『現実逃避』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
夢 天使みたいになる夢
夢 将来の夢
夢 自分
夢 たまにみる自分
夢 人の夢
夢 空気
夢 風
夢 温度
夢 体温
夢 心情
夢が夢になって夢が襲ってくる夢をみて、
私が私じゃなくなって、
怖くなって逃げ出しても、そこには誰もいない。
私は私を疑った。
私は私を嫌悪した。
私は誰かを見れなくなった。
私は現実から隔離された。
起床後息をつく暇もなく
慌ただしく支度をし出勤する
そして山積みの仕事をこなし
帰宅後も翌日の準備などで
時間が消費される
就寝直前に
仕事をサボって旅行に行きたいと
現実逃避してしまう
それでも翌日目が覚めたら
また慌ただしい1日が始まる
現実逃避
人によって、障害物はそれぞれ異なるんだよ
なんて言っても、そんな前から教育されたものを
今更そんなと心に留めた瞬間に
零れ落ちてしまう気がする。
正しさの優しさか。
優しさの優しさか。
逃げるな。
逃げてもいいよ。
その理不尽に縋っても、突き飛ばされる。
悩み続ける。
悲しみという感傷に浸る。
前を向くためにだけにあって。
後退や回り道は許されないのかな?
突き飛ばしたことも答えという応えを示したことを
忘れて、
閉じこもった殻を誰かが割ってくれるのを
ただひたらすら静かに待つ。
その静寂は、今もちゃんと愚かなのかな?
ただ、引いた足を引きずった足を肯定して、
偉そうにそう言って認めたいのに。
足は前を向けと、添えられる。
優しさを否定しない代わりの涙に執着している。
生きていく歩みを縋っているみたいだ。
願いというのかな。祈りと呼ぶのかな。
希望なんて簡単に言わないで。
ただ、空虚な寂しさが冷えたままなのに
抱きしめると熱くなろうとすることを
私達は互いに隠している。
気づいた時には知らないふりをしてるなんて
醜い言い訳を残して。
可愛さの欠片だけを拾い集める。
それを日々と呼ぶのだったら、
「現実」という名前がついて
疲れたら「逃避」することへの選択肢を
勝手に決めないで欲しい。
現実逃避
現実から目を背けたところで私自身は変わらないのに
この世に生きる自分が醜すぎていつも逃げる。
だから私は変わらない。
こんなやつの何がいいんだ。
どうせ何にもできやしないし、口を開けばネガティブで
誰かを元気づけることも
助けることも
役に立つことも出来ない。
気持ち悪い。
自分が世界で1番嫌い。
こんなやついなくなればいい。
私のいない世界に逃げてしまいたい。
【現実逃避】
2人で現実逃避してみない?
俺たちのきっかけは、そんなくだらないことから始まったんだよな。
その日も俺の椅子はびしょ濡れでさ。昼休み居場所のない俺は、いつもトイレで飯を食ってた。でもそれもバレて、トイレは安住の地じゃなくなった。
だから屋上を選んだんだ。手すりが老朽化して危険だってことで、立ち入り禁止だったから。
君がいなかったら、俺は多分あの時死んでいたと思う。本当に感謝してるよ。
それからの日々は楽しかった。何せ、初めての彼女だったわけだし。
童貞っぽい?うるせーな。
とにかく、楽しかったんだよ。今でも昨日のように思い出せる。1番楽しかったのは水族館だな。
そうそう、勢い余って水槽に突っ込んだ奴。
ま、空気は凍りついたけどさ……
……無理だろ。
だって、俺にとって君は恩人で……!
頭撫でんなよ……
逃げても良い、じゃねぇよ……
ここで逃げたら、君との思い出も全部手放すことになるんだろ?
……だからごめん。最後の最後で、俺は現実逃避をやめるよ。
彼女の寝顔は穏やかだった。
_あとがき_
語れば語るほど蛇足。ということで今日のあとがきはなし。あざした!
「現実逃避」
ちょっとこの世界は息苦しい
そう思っていた今日この頃
ふと教室を見回す
そして貴方が笑う
それを遠目で見ながら
少しこの現実から逃げ出してみる
「現実逃避」
いっときの現実逃避のその後は腹をくくってやるしかないよね?
