『生きる意味』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
生きる意味とは。
死なないため、目標を達成するため、楽しく生きるため、はたまた修行のためだと言う人もいる。
けれども私にとってはどれもしっくりこない。
言ってしまえば、生まれてしまったからと答えるのが合っている。何のために生まれてきたのか、自分の役割とは何か、などから派生してまで生きる意味を見出す理由なんてものは、逆に生きていくことに対して何の必要もないと感じる。だから私は生まれたからと答える。
生まれちゃったからには幸せになりたい。
生まれたらあとは生きていずれ死ぬ。
じゃあ幸せになった方がいいね。
「だから、幸せになるために生きてるんです。」
「君にとっての幸せって?」
「雨風をしのげる家でおいしいごはんを食べて
きれいな服を着て…。」
「うん。」
「そんな毎日を愛する人と過ごせればそれで。」
「幸せにする。絶対に。」
「ふふ。2人で幸せになるんですよ。」
「なあ。」
「あ?」
「お前なんのために生きているんだ。」
「死ねって言いたいのか。」
「そうじゃない。生きる意味だ。」
「意味なんかあるか。生まれちまったんだから生きるしかねえだろ。死ぬ理由も無いしな。」
「幸せか?」
「んなもん知るか。」
「俺と居るのは嫌か。」
「…なんだ。構ってほしいのか。」
「違う。触るな。」
「嫌じゃねえぜ。お前と居るのも生きるのもな。」
俺の生きる意味になってくれるか。
ただのひとこと言えなかったのは。
答えを聞くのが怖いからじゃない。
こいつに弱みを掴ませたと思われるのは嫌だ。
そう、それだけだ。
否定されるのが怖いからじゃない。
ひとりで生きることが怖いからじゃない。
そう、それだけだ。
生きる意味
生きる意味、なんて言い出せるなら、それは平和で心に余裕のある世であると喜ばしく思う。皮肉ではない。本当に。
自分に「生きる意味」があるかどうか?…という文言を頭の中に置いてみた。途端に自分の周りがボヤッとモヤッとした。どうも「明晰さ」を撹乱する言葉であるようだ。イラッとするね、はっはっは。“おととい来やがれ”と言うのが「正しき返礼」かな。
生きる理由ならある。
それで充分だ、人間の私には。
理由が明らかでないときでも、身体がそれ自身の生きる必要を以て「生きること」を繋いでくれる。
「意味」は先にあるものじゃなく、生きて歩み来た背後に生まれてゆくもの、まさに「靴跡に咲く花」だろう。どんな花が咲くか、その花の響きは何処へたどり着いて、他のどんな花を呼ぶか。その花を以て「意味」とするなら、まあわかる。
「生きる意味」などと「今」に吊して撹乱を呼ぶものは、斬って捨てるが「今生きる自分」の最上だ。
生きることに意味はない。
今でも生きるのが少し面倒くさいと感じている。
それでも今この瞬間に命の電源を切ることは出来ないし、生きている限り面倒なのは消えない。
面倒と思わずに生きるにはどうすれば良いか。それを問いながら1日をどのように過ごせるかを考える事自体がもしかしたら生きる意味につながるのかもね。
生きる意味とは
100年先の米津玄師
と思えば
この投稿後にセキュリティリスクがあるからアプリインストールするようにという広告が表示されたことが社会風刺なのか?
