『手を繋いで』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
礼を言われるのは嫌いじゃない。恩を売っておいて損はないし、回り回って自分に返ってくるとも言うじゃん? 見返りを求めることを否定する連中も居るけど、それって綺麗事。寧ろ損得無しに関係を続ける方が俺にとっては気持ち悪いね。親切ってのは自分のためにするもの。礼を欠いて失礼だと言われるのは相手側。なら、やればやるだけ身になるしハッピーだと思っていたけど……それっておかしい?
「ありがとう、ごめんね」
親友から急に言われた言葉。一瞬、時間が止まったみたいに体が固まる。今日もいつもどおり生徒会の仕事を手伝っていた。お互い長机の上でまとめた書類を揃える最中、世間話を切り出すように顔も見ないままあいつは前触れなく言ってきた。当然意味がわからず、しかし声のトーンから大事な話をされた気がして焦る。俺は考える間も無く疑問を口にした。
「なんだよいきなり。礼はともかく、謝罪される謂れはねえよ」
「ううん、ごめんね」
「はあ? だから理由を説明……」
「疲れてるよね、顔に出てる」
「何言ってんだよ、力仕事でもないし。平気だ」
「違う。心が」
そう言って親友の──司は俺の胸をトン、と押して困ったような笑みを浮かべた。心? 改めて自分の胸に手を置いてみるが思い当たる節はない。
ホッチキスの無機質な音が生徒会室に響き、整理した書類が閉じられていく光景をただ見つめる。全て閉じ終わったところで再び司は口を開いた。
「もう来なくていいよ」
「え、」
「こういう言い方はよくないか。疲れている時は来なくていい」
「疲れてなんか……」
「自分の許容量が分からないうちは仕事を任せられない、と言えばいい?」
「……」
「俺は誠也が倒れないか心配なんだよ。今の君は確実に無理してる」
「無理なんてしてない」
「今月、もう何件誰かの仕事を代わりに受け持ったか覚えてる?」
「……?」
「自ら買って出たのが三件。交渉後に任されたのが三件。押し付けられたのが五件。何も言わずに決められたのが二件。他にも、小さな手伝いを挙げればきりがない」
「なんでそんなこと知って……、てか俺が進んでやってるんだから良いだろ!」
「良くない。生徒会に居ると大抵のことは耳に入るんだ。調べたものもあるけど、今はそれは別にいいじゃない。重要なのはこれ以上続けたら誠也が壊れるって話」
「だからって……」
嫌な予感がしたんだ。今まで礼は言われても、一緒に謝罪してくる奴は居なかったから。それがこんな風に突然来るなと言われて、自分のためにしてきた事が全て良くない事のように言われて。血が滲むんじゃないかってくらい拳に力が入り、悔しさで奥歯を噛み締めた。じゃあどうしろ、っていうんだ。
「……簡単に言うなよ。好きでしてることだ。お前には関係ない」
「関係ある。死へ向かっていく親友を見過ごせ、って言うの?」
「大袈裟な」
「大袈裟じゃない。誠也が誠也を大事にしない限り、それは死んでいくことに等しいよ」
「俺は自分を大事にしてる! 自分のためにしてんだから」
「それは本当に自分のため?」
「本当に自分の……!」
自分のためにしている、と思う。誰かを助けたいとか守りたいとかそういう無償の愛を持つどこかのヒーローを目指しているわけじゃなく、俺は俺のためにやりたいことをして、礼を受け取る。その経験が役立つ事もあるし、結果的に人望が厚くなるのも良いことだ。十分見返りを貰っていて得していると思った。だが、司は死へ向かっている等と物騒なことを言う。俺のやってきたことを、否定するみたいに。
「誠也のやりたいこと、本当に出来てる?」
「出来てる……」
「じゃあ休養はちゃんと取れてる?」
「最近は、試験勉強してたから……あんまり」
「自分だって忙しいのに変わらず人のことばっか優先してるよね」
「生徒会長のお前に言われたくない」
「俺はちゃんと寝れてるから大丈夫だよ」
帰り支度を済ませ上着を持って部屋を出ようとする司の後に無言で続く。普段なら和気藹々と会話しながら下校し、寄り道したり買い物したりするがそんな気にはなれない。司が戸締りを済ませている間に昇降口へ向かう。後ろで引き止める声が聞こえたがこれ以上何も聞きたくなかった。一刻も早く一人になりたくて、手早く靴を履き替え下駄箱を後にする。
「待ってよ!」
校門を通り過ぎたところで走ってきた司に腕を掴まれた。なんだよ、もう話すことなんて無いのに。前を向いたまま振り払おうと軽く腕を振るが司は強く握って離さない。まだ何か文句があるのかと諦めて振り向く。
「嫌われるのが、怖いんだろう」
「!」
「誰かの手助けをしていないと自分に価値は無い、って決めつけてる。だから俺は……」
──金槌で頭を打たれたような衝撃だった。まだ何か話しているのが分かるが右から左にすり抜けていく。これまで築いてきた理想像ががらがらと崩れ落ち、残ったつまらない自分すら丸裸にされていく感覚。惨めだと思った。落ちた視線の先の地面が歪んで見え、これ以上恥を晒したくないと今度こそ大きく手を振り払って帰路へ走った。脇目も振らずに家へ帰ると即座に自室へ駆け込む。
心の底に押し殺した、誰にも知られたくなかった部分を覗かれた。俺自身も忘れて無かったことにしていた痼り。見返りを求めた理由の根底はそこにあった。頼られることで存在を確立させ、ここに居てもいいんだと自己暗示をかけて過ごす。思い返してみるとなんて生き様だ。ヒーローなんてとんでもない、俺はどこにでもいる村人Aだ。
#ありがとう、ごめんね
手を繋ぎたい?