ふわふわする。
瞼は一定の場所から上がらず、舌も回らない。
(もしかしたら、このまま起きれずに済むかもしれない)
毎度そう思いながら、その場で横になる。
周囲の悲鳴の様な声も遠くに聞こえた。
腕を引っ張られて両脇に抱えられ、足を引きずりながら冷えた空気に晒される。喧騒は一時遠ざかり、暫くするとまた人混みの声が響き渡った。
「毎度、勘弁してくださいよ! お疲れ様でした!」
耳元で叫ぶ声を最後に、柔らかいシートの上に押し込まれる。緩い動作で頭を上げれば、冷静な目をした運転手が俺の様子を観察していた。大方、吐くか吐かないかを判断しているのだろう。
何がしかの会話がなされ、外の喧騒を遮るように扉が閉められるとタクシーが動き出す。
「お客さぁん、飲みすぎましたねぇ」
「えぇ……いつものことで」
相槌を返すのが精一杯で、最後は口の中の空気を押し込むように声を出すと横に倒れ込む。無理やり締められたシートベルトが体に食い込んだ。
いつもの事だが、記憶も失わず翌日恥に身悶え、吐けないばかりか体内の毒素に苦しめられる。
いっそ吐いてしまう方が楽になるのに、勿体ない精神を持つ体は、そう簡単には解放してくれなかった。
「中途半端に飲めるのも、考えもんですね」
いつの間にか独り言でボヤいていたのか、運転手が気の毒そうにミラー越しに見つめていた。
「でも、この酒のために一週間頑張ってるんで……」
週に一度の飲み会。
どこにも逃げられない、ただ意識だけを飛ばす逃避行だ。
「でもそろそろ、周りに迷惑をかけない逃避行でもすべきかな」
そう呟くと、運転手はニヤリと笑ってハンドルを切った。
「お客さん、幸運ですね。お連れ様から、迷惑のかからない逃避行の注文を承っていますよ。」
ぼんやりとした視界で最後に見たのは、自宅とは真反対の山中に向かうルートが示されたカーナビだった。
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「酔っ払いの始末」
⊕現実逃避
現実逃避
私自身、「現実逃避」という言葉はあまり好きに思いません。
友達を見るとたまに現実逃避という言葉を口にしたり、時には実際に現実から逃げているような行動をしたりするのを聞きますが。
私自身は、現実逃避という言葉、行動をあまり良く思わない人間です。
だって、いくら逃げたって「現実」は「現実」としてその人の元にあるのだから。
どんなに現実を悲観的に見ようと、それでも最後は絶対に「現実」に向き合わなければいけないのだから。
それを考えると、もし近い未来に嫌な現実があった(あると感じた?)としても、逃げずに早いうちから行動した方が絶対に成功しやすいだろうという考えを私はします。
私自身その考えで、嫌に感じるイベントを翌日に控えた時や、進路(色んな意味での進路)が難局だった時であっても、一時的に現実から逃げるという選択肢は1ミリも持たず、それで今までの人生をある程度は成功させてきながら、もうすぐ18歳を迎える今この頃まで乗り越えてきました。
(あまりにも酷が過ぎる状態にはなったことも無いのでその点は言及できないですが)
なので、私は「現実逃避」という言葉を良くは思わない。
どうしてもその言葉を好きには思えません……でした。
ところが、最近になって、ほんの少しだけ考えが変わったところもあります。
大学入試に推薦で勝利を収めた私は、好きだったゲームをまたやり始めるようになり。(ちなみに私はゼルダが大好き)
また過去の私は音楽やエンタメには本当に縁が浅く何も知らない人間でしたが、最近はアニメの葬送のフリーレンをたまに観るようになりました。シーズン1から。
なんか、やっぱ、凄いよね。
ゼルダもフリーレンも、なんか、やっぱりなんか良い。
私の語彙で表現するのが難しいが、なんかめちゃくちゃ良いんです。
ストーリーも勿論とても良くて毎回痺れるのですが、ゼルダもフリーレンも作中の舞台や世界観自体がとても好みです。
良い感じなファンタジー?なのが本当に好きです。(恐らく「良い感じなファンタジー」が自分の思う最適な表現)
そしてそのようなコンテンツで楽しんでいると、たまにふとこう感じます。
今私が楽しんでいるのは、間違いなく「現実」ではないと。
勿論のことです。あのような世界観は言ってしまえば仮想的なもので、今の現実の世界には(一般的には)存在しません。
なので、今の「現実」とは別のものを、私は楽しんでいる。
これって、ある種「現実逃避」とも言えるのでは?、と。
現実逃避?なのでしょうか?
言い訳するつもりは全くないですが、「現実から逃げてる」訳じゃなく「嫌でもない現実から少し抜けだしてそっちの世界にお邪魔させて頂く」と言うこともできるでしょうか?