「生きる意味」
こんな私に生きる意味なんてあるのだろうか。
勉強も、スポーツも、人と話すのも苦手。ついでに可愛くもない。生きる意味がない生き物をなんで神様はつくるのだろう。なんでよ。教えてよ。
生きる意味 それは一体何なのだろうか
きっと意味があるのだとしたら喜びや悲しみなどを経験してその先にある幸せの事かもしれない
幸せは人それぞれ形は違うがその幸せが生きる意味に繋がっているのだと僕は信じたい
「態度が偉そう・調子に乗ってるは『イキる意味』、『俺は悪くねぇ』は『生まれた意味』、美味いもの食いたいだのガチャ引きてぇだのは『生きる』というより『金稼ぐ意味』」
世代を子孫に繋げるとかは、生きる意味なのか目的なのか、まぁ条件ではないだろうな。
某所在住物書きはポテチをかじりながら、お題をネット検索して、結果をただスワイプしている。
ウィキによると類語は「人生の意義」らしい。
「食材が『活きる、意味』?」
ダメだ何も思いつかねぇ。 物書きは天井を見る。
「暑さのせいか……?」
――――――
恋愛トラブルによる避難措置で3月から部署を飛ばされて、「メッセ送れるけど行方不明」の状態だった先輩と、約2ヶ月ぶりに再会したら溶けてた。
案の定だ。先輩は雪国の出身で、最低氷点下程度じゃ眉のひとつも動かさない。
かわりに雪だるまなのだ。雪女かもしれない。
暑さにとっっっても弱いのだ。
最高気温28℃予報とか夏かな(春だよ)
恋愛トラブルについては割愛する。要するに、8〜9年前に先輩の心を壊した厳選厨の解釈押し付け厨が、私達の職場に就職してきたってハナシ。
先輩は、旧姓を附子山、今の名前を藤森っていう。
「こうはいよ、せっかくきてくれたところで、もうしわけないが、メシはだせない」
2ヶ月ぶりに自分のアパートに戻ってきた先輩は、去年の6月に買った、たしか22日だったかな、
ともかく雪みたいな白の甚平着てエアコンつけて、
でろんでろん、でゅるんでゅるん。床に落ちてた。
「ごらんのとおり、このザマなんだ。すまない」
床の先輩にエアコンの強い風がダイレクトアタックして、髪がさらさら揺れてる。風邪引くと思う。
「だから私が先輩の看病食作ってるんでしょ?」
パチパチパチ。先輩と私の間のテーブルには、いわゆる電気式のぼっち鍋。みりんが鍋底の高温でアルコールを飛ばしてる。煮切ってる最中だ。
手羽元の冷やし煮だ。昔々、先輩が作ってくれた。
「ところでさ、去年先輩からコレ教えてもらったけど、煮切るみりんの役割とか意味って?」
「いきるいみ?」
「『生きる』意味じゃなくて、『煮切る』意味!
にぃーきーるー意ー味。煮切る必要性」
「イミやヒツヨーセーは、わたしには、ない」
「に、き、る!意味!」
「わたしにあるのは、○×※、いき繧区э蜻ウ繧医j逕溘″縺滄℃遞九□……」
「ナンテ?」
生きった、もとい、煮切ったみりんに醤油と出汁を入れて、混ざったら冷蔵庫へ。
いい具合に熱が取れるまでにB級品の手羽元を茹でて、冷やして、ほんのちょっとだけ好みの酸味なり旨辛味なりを足せば、それで完成だ。
「おまえは、みつけられると、いいな」
「何を?」
「いきるいみを」
こてん。 先輩は最後まで私が「生きる意味」を聞いてると勘違いしたままで、プッツリ電池の切れたみたいに、視線を私から外した。
あーもう。あぁ〜もう。 ひとしきり頭をポリポリ両手で抱え掻いて、エアコンの強風をダイレクトに享受してる先輩にタオルケットを、1枚、2枚。
「あたたかい」
「それだけ先輩の体、冷えきってるんでしょ」
「ありがとう、あたたかい……よ」
約2ヶ月、例の恋愛トラブルの原因さんから隠れ続けてきた先輩は、それだけで疲れてたんだろう、
しばらくして、すぅすぅ、寝息をたて始めた。
「はぁ」
先輩に、久しぶりに会った。言いたいことや聞きたいことは、たくさんあった。
3月からの先輩の異動先のこと、8〜9年前に先輩の心を壊した恋愛トラブルの元凶のこと、近況。
今まで精神的にも肉体的にも無事だったのか、例の厳選&解釈押し付け厨から何かされてないかとか。
たくさんあったけど、当の先輩がご覧のとおり。
でろんでろんで、でゅるんでゅるんで、
東京の28℃予報に打ちのめされて、溶けてる。
「事情聴取は、また今度かな」
しばらくして先輩はそこそこ復活して、意思疎通可能なくらいには回復してたけど、
私が突然「生きる意味」を聞いてきたことについて、すごく心配してたし、「煮切るみりん」の役割は結局教えてくれなかった。
「生きる意味」
ここまで生きてこれたのは
家族のおかげ?