ないよ、そんなの。
繋ぐ相手が欲しいとか
そんな相手がいないと寂しいとか。
そんな可愛らしい感情
どうやったら湧くんだろう。
手が空いていてホッとする。
何にもない方がいい。
(手を繋いで)
一人じゃないよ
横を向けばすぐ隣にいるよ
急がなくていいよ
自分の歩幅でゆっくりさ
焦らないでいいよ
手を繋いで一緒に前に進もうよ
⚠血の描写があります。苦手な方はフィールドバックを推奨致します。
【お題:手を繋いで】
大陸レークスロワは、剣も魔法も存在する。
故に、日々奇々怪々な事件が起こる。
【Sugar Blood】
これは、奇々怪々な事件をまとめたファイル、特殊警察事件ファイルの中の一つである。
甘ったるい匂いの中に混じる鉄の臭い。そして、場に似つかわしくない、明るいピンク色の髪をツインテールに結んだ少女。
今目の前には、血を流し絶命している死体が一体。満遍なく撒かれたざらめは、場の空気を異様なものにしている。
健常者であれば、間違いなく発狂するであろう現場も、慣れてしまえば……いや、元より自分自身が健常者でないので、何の気なしに眺められてしまう。
少女……ざらめの食事が完了するまで、特にすることもなく、近くにあった木箱に座り込むと、ふと、左の掌が視界に入った。
目の前にある遺体が高校生だからだろうか。ふいに、あの子が生きていれば、このくらいかと考えてしまう。失くして長い、繋いだ手の温もりをなぜか思い出した。
あれはもう、何年前だったか。自分がこの街、ユークドシティに来たのは、駆け落ちが目的だった。
元々、漢文化の国、桜花の貴族……桜花では華族(かぞく)と呼ぶが、その中でも華族をまとめる家、黒影家の嫡男として自分は産まれた。
当然のように後継者教育が施されたが、それ以前に当主、父は全く使い物にならなかった。
元より体が弱かったらしい母が、自分が産まれると同時に亡くなったからだ。
父は母を異常な程愛していたらしい。彼女が居なくなった喪失感は、父を壊すに足るものだった。
物事着いた頃には、ろくに会話ができない父に代わり、当主代理としての教育をずっと受けていた。
正直に言ってしまえば、父も家も嫌いだった。
だから逃げ出した。
それが良いか悪いかは、今も尚わからない。
なんにせよ壊れた歯車はもう元には戻らないのだ。
「おじさま!」
思考を遮り、自分を現実に引き戻したのは、少女の声で。
「……ざらめ、もう食事は終わったのか?」
「終わったのです!」
ぴっ! と片手を挙げて、元気に返事するざらめの頭を撫でると、嬉しそうにする。
これだけ見ると猫のようだ。
「では、今日はもう帰ろうか」
「はいなのです」
自分が手を出すと、ざらめは躊躇いもなく手を繋ぐ。血の臭いから逃れるかのように路地裏を出ると、いつかのような、燃えて見える真っ赤な夕日が顔を出していた。
何の気なしに、背後を振り返る。そこには闇が広がるばかり。
「おじさま? 帰らないのです?」
「……いいや、帰ろう」
一瞬、懐かしい声で名を呼ばれた気がしたが、それは幻聴に他ならない。
もう、居ない人間の声が聞こえるわけがないのだ。
手を繋いで家路に着く。
この日常は、誰かの日常を奪いできている。
ーあとがきー
今回のお題は【手を繋いで】
青春とか、淡い恋物語が始まりそうなお題で、血の描写がありますとかいう突拍子もない注意書きですよ、イカれてますねっ!