そう考えると、あまり良く分からなくなってきます。
そしてこのようなことを考えながらこのお題に沿って文章を書くと、ほんの少しだけ考えが整理された気分になりました。
なので少し文面を改めることにします。
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「現実のみと向き合い続けるべし」とは言わない。
「現実」以外のもので楽しむのも、1つの良い事。
但し、「今・この先の現実が嫌だから」というのを背景に、現実に背を向いて一時の楽を求めたり現実を先延ばしにするのは、やはり良いとは思わない。
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こうかな。
これでほんの少しだけ自分の考えがまとまった上、ほんの少しだけ自分に都合の良い考えにもなった気がします。
逃げる、逃げている
どこまで、どこに逃げればいい?
どうやって逃げればいい?
ああそうだ分からないから、逃げたんだ
とっくにもうたくさん、逃げてきたんだ。
逃げ込んだ先で、そこから、また逃げ場を探して
そうやってそうやって、行き場を逃して
でもきっとそんなものは、いらなかったから
ずっと持っていた、はずだから。
それ以外は、もういらないと思った。
ここにいれば、よかったんだって。だから
これはきっと今もなおの現実逃避で、
ずっと動かない最後の逃げ場。
『現実逃避』
ある日、兄から手紙が届いた。不吉な予感しかない。
「拝啓
梅のつぼみが顔を出し、春の訪れを感じる季節となりました。
二郎様におかれましては、お健やかにお過ごしのことと存じます。
さて、私こと一郎は本日、四十五歳になりました。
世の中では、四捨五入され、「アラフィフ」という言葉でグッと五十歳に寄せられてしまいます。
あなたは、まだ若くこれからのご活躍が期待されますが、その後、御昇進などありましたでしょうか。
私は持病の影響により、体調に波があり、日によっては思うように動けないことがあります。コンビニのアルバイトは契約の更新がなく、先日退職となりました。
近年、私自身の体力は明らかに低下してきてますが、健康に対する意識は高まっています。
あなたは、昔から身体が丈夫でしたから、ご心配はないと思いますが、なるべく長くご健康でいてください、そうでなければ私が困ります。
誠に情けない限りですが、現在、十分な食事をとることができておりません。
これからどのように生きていくべきかを自問自答する毎日でありましたが、最近になって、私には小説家が向いているのではないかと思い至りました。
よく語り合ったあなたのことです、私の才能にもお気づきだったことでしょう。
つきましては、最後にもう一度だけご相談させてください。
執筆に必要なパソコン購入費用についてご支援をお願いできないでしょうか。
あなたの健康とご多幸を心よりお祈り申し上げます。
敬具
令和八年二月二十七日
一郎
二郎様
追伸、
パソコンは何ギガバイトが適切ですか?
私たち兄弟間で、おもしろエピソードなど何か思い出されることはありませんか?
二人で集めたビックリマンシールはまだ保管していますか?私のものも混ざっていませんか? 」
ああ、今日は、にいちゃんの誕生日だな。
にいちゃん、現実を見なよ。
#現実逃避
ちょっと、心の準備が必要な時とる行動
今日は難しいお題です
現実逃避している事もないだろう、、と思う
あんまり深く考えた事もないかも笑
むしろ現実ばかり見てます😂
誰かと会って
話をしていたり
何かの作業に
集中していたり
している
その時は
真剣だから
心にズッシリと
常にのしかかっている
重い重い
現実逃避
という
石の存在を
忘れることが出来る
だけど
それは永遠には続かないし
逃れることも決して出来ない
何故なら
眼の前にある
石
から
単に
背を向け
逃げている
だけ
そして
石の
存在を
認めていない
だけ
だから
そのことを
考えずに済むように
違う事を考え込んだり
無理やり忙しくしたり
している
心の中の
石の重みを
麻痺させるために
現実逃避、今がその真っ只中だ。仕事もしないでダラダラと過ごしている。
求人のサイトで仕事を探して、興味がある会社を見つけても、失敗したらどうしよ。覚えられなっかたらどうしようと悪いことばかり、想像してしまう。
前にいた会社で、ボキボキに自尊心をへし折られた。自分本位の年上に振り回され、何を考えているかわからない。気に入らないことがあれば、癇癪を起こす。精神年齢が中学生で止まっている感じだ。