先生のおかげ?
友達のおかげ?
そんなわけないじゃん。
私の努力のおかげです。
苦しくたって、飛び降りたいって思ったって、
殴りたいと思ったって、消したいと思ったって、
私はここまで歩いてきた。
みんなのおかげなんて綺麗事いいません。
誰にも感謝なんてしません。
私はこれからも努力して、1000歳まで生きます。
【#66】
たぶん、
生きる意味なんて考えても何もない。でも、
意味を作ろうと思えば、
いくらでも創ることが出来るだろう。
「赤毛のアン」で、アンは初めて家に向かう途中、白い花の咲くリンゴの並木道を通り、そのあまりの美しさに、感動し、しばし黙り込む程だった。
あれは何という名前の場所かとマシュウに尋ねたが、「並木道だ」との答えに、
「あそこを並木道なんて呼んじゃいけないわ。そんな名前には意味がないんですもの。 こんなのにしなくては……ええと……『歓喜の白路』はどうかしら? 詩的でとてもいい名前じゃない。」
と言う。
そもそも、マシュウ・カスバートはもう老人であり、身体がだいぶ動かなくなったので、
新しい労働力としての男の子が欲しくて孤児院に依頼したのである。
なのに、手違いで痩せっぽちで赤毛の女の子が来てしまった。
マシュウにとっては、女の子なんてぜんぜん意味がない、要らない、むしろ迷惑。
すぐに孤児院に文句を言って、取替えてもらわねば・・・
と、普通ならそんな展開も不思議はない筈なのに、マシュウはそうしなかった。
それどころか、理論家で少し気難しい妹のマリラを説得して、アンの為に何が出来るのかを、考えてやろうとした。
こうして、マシュウには(マリラにとっても)アンと名乗る(昨日まで)見知らぬ少女が、他の何よりも重要な意味を持つ存在へと変わってしまうのである。
その選択のせいで、自分の身体がどんなに辛くても、不平をこぼさず、信念を通して、マシュウは己に鞭打つように働き通した。
やがて立派に成長したアンにマシュウは満足したように言う。
「わしは1ダースの男の子よりもアンの方がいいよ。いいかい、1ダースの男の子よりもだよ」
これ以上の賛辞があろうか?
そして、その翌日、マシュウは亡くなってしまうのである。
人の一生は、儚い。
でも、マシュウの選択は愚かだと笑う人がいるだろうか?
マシュウが生きた意味はないと、誰に言えるだろうか?
アンのように、マシュウのように、生きる意味の、答えを見つけたい。
[生きる意味]
誰かを幸せにする
よく働き、よく寝る
それだけ。
生きる意味
なんで僕は生きているんだ
こんな僕に意味はあるのか…
夜風が吹く中僕は立ち尽くした
家に帰りたくないな…
時刻は鬼門に差し掛かっていた
そんな時一通の連絡が来た
【今から会えない?】
僕はなにも返せなかった
あの子も僕のことを気遣ったのだろう
だが、今は誰にも会いたくない
【ごめん。】
こんなことしか送れなかった
気遣ってくれたこと
連絡をくれたこと
何もかもに謝りたい
僕は本当に生きてていいのだろうか
そんなことが頭の中でひたすらに呼応する
本当になんなんだろうね生きるって
【君に会えて良かったよ
最後に連絡したのが君で良かったよ
そして、最期に合わなくて本当に良かった。】
これが僕が遺した最後の記録になった。
生きなかったら、生きれなかったら何にもない
だが、生きたって苦しいなら
もう意味がないのならば
無理に生きなくてもいいと思う
意味を求めることって苦痛だから…
生きる意味はなんだろうか
私たちはなんのために生きているんだろうか
その理由はわからない
私たちは、底知れぬ世界の渦の一部でしかないのだから
未来
使命に向かって
友達を大切に
ミニ薔薇がしおれた
ミント根腐れした
役目を終えたか
ありがとう
私が頑張るね
同じ流れを感じる
今度こそ諦めない
生きる意味01
生きる意味
私は考えることが好きだ
答えのない問いを解こうとするのはとても楽しい
楽しいけれど
間違った方向へ進み
全てが嫌になってしまうこともあった
自分が大嫌いになった
でも、生きた
苦しかったけど
わけもわからずつらかったけど
生きててよかったと思えた
そう思えたことに意味があるのだと思う
一番大切なのは
「自分を好きになること」
最近気づいた、この考え
少しずつでいいから、自分の思いを綴りたい
書いてて気づいた
私の生きる意味は、頭の中を言語化することだ
生きる意味
意味を持ってしまったら価値がありません、そんな気がしてしまう。
僕は石ころだった。
川辺にある普通の。なんてことない石ころ。
隣に座った誰かに話しかけられていた。
その人はとてもキラキラしていて、綺麗だったと思う。
僕はその人の話を聞き続けた。
いや、聞かされ続けた。
耳がないので、曖昧にしか聞き取れかったけれども。
過去に何があったとか、それで今は1人だとか。
持っている力を、何に使ったらいいかわからないだとか。
口も手もない僕は、答えられない。
その頃はまだ自我などなかったが。
ある日のことだった。
今日もその人は隣に座って、言葉を吐く。
「なぁ、石ころ。お前は何が欲しい?