さて、短編を毎日書くのにタイトルなど付けてらんないので、あとがきでこのお題の時に〜と書くので、その時のお題を冒頭に付け足しました。
さてさて今回の話、Sugar Bloodは、逆さの時の赤いざらめの話です。そう、赤いざらめと雨の日の死神は別なのです。殺人事件であるのには変わりはありませんが。
此度の語り部の名は、黒影柘榴。色々と拗らせてるおっさんです。歳は38歳。
父親のことは嫌いですが父親に似てる。そんな男です。
ざらめちゃんは……何者なのでしょう? 人ではないのは確かです。
柘榴を最初から最後まで語ろうとすると長いので、彼も小出しで語ることになりそうです。それこそ妻子の話とか。
ざらめちゃんも、いつか語りたいですね。
さて、このままではあとがきが長くなりますので、今回はここまで。
それでは、またどこかで
エルルカ
*手を繋いで
あの日、あの時、暖かい温もりを感じた。
手を繋いでどこまでも行ける気がした。
握ろうとした手が遠ざかっては近づいて。自然に捕まえようと躍起になるのに、意気地なしで掴めないまま。
憎たらしく自分の手を見つめることしかできない。
砂浜を踏む音、波が寄せては返す音。それに混じって鼓動の音が大きく鳴る。
目の前を歩く君はそんなことはお構いなしにどんどん進んでいく。なぜか喪失感に駆られ足取りが重くなって歩みを止めた。
君は前を向いて未来へ駆け出している。その姿が眩しすぎて隣にいてもいいのかわからなくなる。どんよりとした気持ちとはいまのようなことをいうんだろうか。
置いていかないでほしい。手を伸ばしても届くことのない背中に手を伸ばす。どうせ届く筈がないのに。
暖かい。手のひらに感じた温もり。
どうしてだろうと温もりを辿ってみると包まれた手。
なんでだとか、どうしてだとか、そんな言葉ばかりが浮かぶ。
いつだって君は欲しいものをいとも簡単にくれて、これじゃあ悩んで塞ぎこんでた自分が馬鹿みたいじゃないか。
行こう!っと陽だまりのような笑顔を向けられたら、君がずっと離れずにそばにいてくれると勘違いしてしまう。
どうしてくれるんだ。期待ばかりさせて、泣きそうなくらい嬉しいだなんて。
君のせいだから。いまさら離したいとか言ったら許さないから。この手の温もりを教えたのは君なんだ。ちゃんと責任をとって手を繋いでて。
「手を、繋いでほしい要望なのか、既に繋いでる状態を言ってるのか。どっちだろうな」
おそらく類語に、手を「握って」、「掴んで」等があると思われる。それらではなく、敢えて「繋いで」とする狙いはどこだろう。
某所在住物書きは頭をかき、天井を見上げた。
「『手錠で柱に』手を繋いで、とかなら、刑事ネタ行けるだろうけどな。どうだろうな」
ひとつ変わり種を閃くも、物語を書く前に却下。
「……そもそも『人間の手』である必要性は?」
――――――
最近最近のおはなしです。都内某所のおはなしです。
お題回収役の名前を、後輩、もとい高葉井といい、
推しのゲームと推しカプグッズに、「そこそこ」の額を、毎月、貢いでおりました。
このたびそのゲームから、
有名化粧品ブランドとのコラボで、
アイシャドウとアイパレットが出るそうで。
通常販売のアイシャドウは、構いません。
抽選販売のアイパレットに、用事があるのです。
「神様、仏様、スフィンクス様!」
稲荷神社の賽銭箱に、高葉井、5円玉を大量投下。
「どうか、どうか!抽選販売当選を!!」
それは、高葉井の推しカプの左側が、コミカライズ版で実際に使用したアイパレットの再現なのです。
手を繋いだ相手に不思議なチカラを付与できる、
その名も「手繋ぎのアイパレット」。
推しカプが手を繋いだアイパレットだったのです。
「かしこみ、かしこみ!お願いしますッッ!!
どうか、ツ様とル部長のアイパレットを……!」
パン、パン。手を叩いて、手を合わせて、
ウェブ申し込みも済ませた後輩、高葉井です。
あとは当落結果が判明する深夜0時まで、
仕事してごはん食べて、仕事して部屋に帰って、
そして、おふとんに入り、スマホを見つめ、胸に手を置き緊張をどうにかこうにか整えt
――「……へ?」
気が付けば、高葉井、
自分の推しゲームに登場する経理部のブースで、
推しゲームに登場するコタツの中にスッポリ入り、
目の前にはコタツの主、推しゲームに登場する女性、スフィンクス。 夢でしょう。そうでしょう。
「よしよし。転送完了!」
彼女の言葉を聞く限り、「スフィンクスがコタツに高葉井を転送召喚した」という設定のようです。
「感謝しろ、『ツル至上銀行ATM』。
ツの方が、アンタに物申したいらしいから、俺様が直々に、世界線管理局に招待してやったのだ!」
「ツル至上銀行ATM」。どこかで聞いた名前です。
それは高葉井のゲームアカウント名であり、
過去作、前々回投稿分が初登場の単語なのですが、
スワイプが面倒なので、気にしてはなりません。
「よし、不知火24+1の諸君。連れてゆけッ!」
ころころころ、コロコロコロ。
頭の上にハテナマークを量産中の高葉井、正座のまんま、24個と1個のポッチ付きミカンに乗せられて、
台車の上の献上物よろしく、あるいはベルトコンベアの上の梱包物よろしく、運ばれてゆきます。
「これ、24個が不知火ミカンで、1個が某商標登録済みのデコさんなんだよね」
そのまま高葉井、ミカンに乗って、廊下を渡って、
コロコロコロ、ころころころ。
推しが勤めている設定の、法務部に進入しまして、
応接フロアに辿り着き――
「あなたが高葉井さんか!」
高葉井とうとう、推しゲームの推しキャラ、推しカプの左に、名字を呼ばれる栄誉を得たのでした。
「私は、法務部総務課のツバメ。あれだけ私達のガチャに課金なさっているなら、もうご存知か」
なんだか、推しカプの左に、握手されて、手を繋いで、ミカンの上から床に下ろされた気がします。
後輩もとい高葉井の頭は、尊さと至福でいっぱい。
「あなたの名前は、ハシボソガラス前主任から伺った。実は、用事があるのは『私』というより、『私の上司』の、ルリビタキ部長なんだ」
あなたなら、彼のこともご存知だろうな。
高葉井の素っ頓狂も構わず、「ツバメ」と名乗った高解像度の推しキャラは、無圧縮の音質で、
ずっと、ずっと、高葉井に言葉を流し続けました。
さて、そろそろクライマックス。
「そいつが高葉井か!」
突然、高葉井の推しの右の方が現れたのです!
