殊な自営業のせいか、一人暮らしを始めた時に従姉妹から「貯金が三百万円あれば一年間働けなくても生きていけるらしいと聞いた」と教えられて一応の目標額にしているためか、毎月使っていい金額を決めて、残額は全額貯金にしている。
たまに二桁万円単位で衝動買いをしては貯金を吹っ飛ばしてしまっていたから、公開できるほど貯まってはいないけれど。
《街の灯り》
キラキラと輝く街の灯り
どんなことでも叶いそう
でも…ね
私はまだ行けない
あそこには
あおば(わかば)
━━━
《私の当たり前》
いつもある、その当たり前
明日も明後日
ずーっとあるものだと思ってた
だけど…
失ってから気づく
当たり前じゃなかった、と…
わかば
━━━
《私の当たり前》
”当たり前“じゃない
そのことが
私の“当たり前”になった
寂しかったから…
そんな理由で許されるはずがない
でも、ね
私はそれで救われた
あおば
#008 私の当たり前
私は私、
他人は他人。
考え方も育ちも違う。
なのに、
「同じ」であることは美徳、
「違う」ことは悪徳であるかのように
「一般的」「普通」「皆」と括られてしまう。
私の当たり前と
他人の当たり前。
異なるのはそれこそ「当たり前」なのに、
何故こんなにも息苦しいのだろう。
スマホを使い音楽を聴くこと。
よく聴く音楽が、碧衣さくらさんのアイドルと晩餐歌
彼女の歌声はとても透き通っていて耳に通りやすい綺麗な歌声をしている。彼女のことを美唱女と呼ぶ人がいでとても素敵な表現だと思った。
そして、アイドリッシュセブンのトゥもエビやŹOOĻの歌、最高だと思う歌がpiecese of the woldだ。
アイドル全員の歌声が合わさり、鼓膜までその迫力がいく。
聞く度に、出会えてよかったと思える歌だ。
いつか、ライブで聞きたいな
久しぶりの登場のkizakiです。
皆さんこんばんは。
お仕事して帰ってこられた方、本当にお疲れ様です。
私も一応、福祉就労という形で一応働かせてもらっていますが。
主な収入源と言ったら言葉が悪いのですが、
働いた方の納めた【税金】で生活をさせていただいてる。社会的弱者のいわば年金生活者。
ですが、今回のテーマはなんと、【私の当たり前】だったかな…?
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いいテーマかと勝手に思っております。
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そうですね。こんな働いてもいない、私にとっての当たり前は、自分のしあわせを築き上げ、それを元に【人に幸せになってもらうことでしょうか。】
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聞こえは、いいですよね。
今日の私は訳あって普段と違って少しというか。
かなりやさぐれ、憤っております。
その理由は…………。
ヤフーニュースに載ってあったある動画記事ニュース。ある北の国がある国の小児の病院を攻撃したことでしょうか。
理由は、わかりませんが。なんか子ども、力のない女性など。いわゆる弱者と言われている定義されている方の命をこうもやすやすと奪えるものなのだな…。と、静かな怒りが。力なき弱者を攻撃するなど、ある漫画の影響が強く入りますが、
理解できませんね。本当に。
中二病というものが入ってくるのかもしれませんが、変なメシア妄想が入ってきます。ホント。
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話が長くなるので、題材、本題に入ろうかと思っております。
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そう、自分のしあわせを築き上げたあとに
【人のしあわせづくりのお手伝い。】に貢献する。
これが私のモットーであり、私の【当たり前。】でしょうか。
ご経験がある大人の方。一方、若い方、学生さんなどはまだ経験が浅いせいもあるのか。経験がないかもしれませんが。要は、ちょっと訳ありそうな人を見て【ケラケラ😁笑っている人にはわからないのかもしれませんが。】
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ええーー。何あの人やばくなぁーーい?などなど。
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一度痛みを味わった人にはわかる。あの気持ち。
人を想う。人の気持ちをあらゆる多角的角度から考える。洞察力。共感力。優しさ。
要は、人の痛み背景がわかり、考える事ができるという。人間としての素晴らしい力。🍀🫧
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そんな人として絶対に必要な、『人のことを考えるチカラ。』
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これを、ぜひとも磨き、築き上げていってほしいものですね。本当に。
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以上、只今。愛を大切に考えている
『kizaki.t』からの投稿です。
玄関前の花の死体も、飲みかけのコーラも、
散らかったカップラーメンの器も。
それが日常。
私が何をしようが。どんな暮らしをしようが。
それが私の当たり前になる。
「私の当たり前」
今日も当たり前に太陽は沈み、夕焼け焼ける!
…でも、いつか太陽が無くなれば、夕暮れも無くなる。
ご飯はいつもおいしい!!とは限らない。
悲しいことがあれば、味なんてすぐわからなくなる。
いつも氣分良く絶好調、だったらいいな。
だけど、私けっこうそそっかしいから、
いつも絶好調だったら、いろいろ見落としちゃうかもしれない。
走ってる時と歩いてる時とじゃ、景色は違うから。
ご飯がおいしく感じられない日があってはじめて、
人が「食べても味がしない」って言ってたのが、こういうことかってわかった。
「目の前が暗くなる」ってほんとに薄暗くなって、照明暗いの?…って思うんだなって、わかった。
当たり前に思ってたいつもの感覚が、ちょっとのことで当たり前じゃなくなるんだなって思った。
冬に、階段踏み外してコケたとき、すごい厚着だったから怪我は無かったんだけど、もうちょっと違う場所を、もうちょっと強くぶつけてたら、
体の骨バラバラに外れてたかも…って、骨の軋みを感じた。ギシギシした。
当たり前って、絶妙なバランスの上に成り立ってるんだなと思う。
まさに、有り難し。有り難う…上手いこと言うな~日本語。(゜.゜)
地上に水があるバランス。
そもそも地球があるバランス。
なぜ星空を堪能出来るのか、のバランス。
私たちはけっこうすごい花形ピエロで、綱渡りのバランスを無意識に取りながら、
「当たり前よー🎉」って言ってて、
でもたまには謙虚に、「ありがたきしあわせー💖」
ってちょっと思うのも、いいかもしれないなー。
私の当たり前
私のなかの「当たり前」は、だいたいの人には通用、というか共感されない。
子どもの頃、「どうしてだろう」と思っていたことはたくさんある。
例えば。
街中や乗り物で、車椅子の人を、遠巻きに眺める健常者の眼に。
(そんなに珍しかったりするもの?)