私は、話せる友人が欲しいよ」
これが、はっきり聞こえた最初の言葉だった。
僕はこの時、二度目の誕生を迎えたんだ。
まだ石ころのままだけど、自我を持って話せるようになった。
その人は驚いていた。でも、どこか悲しそうだった。
僕たちはそれから色々な話をした。
難しいことは僕にはわかなかったから、
ただ素直に思ったことを伝え続けた。
あの時もそう。
「なぁ、石ころ。私は、私だけがここに残っていて、
意味があると思うかい?」
「うーん、僕はあなたのおかげで、ここにいることに退屈しませんが、それではダメですか」
その人は、ふっと笑って
「そうか、じゃあ私がここで生きる意味もあると?」
「あると思いますよ。あなたが毎日、楽しければそれでいいと思います。僕は楽しいですし。」
抑えきれない笑いを隠すためか、
その人は膝に顔を被せたまま、震えていた。
「そっかぁ…ありがとう石ころ」
お題:生きる意味
タイトル︰生きる意味なんてないと思う人へ
ずばり、私は世界中全ての人や生き物に生きる意味があると思う。
これは理想論とか美談ではない。
確かに毎日を慌ただしく過ごしていると「自分の代わりなんていくらでもいるんじゃないか」とか「もし自分がいなくなっても周りはどうも思わないんじゃないか」と思ってしまうことはある。
実際、大抵の場合人が一人くらい急にいなくなっても社会は問題なく回るし、そうなるように仕組まれている。
それでも生きる意味は誰にだってある。
例えばノーベル賞を取るような世紀の発見をした科学者やアカデミー賞を取るようなヒット作の映画監督なら、生きる意味があることに疑いの余地がないだろう。
しかしそういう人たちが多大な功績を残すには、後世に名前すら残らない人々の小さな発見や支えが必要不可欠だ。
凡人科学者の小さな発見がなければ大きな発見は生まれないし、人々が何かに悩んでいなければ大人数の心を打つヒット作は生まれない。
私たちも世界が一歩進むのに小さいながらも貢献しているのだ。
だからこそ本来私たちは一人も欠けてはならないし、大きな生きる意味があるということなのだ。
私は多分天才ではない。
でも今生きている世界が完璧だとは思えない。
だからとりあえずどこかの天才が世界をもっと良くするのを望んでおくとしよう。
そして望みが小さな発見になったら、それが私の生きる意味になるのだと思う。
明日も頑張っていきましょう。
生きる意味
それは、自分の人生を歩みながら
たくさん感じて見つけていけたらいい
意味が見つからないと思うことあっても
それでもいい
意味がなければだめなんてことないから
自分らしくあれたら
自分を大切に思えたら
きっと周りも笑顔になるかもしれない
感じること思うこと
大切にしてあげてね
生きる意味
生きる意味はわからないけど…諦めて命を断つ事がいけない事はわかる… だから頑張って生きるしかないじゃん!