「法務部総務課のルリビタキだ。経理と広報のゲーム運営部門から、お前の継続課金分が、全額俺のタバコ経費になっていると聞いて、直接、礼をだな。
本当に、ほんとうに、いつも、本当に世話に……」
ぶんぶんぶん、ブンブンブン。
高葉井の推しの右の方は、両手で高葉井の右手を包み、手を握り振って、それから…… パタン。
「ツバメ!医務に連絡。ヤマカガシには繋げるな」
推しの急速かつ過剰な供給で、心魂が一瞬にして飽和してしまった高葉井は、ほぼ失神。
重篤な急性尊み中毒により、倒れてしまいました。
ああ、ル部長が、後輩の頸動脈に指を当てています。ル部長が、高葉井の胸骨のあたりに手を当てて、呼吸の有無を確認しています。
それからそれから、ああ、それから。
ル部長が、高葉井を、お姫様抱っこして、
「脈がはやい。経理のやつら、薬でも盛ったか」
「あの、部長、多分それ、あなたが高葉井さんから手を離せば、少しはマシに治っ、
だから部長、それ、多分逆効果ですって、部長、ルリビタキ部長!だから、ああもう――……」
気が付けば高葉井、自宅アパートのベッドの上。
冒頭の抽選販売なアイパレットは、無事、抽選販売当選のハッピーエンドを迎えましたとさ。
「手を繋いで」
私たちはいつも、
何も言わずに手を繋いで歩いていた。
言葉なんてなくても、
その温もりがすべてを教えてくれる気がして。
でも、本当は怖かった。
君の手が、私じゃない誰かのものになったら、
このぬくもりを忘れられる自信がなかったから。
「手、冷たいね」って君は笑って、
私の手をそっと包んでくれる。
その優しさが嬉しくて、切なくて、
何度も心の中で叫んでいた。
「このまま時間が止まればいい」って。
でも、現実は冷たくて、
君の手が私の指先から離れた瞬間、
何か大事なものが音もなく壊れた気がした。
それでも私は笑って、
「またね」なんて言うんだ。
君に届かない声で。
わたしは地面に根を張って、空へと向かって手を広げる。枝を伸ばし、手を伸ばして、それでもまだ届かない。空を抱く夢をみる。わたしは欅。
前を歩いているカップルが手を繋いでいる。昼間っから幸せそうに。まったく、こっちは営業がうまくいかなくてイライラしているっていうのに。腹が立つ。
「さむいね」
「うん、でも手ぇ繋いでるからあったかい」
くそ、バカップルが。こいつらが狭い歩道で横に並んでるから追い越すこともできない。
「ねえ、あっち、公園行こ」
女の方が指差した方向は私の行く道と同じだった。最悪だ、ずっとこいつらの後ろを歩かなきゃいけないのか。
「ねえ、スマホでメッセ打ちたいから手離していい?」
女が片手でスマホを見せて男に聞く。
「え、ダメ。繋いだまま打って」
「ちょなにそれー、イジワルしないでよー」
なんだこの会話。しんどすぎる。
「じゃあスマホこっちに見せて。オレが打つから」
「ちょゼッタイ変なこと書くじゃーん。しかもユナとあしの会話のぞくなし」
どういうイチャつき方なんだよこのカップル。そんでこいつ一人称「あし」かよ。
「はいじゃこれに返事打って。公園でたっくんと手ぇ繋いで…」
結局やんのかい。なんかちょっと面白くなってきたぞ。仕事サボってこいつらのことつけてみるか。
「ちょ全然違うから、変なこと書かないでって、うん、そうそう、それでオッケー」
カップルは公園に入った。少し距離を取って私も後に続く。二人はベンチに座った。しかし手は繋いだままだ。
私は声の届く位置にあるベンチに腰を下ろした。
「もっしーユナ? いま公園でぇ、そうそう、うん、はいじゃねー」
女は男に電話を掛けさせ、自分の耳に当てて通話していた。もう一人電話を掛けるようだ。まったく暇な生活をしてやがる。いったいどんな友達が来るのか。
二人は相変わらず手を繋いだままだ。しばらくすると、女の方が公園の奥に向かって手を振り始めた。いったいどんな友達が来るのかと見ていると、またも手を繋いだカップルがいるではないか。
トントン。
そのとき私は後ろから肩を叩かれた。振り返ると警察官の格好をした男が二人、私の目の前に立っていた。
「あ、おまわりさん、この人です。ずっと私たちをつけてきてました」
え? いやいやいや、あ、電話してたの、もしかして警察?
