『平穏な日常』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
__早朝の静けさが好き
…毎日が始まる感じがするから
朝が来ることで今日も生きてると感じる
おはようからおやすみまで
毎日が過ごせるだけで嬉しくおもう
何気なく通った路に
ふ、と見上げたそらに
どんな景色が待っている?
静かなときこそ
落ち着いているときにしか
見えないものもたくさんあるだろう。
そんな〈平穏な日常〉が
凪沙レイ
『平穏な日常』
退屈な日常って感じていてもその日常すら送る事が出来ない人もいる。
戦争、災害、事件、事故。
心を痛めるニュースを見かけるといつ自分に降りかかってもおかしくない事ばかり。
みんな穏やかに過ごすためには、この世がなくならないと争いや、災害、事件、事故はなくならないのだろうか?
毎日世界が平穏な日常になる事を祈ってます。
ある者は「平穏などつまらない」と言う。
──私の人生に相応しいのは、誰も彼も虜になる、絢爛で刺激的な晴れ舞台だけ! 平穏な毎日なんかに構ってるほど、暇じゃないのよ。
またある者は、「考えが変わった」と言う。
──俺はなんでも、とにかくスリルがあった方が楽しいって思ってたけど、今は違うかな。だって平穏な時間も持っとかないと、あの子に会いにいけないからね。
「平穏には代償がある」と言う者もいる。
──平穏はもちろん結構なこったが、こっちだってそのために苦労してんだぜ? 悪かないが、タダで永遠に手に入るモンでもねーんだよ。
もちろん、平穏を好み、そんな日常を愛する者もいる。
──俺はなるべく、平穏の中で生きてたいよ。「じゃあ厄介事ばかり引き受けるの止めたら?」って、言われりゃその通りなんだけど……だって、俺だけじゃなくてみんなにも、平穏があったらいいなって思わないか?
望む者も望まざる者も、平穏を手にするのはかくも難しいようである。
お題:平穏な日常
『平穏な日常』
ここ数年、基本的にはひきこもり、とても静かに過ごしている
近所に買い物は行くし、知り合いに会えば挨拶し、世間話はする
大げさに言えば、集合意識の影響を極力避けている
子育て中に必須だったグループ
OL時代の友達のグループ
果ては学生時代のグループまで
ライングループを退会した
自分探し時代にできた、さまざまなグループはもうすでに、ないも同然になっていた
思い返せば形だけの挨拶を交わす年賀状を辞めた頃から、この流れは始まっていた
外で人と会う約束もなくなって、着る服もすっかり変わった
化粧も毛染めもしなくなった
60歳最高!と思う
もう周りを気にする必要はない
外の世界から必要とされてなくても
仕事という社会貢献をしていなくても
誰もなんとも思わない
私は私の意思だけで存在できる
ようやくたどり着いた
それは『認められたい』という気持ちを捨て去るための、長い長い旅だった
すでにアイデンティティは崩壊している
私は何者でもないし、だからこそ自由でいられる
【平穏な日常】
平穏な日常は、簡単に音を立てて崩れ去る。
まるで元からそこにはなかったかのように。
平穏な日常
平穏と言えば平穏
毎日仕事に追われ
家のこともロクにできず
子どもたちとの会話もすくなくなった
心もからだもひめいをあげることすら忘れ
ただただ毎日をやり過ごしていく
夜、ごはんを作って
くだらないテレビを見ながら笑って
子どもたちとゆっくりごはんを食べたい
みんなで笑いあっていたい
ただそれだけ
平穏な日常
これ昨日書き忘れたと思ったら一昨日も書いてなかったのか。すっかり忘れてたな。
どうにもここ最近株に夢中で日記に関してはね。完全に意識の外だった。
別にデイトレとかしてるわけじゃないのに株価が気になって、さっき見たのにまた見る。その繰り返しで時間がとけていく。
あと株が気になりすぎて小説を書く気になれない。やる気は動き出さないと出てこないとかそういうレベルじゃないくらい集中力がかき乱される。
よくないからさっさと個別株は卒業したいけど今回はチャンスだと思ってるから年内はちょっと集中力が続かないだろうな。
平穏な日常
今の家には少しお庭があって、いつも座っている食卓の私の席から自然と見える配置です。
古い日本家屋に住んでいて、リビングと縁側の仕切りは雪見障子で、下半分を開けていると座るとちょうど庭が見えます。