と、思っていること。
人眼を引きやすいのはわかるけど、じろじろ見るのは違うと思う。
ただまあ。大人になって考えると、「そういう人種」もいるのは理解できる。
自分を強者だと思い込み、弱者と見定めたものを嘲笑う人。それか、ただの「物珍し」なのか。
本来、弱者も強者もない。でも強者のほうが、なぜ偉そうな振る舞いをするのだろう。
なんていうときっと
「弱者と強者はいるものだ」
という声が挙がることも解っている。
それでも。
「ひとはひと」であり、そこにそれほど差異はない。それが、誰がなんと言おうと、「私の当たり前」なのだ。
それはきっと、これからも変わらない。
私の当たり前
分からないけど
食べることに困らない
美味しいかどうかは置いといて
お水が飲める
ありがとう
私の当たり前は、世間では理解されなかった。幼稚園の頃から、みんなと考え方がズレていて、よく笑われてた。でも、自分の何がおかしいのか、当時はあんまりわからなかった。私は私でいたいのに。
「私の当たり前」
結婚して家を建て子供を産み育てる
私の当たり前ではなかった
みんなにとっては当たり前?
常識もなければ上手く会話ができない
失敗して恥ずかしいことの毎日
この間なんて生乾きの香りがするって言われた
できる人の真似したら説明が長いって言われた
安い家だから洗濯機ないから手洗いだし
接客上手くなろうとしてるんだからいいじゃん
去年まで引きこもりだったんだから上手くやってる方じゃん?
褒めてくれてもいいと思う
でもまあ、色々考えたけど、誰がどう思ってもいい
失敗ならいくらでもしてやるよ
死んだら何も残らないから、今を恥じないで生きる
なんでもやる
どんなことも受け入れる
今日の残高は39円
私の当たり前
前の好きな人から最近連絡がくるけど自分は縁を
切りたいから連絡を全部既読無視してる。
相手がどう思ってるかとかは一切気にしてない。
どう思われてもいいし関わりたくもない。
相手の写真も全部消したし、SNSは全部消したのに
新しいアカウントや友達を通して話そうとしてくる、
マジでだるいからやめてほしい。
学校で会ったときに話しかけてくるのもめっちゃ
だるいからやめてほしい
私の当たり前があんまり世の中に通じないのが分かったのは社会人になってから。
学者の家で育った私は頭でっかちで、ややもするとストイック過ぎた。
周りの人が恋愛やアフターファイブを楽しんでいる時に図書館に行き、自炊をして早く寝ていた。
そんな自分は嫌いではなかったけれど、同僚との距離は広がるばかり。たまに誘ってもらってもひたすら疲れるばかりで楽しめない。
あなたは周りの人を下に見ている、と言う人もいた。そんなつもりはなかったのだけれど。
ある人に出会った。私よりふたまわり年上のその方は大きな神社の次男さんで、若い頃の苦労を越えた笑顔が印象的だった。お酒も好きだし、冗談も言う。だけど全く品位を崩さない。まわりの酔客を優しく嗜める。
こんな人になれたらいいな、と初めて思った。
まだまだあの方の様にはなれないけれど、人生に小さな灯りが灯った様で、私は少しだけ生きやすくなった。
私の当たり前
今、ここに存在する私自身。
それが私の「当たり前」
『私の当り前』🧡💙💚
僕の当り前と
あの人たちの当り前は
当然だけど違う。
僕はやりたいのに
もっと役に立ちたいのに。
あの人たちは
無理させてはだめだと言う。
このすれ違いが
溝を生む。
私の当たり前は、誰かの当たり前じゃないことを踏まえて生きなければだなーって思います。
-私の当たり前-
朝起きて、食卓のパンを焼いて つまみながらテレビを見るのが、私のあたりまえ。
寄り道せずに学校に向かうのが
音楽を聴きながら帰るのが
寂しい鳥の鳴き声を聞くのが
ご飯を食べるのが
寝るのが
全部が、私のあたりまえ。
私の当たり前
私は君が心配なんだ。
いつも何かに怯えているから。
君をずっと見守って、何かあれば助けてあげる。
君は遠慮や気遣いをしすぎてしまう人だから、私に助けてと言えないんだよね。
だから君に要らぬ気遣いをさせないように、影からそっと見守るね。
君といつも一緒に帰っている人にやめて欲しいと言えないんだね。
私が代わりに言ってあげたよ。
なんだか凄く怒っていたけど、迷惑をかけている自覚がないんだろうね。
そんな人は社会の迷惑だから、いなくなってもらったよ。
君が知ったら自分を責めてしまうから、誰にも気づかれないようにしたからね。
君の為なら、このくらい当たり前だよ。
私の当たり前
私のつくるカルピスの濃さは
私以外の人にとっては薄いかも
でもこのカルピスの原液は私ので
飲むのも私だ
だからこれでいい