「はい、ちょっとお話伺いますねー」
「ま、待って! 最後にひとつだけ!」
警察の制止を振り解いて、なんとかカップルに声をかける。もう一組のカップルも合流している。
「なんで、その、君たちは、ずっと手を繋いでいるんだ! 不自由をしながら手を離さない理由はなんなんだ!」
「ああこれ? へへ〜これはね」
女が繋いだままの手を上げてこちらに見せつけてくる。
「手と手を合わせて あっためタマゴ。通称『ててたま』。ふたつの手であっため続けると、タマゴが割れて中からかわいいマスコットが出てくるんだよ」
恋人繋ぎしている手の間には黄色いタマゴ型のカプセルが握られていた。
そんな。今の若い連中はそんなリア充な遊びを…。くそ、結局暇なカップルじゃないか! 私が警察官に引きずられる中、女は私に手を振っていた。
SIDE B
「じゃ〜ん、今日はみんなでこれをやりま〜す」
二限が終わった昼休み。マキがスーパーで売っている食玩ような四角いパッケージの箱を2つ取り出した。俺とシュウジがキョトンとしている中、ユナはテンションが上がっているようだ。
「キャー、かわいい! どこで買ったのこれ! 超やりたい!」
「ちょっと説明してくれる?」
空気を壊さないように気をつけながら、箱を開け始めた二人に聞く。
「やっぱり男子は知らないかぁ。これは『ててたま』って言って。このタマゴのカプセルを両手で包んであっため続けると、鶏のタマゴが孵るみたいにタマゴが割れて、中からかわいいフィギュアが出てくるオモチャなの」
はあ。ギミックがある子どものオモチャだ。
「その子どものオモチャを大学生4人でやるっていうの?」
うわ、バカ、シュウジその言い方は。
「ひっどーい! 子どものオモチャってバカにして〜」
「あっいや、その」
「いまこれ、カップルの間で流行ってるんだよ。もともとひとりで両手を使ってあっためることを想定して作られてるんだけど、カップルが手を繋いでその間にこのタマゴを入れておいても孵るってわかったら、それが愛の証になるっていうことで一気に広まったの」
はあ。え、それをいまから?
「つまり、いまから手を繋ぎ続けて、そのタマゴを孵すってこと?」
「そういうこと! 私はたっくんとペアで、ユナとシュウジくんでペアね!」
「これってどんぐらいで孵るの?」
「だいたい3時間ぐらいって書いてあるよ」
みんな今日、午後の講義ないのか。これは逃げられないな。
「どっちが早く孵せるか、競争だよ!」
というマキの号令のもと、手を繋ぎながら散歩をする耐久レースが始まった。ふたつの手がタマゴに触れている時間だけがセンサーらしい。そうと決まればシュウジには負けられない。
「さむいね」
もう12月。昼間でも外の空気は冷たかった。
「うん、でも手ぇ繋いでるからあったかい」
そんなにニコニコするなよ。普段はそれほど手を繋がないから、こっちはまあまあ恥ずかしいんだぞ。ちょっと手汗も気になるし。
「ねえ、あっち、公園行こ」
マキは左手で公園の方を指差した。角を曲がって公園の方に向かう。
「ねえ、スマホでメッセ打ちたいから手離していい?」
え? いいの? と言いそうになったところに、マキが左手でスマホを見せてきた。画面になにか打ち込んである。
『手離しちゃダメ。これ読んで↓↓』なんだよ、左手で打ててるじゃん。言われるままに続きの文章を読む。
「え、ダメ。繋いだまま打って」
「ちょなにそれー、イジワルしないでよー」
なんだこの会話。しんどすぎる。
「じゃあスマホこっちに見せて。オレが打つから」
いやマジでどういう会話? 次にマキが見せた画面で一瞬顔が固まった。
『後ろのおっさん。つけてきてる』
チラッと後ろを振り向くと、スーツ姿の男がすぐ後ろを歩いている。でもたまたま方向が同じって可能性も…。
「ちょゼッタイ変なこと書くじゃーん。しかもユナとあしの会話のぞくなし」
マキ演技上手いな。スマホはメモの画面が開かれている。なに? この画面で会話するってこと?