目線の先に謎の石柱が3本立っていて、高さはそんなに高くなくて、そこにお米を置いておくとすずめや名前のわからない小鳥が食べにきます。
たまに怖い糞も落ちています。
その横に少しだけこんもりした場所があって、先日亡くなったハムスターのお墓になっています。
亡くなる前に子供達と球根を植えて、芽吹くのを待っている中死んでしまいました。
今はお花が咲いてお墓の周りはにぎやかです。
引っ越してきたのは春でした。
その頃は小鳥や蝶々がたくさん庭で遊んでいて、うっかり死んじまって天国に来たかと思いました。
でも、町のあちこちにそんな光景が広がっていて、ここは天国ではなくこれから私が暮らす日常になるのだと知りました。
今年も春を待ち侘びています。
黄色い帽子を被った小学生たちが、手を挙げながら横断歩道を渡る。仲睦まじく歩いている男女が手を繋げず、もどかしくしている。この世界の平和を噛み締めてゆっくり歩く年配の女性。長期休みにどこに行くか計画を立てて、盛り上がっている高校生。責任ある仕事に憂鬱さを感じながらも、確実に社会へ出ていく大人。
みんな少しづつ生きている。
「平穏な日常」
AM 7:31
部屋中に響いている目覚まし時計。
時計目掛けて布団から腕を伸ばし、音を止める。
そのまま夢の世界に行こうとするも部屋の外から母親の怒鳴り声も聞こえてくる。
仕方なく身にまとった布団を剥いだ。
AM 7:39
洗面台の鏡に見えるのはボサボサヘアーで間抜けな顔をした己の姿。
未だに襲ってくる眠気とうっすらと浮かぶ隈に、昨日は夜更かしをするんじゃなかったと少し後悔。
蛇口から流れる冷水を顔に浴びた後、専用の歯ブラシを手に取ったままコップに水を注いだ。
AM 7:50
キッチンにいる母親から出てきたのは炊きたてのご飯と半熟の目玉焼き。
棚に置いてある海苔と調味料を取り、食卓に着く。
「いただきます」と手を合わせた後、海苔をご飯の上に乗せ、海苔のクレーンで摘むようにご飯を掬い上げそのまま口に運んだ。
美味しいという感想よりご飯がアツアツすぎて思わず声が漏れた。
AM 8:03
少しくたくたのTシャツとスウェットパンツを脱ぎ、固い制服に身を包む。
隈を隠すコンシーラーも欠かさずに。
時間割の内容を横目に見ながら鞄の中身をチェックする。問題なし。今日は体操着もいらない。
鞄を手に持ってそのまま玄関に向かった。
AM 8:11
ローファーを履き、後ろを振り返る。
「行ってきます」
母親に向かって一言投げると、遠くから「行ってらっしゃい」の声が聞こえてきた。
そのままドアを開け、一歩を踏み出した。
今日も変わりない平穏な日常。
本日は【ひなたねトレイン】をご利用いただきまして
誠にありがとうございます
特急ぅ〜ヒナタネ号
定刻通りの発車となっております
出発に際しまして
停車する駅のご案内をいたします
《不穏な世界》
こちらの駅は今春で廃線となっております
長い間、多くの人類に愛され、それが当たり前に存在している事、また疑う事をせず知らず、自分自身そして周り皆が其処にいる事が当たり前だと信じ込まされてきましたが、時代の移り変わりとともに利用者は激減し、現在は一日の利用者がゼロとなっております
続きましての駅は
《平穏な日常》
こちらの駅は利用者が増加傾向となっております
不穏な世界の違和感に氣が付き、抜け出した人々が"これだ!自分自身が求めていたのは"と安堵の思いで辿り着くも、今までの世界に慣れ親しんでしまっていた為が居心地の悪さに"やはり元いた世界に戻った方がラクだ"と心揺さぶられる駅ともなっております
最後に終着駅のご案内をいたします
《静穏な毎日》
こちらの駅は知る人ぞ知る隠れ家的ターミナルとなっており、ほとんどの人々が利用せずに生涯を過ごしておりますが、一部の鉄オタ..失礼!鉄道ファンからは"本当に存在するんだろうか?動画サイト【ウーチーバー】では都市伝説として特集されているけど...やっぱ乗り鉄として人生一度は体験してみたい"と、憧れの聖地となっております
ご利用される皆さまへ
お忘れ物、お足元
また
開閉するドアには十分お氣を付けて
一度きりの人生の旅
ごゆっくりと
お愉しみくださいませ
それでは
特急ぅ〜ヒナタネ号
発車いたします!