若い頃は、何でもできるような気がして、とりあえずやってみようと、あれこれ考えずにやっていたように思う。でも今は先に頭の中で、シミュレーションをしてしまい、行動に起こせないでいる。
起きていないことに恐怖して、何もしないことで安心している自分がいる。仕事が見つからない焦りと、仕事に対する恐怖心の狭間で、心が揺らいでいる。
自分を客観的に見ることで、心の声を聞くことができた。現実逃避は、主観的な部分が多くあるので、こうやって書くことで、冷静に自分を見る良い機会になったと思う。
やだな、先生
異動しないでよ、机の上を片付けないでよ、
異動するならついていくもんね
現実逃避
現実逃避
今の社会では、“現実逃避”は悪いこととされる。
現実を受け止めきれずに、悩む人がいる。
自殺まで追い込まれる人がいる。
そんな中で逃避するなって?馬鹿みたいだ。
現実をみるのが当たり前。逃避は悪いこと。
これは人間界である。
現実をみるのが当たり前。逃避もしないといけない。
これは自然界である。
逃避はしていい。むしろ、するべきである。
そんなことが分かっていて、“現実逃避”が悪いと言う。
なのに、今日も人々は“現実逃避”しながら生きている。
スマホのアプリ達が私を現実から遠ざけてくれる。でも、下3つのあれが気に食わない。あのマークらが現実に帰れと訴えてくる。助けて
僕の人生は僕のものなのに。何処か今まで映画を見てるかのように、実感がなかった。登場人物にさして愛着もわかなかった。ただ漫然と時が流れ浮遊する生を喰らっていた。どうせいつかは字幕が流れてエンドロールになる。そのぐらいにしか思えなかった。今思えばそれらは予防線だったのだろう。いつのまにか解離した心を守るための。現実逃避上等。それに救われる人もいる。もちろん、悔やむ人もいる。僕は前者だ。そう思いたい。僕の人生の幕は意図せずにいつのまにか上がっていた。その中でどの選択肢でどう生きるかは自分次第だ。僕は今日も映画越しに世界を生きている。その術しか知らないけれど、それでも視界を捉える映像は、日に日に美しい、そう思えることが増えた気がする。
今日は、カラフルラムネを陽葵ちゃんからもらった。すごくカワイかった💝
なんのへんてつもないラムネだけどれども。陽葵ちゃんが持っているからかな〰️??とてもうらやましくなった。
帰ったら、母に頼んで買ってきてもらった。
『こんなものか。』と、想った。
持っている方ね〰️。
『こんなものか』って、『あんたが頼んだだからね〰️。』と、母は、言ってげんこつを頭にくらった。
『そうでした。そうでした。ごめんなさい。』と、私は言った。
げんこつって……。😅
カラフルラムネを持って、2階の私の部屋に上がった。
主人公が、カラフルをラムネ食べると、普通は、✨キラキラと不思議なことがおこるんだけれどもな〰️イスを🌀🌀、回しながらカラフルラムネを食べてみた。
大好きなブルー色ののラムネ、ピンク色のラムネ。黄色のラムネ。う〰️む、何も起こらないぞ、作者❗️
すみません😅と、謝る私です。
私はスマホで、スミカさんの新曲の
『Honto』を聴いた。のび太くんの
1人称を描いたような歌のセカイだった。でも、暖かい誰かに、抱きしめてもらっているような感じでした。
私には、出来ないことがいっぱいだ。
てきとうに生きるのって案外難い。
全力で、生きるのは疲れます。
でも、リハビリで力を抜いてと私はよく言われます。😓出来ない…。
スミカさんの、『Honto』すごくやさしくて暖かいくてドラえもんの登場人物を大切に想って、i think so,
眼科の医師が教えて下さった英語の単語。スミカさんからのドラえもんやのび太くんたちへのlove letterなんだ🫶と、私は、想うな⭐️✨
あ!ねこ耳さんは、スミカさんと会ったことあるよ😃と、以前聞いたな〰️⭐️✨最高にいいなぁ〰️。
階下から、母が言っている 。
することないなら洗濯物をたたんでー!と、ハイハイ。😅
動画をストップした。
黄色のラムネを一粒、口に入れた。
ポイ。
母は、玄関から帰ってきた。
ハイ❗️と、母は、
私に、ハガキを渡した📮
【え!?誰かな??』
『あんず先生元気にしていますか。
また会いたいです。
また、保育園にみんな誘って来てね。
大好きないちご先生やぼくやみんなや
ほかの先生も元気しているよ!
新しい物語楽しみにしていますよ。
でも、ムリしなくてもいいよ。』
『ムリしなくていいよ。、か。😅
……バカにしないでネ⭐️れいんくん。
待ってなさいよ❗️
『よかったね、あんず。ファンからじゃん❗️』と、母は言って笑った。www
覚えたの字かな??
返事書くね📮れいんくん、ありがとう💝
ファンサしちゃうぞ❗️🫶
終わり