「はいじゃこれに返事打って。公園でたっくんと手ぇ繋いで…」
俺は単純に思ったことを打ち込んでみた。
『たまたま方向が一緒ってこともあるだろ?』
「ちょ全然違うから、変なこと書かないでって」
男はまだ後ろにいる。もうすぐ公園だ。
『じゃあ、公園までつけてきたら警察呼ぶよ。それまで刺激しないで』
「うん、そうそう、それでオッケー」
俺たちは手を繋いだまま公園に入った。さっきより距離はあるものの、スーツの男もついてきている。やっぱり挙動がおかしい。俺たちは手近のベンチに座った。
マキが見せてきた連絡先から、まずはユナに電話をかける。男は声が聞こえる距離にあるベンチに座った。これは黒だな。
「もっしーユナ? いま公園でぇ、そうそう、うん、はいじゃねー」
すぐ後に110番をコールする。マキは男に悟られないように上手く会話をしている。この子すごいな。
しばらく他愛のない会話をしていたが、繋いだ手に汗が滲むのがわかる。早く警察来てくれ。
すると公園の奥からユナとシュウジの姿が見えた。しっかり手を繋いでいる。マキが二人に向かって手を振る。男の方を見ると、やつも向こうを凝視している。あ、その後ろに。
二人の警察官が男に声をかけた。
「あ、おまわりさん、この人です。ずっと私たちをつけてきてました」
すかさずマキが言い放つ。
「はい、ちょっとお話伺いますねー」
そうしておっさんは警察に連行されて行った。マキが危ない目に遭わなかったことで、少し肩の荷が下りた。おっさん、大学生がこんな遊びしてるのは申し訳ないけど、さすがにキモすぎたよ、あんたの行動。
「キャッ」うわっ。
手の中でなにかが蠢うごめく感触がした。タマゴが孵ったのか。繋いでいた手を開くと、中からデフォルメされたかわいいライオンのフィギュアが出てきた。
「キャーかわいい! ライオンちゃんめっちゃいい!」
マキは手放しで喜んでいる。出てきてみればただのフィギュアだが、自分たちの手から生まれたようで妙な愛着を感じる。色々あったのに手を繋ぎ続けた甲斐があった。
「困難を乗り越えた二人の愛の結晶だね。大切にしようね」
困難を乗り越えて…。うん、それは嬉しいけど、このライオンを見るたびに、あのおっさんも思い出しちゃうんだよな。たぶん。
夕焼け小焼けなんて歌をおもわず思い出しそうな帰り道に、
僕の隣にいてほしかった。
あの日、勇気をだして一歩踏み出していたら
今も隣にいてくれたのかなと考えて、
『ハァ〜、、何を今更・・』
独り言にしては大きな声だったかな。
前を歩く君に聞こえるようにそう呟いたんだけども、
君はこっちをチラリと見て、何も聞こえなかったかのように隣にいる男にまた話しかけている。
半年前までは隣にいる男が自分だったはずなのに・・・
君はなぜ、あんな男を・・・
ケンカのキッカケなんて大したことなかったはずなのに、気づけば僕たちは別れていて、気づくとあの男が隣にいるようになった。
特別な関係では無いらしいと共通の知り合いから聞いたが・・・
君の手を掴んで、どこか遠いところまで走り去ってしまいたい。
そんな気持ちになろうとも、そんなことができるほど僕はバカじゃない。
『ん・・・』
ある疑問に、つい言葉にならない声が口から漏れた。
一体、どっちがバカなんだろう・・・
君に何も伝えられず、ただ想像することしかできない自分と、
君の手を握り、隣にいる男を振り払って走り去ってしまいたい自分と、
『どっちも、バカだなぁ』
半笑い、うすら笑い、呆れ顔、なんとも言えない表情と感情で自分で自分を見つめ直してみる。
同じバカなら、後悔したくない。
諦めて、ただ見てるだけなんて嫌だ。
やるべき事が何なのか、視界が晴れた気がした。
『クソっ、、僕って思ったよりもバカだな』
汗で冷たくなった僕の手が君の手を繋いで走る。
隣にいたはずの男は呆気を取られた顔をしてすぐに慌てた様子になっていた。
いま君はどんな顔をしてるだろうか。
いま僕はどんな顔をしてるだろうか。
僕も君も、笑っていたらいいな。
でも君の手は、確かに僕の手を強く握り返してくれている。
『ずっと・・・ 待ってたんだよ』
下を向きながら、息も絶え絶えに君が呟く。
あぁ・・・
この声を隣でまた聞けるなんて。
太く低い声で優しく笑っている。
僕の隣で彼が笑ってくれている。
僕と彼
男女のカップルではないんです。
無意識に男女だと思ってた人がいても、それも多様性です。
「手を繋いで」
あなたと手を繋いでも
私の事 大人の女性としては見ていないんでしょ。
「手を繋いで」
行きはぬいぐるみを抱えた我が子の手を繋いで
帰りは猫じゃらしを振り回す我が子と手を繋いで
行きは空いていたもう片方の手は、アンパンマンのぬいぐるみと手を繋ぐ
お題『手を繋いで』
2日目の夏季補習が終わり。家に帰る為電車に乗車した。昼前だというのに今日はやけに乗客が多く、目に入るのは仲睦まじい恋人同士である。