毎日新しく更新された1日の今が平穏な日常。太陽と月の満ち欠けに感謝。 3月12日 のん
平穏な日常
平穏がいつ崩れるかなんて、誰にも分からない。
そんな日が来ることを、想像することはできても、
なんだかんだ自分が経験しないと分からないものだ。
生きている人には誰しも、
平穏じゃない日々は訪れる。
その時に、何を思うのか。
こんなはずじゃなかった。
あの頃に戻りたい。
もう一度あの人に会いたい。
当たり前なんてあるはずがないのに、
当たり前が崩れるその瞬間まで、
私たちは気付けなかったりするものだ。
もしくは、考えないように
平穏に身を隠しているのかもしれない。
この世界にいる誰もが、平穏な日々を送れますように。
そして、どうか、私の平穏な日常に終わりが来ませんように。
「…なんて、それは無理な話か」と、ひとり呟き、
私は今日も、平穏に溺れる。
平穏な日常
朝、うるさい鳥の声に顔をしかめながら起きる
付けっぱなしだったメガネを外す
鼻当ての跡
もう一度顔をしかめる
まだ八時。
平穏な日常。
とは何か。
今一番欲しいものかも知れない。
こんな夢を見た。霊感が強すぎるために、私は日常生活に支障が出ていた。幽霊の姿や声はもちろん触られることもある。それぐらいならまだマシだったが、私ほ嗅覚や味覚ですら幽霊を感じることが出来る。ちなみに、幽霊の臭いと味はどちらも食欲をなくすものだと書いておく。五感で幽霊を感じるなんて、私以外にいないだろう。見える、聞こえるまではいい。ご飯を美味しく食べられないのは嫌だ。何とか他の人と同じ平穏な日常を取り戻さなくちゃ。困った私は、同じクラスの霊感少女に相談してみた。彼女は私をジッと見つめると、何かに気づいたのかしきりに頷いていた。
「原因分かったの?」
「もちろん。たしかにそれじゃ不便だよね。えっとね、取り敢えず眉間に何か貼ってみて」
帰宅後、彼女に言われた通りにしてみた。眉間に絆創膏を貼る。変な感じがするが、しばらく様子を見よう。それはすぐに効果が出た。そもそも気配を感じなくなったのだ。今日の夕飯は久しぶりに美味しく食べることが出来た。翌日、私はお菓子を持って彼女に報告しに行った。
「おはよう!久しぶりに幽霊を感じなかったよ。はいこれ、お礼のお菓子ね」
「ありがとう。でしょうね、だってあなたの霊感は眉間から来てるものだから」
「眉間?」
「そう、第三の眼って聞いたことある?それがガン開きになってた。閉じ方の練習しようね」
私は知らぬ間に、三つ目小僧になっていたようだ。
いろいろ悩むようになってから、心の平穏は保たれていないと感じている。
特に今年になってから、たて続きに嫌なことが起こり、その時はなんかもうあっさり死んだ方がいいかな、と思いさえした。
何でこちら側がこんな苦労をしなければいけないのか…と。
苦労している両親のことを思うと、相手が腹立たしくてたまらない。(意味分からなくていいです。あまり細かいことを書きたくないので)
両親こそ心の平穏が(おそらく)無いだろうに、私に出来ることといったら、何気ないおしゃべりや愚痴話に付き合う、彼らに代わって出来ることをやる(主に家事)、2人とも車に乗れないので、外出するときに車を出す、こんなところだ。
少しでも、2人の負担を減らしたい。
平穏な日常は、問題が解決しないうちは手に入らないかもしれない。
「平穏な日常」
平穏な日常が失われること、それはそのまま取り返しのつかない不幸になる。これが15年前の今日、自分たちが実感したことだった。
平穏な日常を、さんざん退屈とかサイテーとか言ってたけど、それが失われるのはそのまま途轍もない不幸だった。大きな悲しみも押し寄せてきた。
そして今もそれが取り戻せず、大きな空虚を抱えながら生きている人たちがいる。
この人たちにまで、強くとか豊かにとか、競争原理がささやく。まずは平穏な日常の方があるからこそ言えるんだし、それが失われてしまったら、もうこんな言葉でこの空虚が埋まるはずもないのに。
それは失われてはいけないもので、しかもあっけなく、どうしようもなく消えてしまうこともある。健康もたぶん同じですね。
今日のお題はこういうことだと思う。
決まった時間に起き
決まった時間に寝るのがどれほど幸せか。
あの震災を経て痛切に感じる。
平穏な時間がどれほど愛おしいか。
[平穏な日常]
みなさんにとって平穏な日常とはなんですか?
激しい喜びがない代わりに深い絶望もない植物の様な生活?
なにかの勝ち負けに拘らずトラブルを抱えない安心な生活?
おっと、これは吉良吉影のセリフでしたね。でも彼のこのセリフも間違ってないと思います。とてもノーリスクハイリターンだと思います。植物の心で生活してたら平穏な生活が手に入るんですから。
私は平穏な生活とは好きな時に好きな事を好きなだけできる事だと思います。お腹が空いたからご飯を食べる。眠いから寝る。遊びたいから遊ぶ。話したいから話す。やりたい事してる時、心はきっと平穏だから。
平穏なんかじゃないよ!と言う人、あなたがそう感じたならそれは正しいです。きっとやりたい事もできず辛いことしか無かったんだろうから。でも貴方は自分の心に素直になれて辛いと言う結論に辿り着けた。そして努力はいつか報われる形じゃなかったとしてもなにか凄い価値を持って貴方に帰ってくる。そしていつか平穏な日々が来る。みんな先に来たか後に来たかの違いでいつか必ず来るから。
さぁ、今日も平穏な日常を過ごして生きましょう!
Have a nice day !!