『あぁ。あたしも彼氏が出来たらあの人達のように手を繋ぎたいなぁ』
萌香は心の中で思った。目に映る恋人同士は互いの指と指が絡まった恋人繋ぎなのだ。
4、5分程乗車していると【浜独活岸前(ハマウドがんまえ)】という駅で多くの恋人達は電車を降りた。
あっという間にガラガラになった車内を見て、気になり携帯で駅名をネット検索してみた。
公式HP(ホームページ)を発見し読み進めていく。
どうやら今日は浜独活湾岸でサマーフェステバルが開催されている。
開催日程期間は……。今日まで、当日限りカップル様限定企画。しかも小さな文字で20歳未満は入場禁止と表記されている。会場ではお酒を無料で振る舞うらしい。
頭の中で合点がいく。だから電車はいつもより混んでいた。それに飲酒するなら車は運転出来ないからだろうなぁと思う萌香だった。
End
手を繋いで
君に触れたくない
手をつなぎたくなるから
君を見たくない
見ないと気がすまなくなるから
君に会いたくない
会ってしまうと
次を期待しちゃうから
君が◯◯だ
でも言いたくない
もっと君を◯◯になるから
だから
嘘でいいから
きらいって
言わせて
落ち着かせて
心が爆発しそう
肌同士がぴたりと触れ合うだけで、中の導線が繋がるように相手の血流や鼓動を感じるから、人のからだはふしぎだ。手のひらには何の薬も塗っていないのに、握られると安心したり気持ち悪くなったり愛しくなったり緊張したりする。どれだけ楽しく遊んでも、手を繋いで帰る時間がいちばん心地よかった。出来たらまた、手を繋いで、そのぬくもりも楽しさも分けてくれると嬉しいです。
(手を繋いで)
手を繋いで
デートとかしたことないから異性と手を繋いだことないな。でもどうでもいいや。
こういう恋愛とか異性に興味ない人って増えてるらしいね。しかも世界的に。前にもこの話した記憶があるけど。
でも同じ話でもまたしちゃおう。話なんて似たようなもの何回したっていいんだよ。
それで昔なら草食系なんていわれてる人が増えてるって話。今は恋愛に興味ない人はなんて呼ばれてるのかな?わかんないな。
なんにせよ恋愛はコスパ悪いからお金と時間は自分のために使う。そういう考え方が今は主流なのかな。まぁそうでなきゃ少子化にはならないか。
実際には結婚したくてもできないって人も多いだろうけどそれは置いておいて、今はとにかく自分最優先の時代だ。
しかし今はいいにしてもこのままじゃ将来が怖いよね。少子化で働き手がいないから外国人、そしてその外国人の話題が最近多い。
それも悪いニュースばかり。これもまた世界的に移民が問題になってるな。外国人は怖いし日本は外国人に対して弱いのが問題だな。
国が、日本がなくなる。そんな考えも現実味を帯びてくるほど日本の現在はやばいように思える。
別に将来日本がなくなるのは全然いいんだけど問題は俺が死ぬまで大丈夫なのかって話。頼むから俺が死ぬまでは平和な日本であってほしい。
【この星から”死”を使い果たしたころ】
ヒト科がこの星から”死”を使い果たしたころ
ぼくらは手を繋いで「星の丘」に立っていた
「町での暮らしはどう?」
「人がたくさん居て、毎朝おっくうになるけど、元気にやってるよ。そっちは?」
「静かなもんだよ。昔と変わらずさ。」
「良いなぁ。あの頃に戻りたいよ。町は人が多すぎて。」
「あんなに都会に出たいって言ってたのにね。」
「夢は夢のままだからキレイなんだなって思い知ったよ。」
「へぇ、そんなもの?」
「そんなものさ。」
2人で夜を明かして、夜の暗闇が寒そうにコバルトブルーのブランケットを羽織ったような朝焼けに変わるころ
懐かしそうに昔を思い出していっしょに語る。
”死”が日常に溢れすぎて、諸人が”死”に手を伸ばしすぎて
誰も寄り添うものが居なくなるほど”死”を使い果たしたいま
ぼくらは2人で”なにか”に向かって歩いていく
「これでいいの?」
「わからないよ、でも、今こうしていたいってことは分かるよ」
「むかしから変わらないね」
「きみのおかげだよ」
「なにが?」
「きみがいたから、変わらないままでいられる何かがぼくの中にあるんだ」
「空っぽなロマンチストだね」
「褒めても何も出ないよ」
「褒めてないけど」
こうして、ふたりはまた”生きる”ために歩き出す。
ふたりだけが知っている暁の星空の下、「星の丘」につめたい朝の風が吹き抜けたのだった。
【手を繋いで】
「手を繋いでくれないか?」
真っ赤な顔で左手を差し出してきたその人を見て、僕は『え、普通に嫌だな』と思ったし、表情が引き攣るのを誤魔化せなかった。
「……悪かったな! そんな顔しなくてもいいだろ!? 流石に俺も傷付くぜ?」
「あ、いえ、その。すみません……なんで僕が隊長と?」
目の前の男の特徴を表現するなら『でかい』のひと言だ。この人は魔法士団の所属ではあるが、剣の腕もなかなかのもので、騎士団からもスカウトを受けていたという肉体派。今も差し出したのが左手なのは剣を使う右手を塞ぎたくないからだろう。
もちろん立派な成人男性であり、本来なら僕と手を繋ぐ理由がない。恋人同士でもなく家族でもなく、ふざけてじゃれつく関係でもない。
「妖精の悪戯をくらった」
隊長が苦々しい声で言った。
「『方向失認』の呪いだ。まともに歩くこともできねぇ」
ああ……呪いか……なら仕方ないか。
『方向失認』の呪いを受けたということは、今の隊長は凄まじい方向音痴になっているわけだ。十歩歩くだけで道に迷うと言われる強力な呪いだ。通い慣れた道もわからなくなる。
対処法は、とにかく呪いを受けた本人から目を離さないこと。誰かが見ていなければ行方不明になりかねない。三日も経てば妖精が飽きて呪いは解除されるはずだけど……
「手を繋ぐ必要、あります?」
近くで見張って『そっちじゃない』と声を掛ければいいだけじゃないのか。
「……今朝ここまで来るのに別の隊員に頼んだら、よそ見をされて、気付いた時には第二倉庫にいたんだ」
「なるほど」
この執務室と第二倉庫では方向がまったく違うし、建物二つ分くらいは距離が離れている。
「よく戻って来られましたね」
「兵站部の治癒士が手を繋いで案内してくれた」
「え。治癒士の誰が」
兵站部は物資の保管やら輸送やら、遠征の時には料理なんかもしてくれる支援部隊だ。前線に立つことが少ないせいか、線の細い人間が多く、何人か団内でアイドル扱いされている美人がいる。
「……レベッカ班長だ」
「うっわ、羨ましい!!」
つい大きくなった僕の声に、隊長は嫌そうな顔をした。
「どこがだ。あの魔女、今いくつだと思ってる? 俺より年上だぞ。大体あいつの治癒魔法は乱暴で無駄に痛いんだよ、嗜虐趣味があるとしか思えねぇよ」
「でも、めちゃくちゃ美人じゃないですか。レベッカ班長に治療されたいって男は多いですよ」
「……お前もか?」
「僕、治癒魔法は自分で使えるので」
「ああ、そうだったな」
「それで、隊長はどこに行きたいんですか」
「騎士団本部だ。次の合同演習に関する書類に不備があったとかで、直接説明に来いと言われている」
「大事な案件じゃないですか。それ早く言ってくださいよ!」
大きくて硬くてサカつく隊長の手を取り、隣を歩く。騎士団本部までの距離がものすごく長く感じた。すれ違う人たちにジロジロと見られている気も……って、それは気のせいじゃないな。何事かと思われている。隊長の背中にでも張り紙をしたい気分だ。『要支援、現在呪われています』と。
「そもそも、なんで呪われたんですか」
「昨日、団長が甥っ子とかいう子供を連れて来てただろ。あの子が妖精の巣をつついて怒らせたんだ。呪われそうになったんで、代わりに俺が呪いを受けた」
「はあ……」
そんなの放っておけばいいのにと思うが、実にこの人らしい。それも、団長に気に入られて出世しようなんてことはこれっぽっちも考えていないのだ。ただ『弱いものは守らねば』という信念で動いているだけ。
「隊長の明日の出勤、何時ですか」
「ん? 何か用事か?」
「宿舎の部屋まで迎えに行きますよ。また倉庫まで無駄に歩くとか嫌でしょ」
「呪いが解けるまで、お前が世話してくれるのか?」
「ええ。その代わり、今度一杯奢ってくださいね?」
「……仕方ねぇな。頼むわ」
騎士団本部からの帰り道。僕は隊長と手を繋ぐ代わりに制服の袖の上から腕を掴んだ。
「最初からこれで良かったっすね」
「……ああ、そうだな」
隊長も慌てていたのだろう。手を繋ぐ、という方法以外、思いつかなかったらしい。そのことが恥ずかしかったようだが……
「そこで照れないでくださいよ。気色悪い」
「……お前、意外と性格キツイよな」
そんなの。心の広い上司が軽口を許してくれるって知っているからだ。
「ねぇ、隊長。長生きしてくださいね」
「なんだよ、急に」
「いえ、なんとなく?」
だってアンタ簡単に死にそうじゃないか。子供を庇うだけじゃない。軍人なんて仕事をしてるのに部下を切り捨てることを躊躇する。だからこそ、僕も他の隊員もこの人について行こうと思えるのだが。
この人の甘さが嫌いじゃない。けど、それが本人の首を絞めることにならなければ良いと、本当にそう思っている。
【ある二人。平和で反転した世界】
手を引かれる。
どこに行くの?って聞いたら、「ヒミツ。でも、キレイなところ」って、返ってきた。
外に出るのはダメだって、そう言っても、君の足は止まらない。
そうしてついたのは、辺り一面の花ばたけ。
そこでボクは、あの人に、「いっしょう、ダイジにする。だから、わたしとケッコン…してくれる?」って、コクハクされた。
ずっとその手を繋いでいたかった。
成長するにつれ、あなたは僕の手を握らなくなった。
これが大人になることならば、僕は子どものままで良いとすら思えた。
再びその手を握る時が来た。
でも決して握り返してはくれない、冷たいその手。
ありがとう、そしてごめんなさい。
白い布で覆われたあなたはもう二度と笑いかけてはくれなかった。